ミドクサマ

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

第1話 死を呼ぶ死

 えぇ、そうです。私がやりました。

 妻と子供だけは助けたかったんですが……無理でした。

 団地の皆さんには申し訳ないことをしました。ちょうど地区の夏祭りがある日で、近くの公園には多くの人が集まっていましたから、アレの狩り場にはちょうどよかったのでしょう。


 幸か不幸か、私はアレが食い散らかした遺体を集めて結界を作ることができました。現場にあった、遺体の一部で作った円がそれです。結界の円は遺体の一部……右腕だけで作らねばなりません。なぜかって? 右腕はもう、アレにとっては必要のないものだからですよ。


 私の書斎にあった、古びた木箱をご存じですか? そう、ぼろぼろのお札が貼ってあったものです。中身は空だったでしょう? 

 何が入っていたのかって? この事件を起こした犯人ですよ。

 あぁ、そんなに怒らないでください。私だって冗談を言っているつもりはないのですから。

 私も最初は信じていませんでした。民俗学の研究の一環としてY村からアレを持ち帰った時も、まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした。わかっていたなら、私は決してアレに触れることはしなかった。今更後悔しても、もう遅いのですけれど……。


 え? あぁ、そうでした。中身の話でしたね。

 木箱の中身は、干からびた右腕です。指が三本しかないので、それが人間のものであるかどうかはわかりません。何せ腕について調べる前に、異変は起こり始めましたから。


 蓋の裏側には古びた文字で「兆しとは死を呼ぶ死。ミドクサマ来たりて災いとなる」と記されていました。箱を鑑識に回しているのならご存じですよね。

 死を呼ぶ死とは何のことなのか。色々と文献を調べているうちに、私の周りで不可解な出来事が起こり始めました。


 毎夜同じ時間に、インターフォンが鳴るんですよ。モニターには誰も映っておらず、代わりにカリカリと何かを引っ掻くような音がしていました。そして翌朝、玄関先には必ず動物の死骸が転がっているのです。最初は小さな虫だったので気にも止めていなかったのですが、次第にそれは雀や鳩といった鳥になり、最終的には野良猫の死骸が置かれていました。

 その次は植物が枯れるようになりました。私の家には観葉植物の他に、妻が手入れをしていた家庭菜園もあったのですが、それもすべて一斉に枯れてしまいました。新しい植物を買ってきても、翌朝にはドライフラワーみたにカサカサに干からびているんです。まるであのミイラの右腕のようですよね?

 同時期に、今度は家の家電製品がよく壊れるようになりました。スマホやパソコン、オーブンや電気ポットなんかも壊れてしまって大変でした。さすがに不便でしたから、せめてよく使うものだけでも買い揃えようと、妻と二人で出かけたんです。その道中、通りかかった斎場すべてで葬儀が行われていました。行きと帰りで違う道を通ったのですが、どの斎場でも同じように。


 ここまで続けば、さすがに刑事さんにもお分かりですよね。

 動物の死骸。枯れる植物。壊れる家電。他人の葬儀。えぇ、これが蓋の裏に書かれていた「死を呼ぶ死」です。死とは四。数字の四。四つの死を兆しとして、現れるもの――それがミドクサマ。

 あの箱に入っていた右腕はミドクサマのものなのでしょう。右腕は体を求める。自分にはない、体の部位を。


 ミドクサマを鎮めるためには、右腕以外の体を捧げるしかありません。夏祭りで犠牲となった人たちの遺体を調べましたよね? 彼らは皆それぞれ違った体の一部がなくなっている……違いますか?

 それらを合わせて完全な体となるまで、ミドクサマの祟りは終わらない。唯一ミドクサマから逃れる方法は、右腕で作った円の中に逃げ込むことだけです。ミドクサマに右腕は必要ないので、その中までは襲ってきません。

 えぇ、そうですね。あなた方が壊した、あの円です。今から人ひとり囲うほどの右腕を集めることもできませんし、私はもうミドクサマの祟りから逃れることはできないでしょう。それに妻と子供、そして関係のない人々を巻き込んでしまった償いをしなくてはなりません。私の体の一部がミドクサマの祟りを終わらせられる最後の部位になればいいのですが……。


 信じられないという顔ですね。まぁ、仕方ありませんか。でも、刑事さん。もし私が死んで、この体からどこか一部分がなくなっていたとしたら、その時は今回の犠牲者から奪われた部位を再度確認してみることを勧めます。

 ひと一人分になれば、それでよし。そうでなければ、この災いはまだ続きますよ。


 あぁ、すみません。少し、水をいただけませんか? たくさん喋って、喉が渇いてしまいました。

 ありがとうございま……おや? どうされました? 扉の外に蜘蛛の死骸が? なんてことだ。音は!? 音は聞こえませんか!? 爪が何かを引っ掻くような、カリカリとした乾いた音です。音と動物の死骸は第一の合図です。ここに植物はないので確かめようがないですが、スマホはどうですか? もし壊れているならミドクサマがすぐそこまで来ている証拠です。第四の合図が来る前に、刑事さん、あなたは早くここから離れて……。


 え? 私の右腕が、何です?

 ……あ、あぁ……干からびて……ミドクサマ……。


 ……そうか。そういうことか。


 すみません。刑事さん。

 第四の合図は――私でした。



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