蠢く邪悪の影

 グリード・ストリート


 見てくれだけは立派に着飾った企業という名のゴロツキ共が、普通の国では違法な企業活動を許され、金と技術と命をバラマキ続ける末法の区画。 パンドラシティの稼ぎ頭の一つでありながら、もっとも存在を忌避されるものの一つ。


 その上空を、ステルスクロークを起動した輸送機が音も無く飛翔する。


「そろそろ標的が潜む武装ビル上空に到達する。 身支度を忘れるな」

「アンタこそ迎えに来るとき墜とされるなよ。 対空砲火に晒されながら逃げ帰るなんて御免こうむる」

「はっ、これでもハイヴにスカウトされる前は紛争地帯で飛んでいたんだ! 木っ端企業のバルカン砲如きじゃ墜とされんさ。 帰りはそこの可愛いお嬢さんと遊覧飛行を楽しむといい」

「あぁ、期待させて貰うよ」


 輸送機のパイロットが格納庫で待機している二人へ気さくなメッセージを送ると、ミサゴは軽い談笑を交えながらも、ふとアイオーンの方へ視線を向ける。 やかましいお喋りのことなど露知らず、アイオーンは窓の外に広がる景色を輝くような表情で眺めるばかり。


 初めて見る外の光景が珍しくてたまらないのか、彼女はミサゴがすぐ背後に近寄るのも構わず食い入るように下界の様子を見つめていた。 これから降りていく予定の死の街を。


「いいかいアイオーン、悪党共は俺がやる。 君はあくまで手を出してきたヤツらだけを始末するんだ。 重罪人と単なるアホの区別もまだ詳しく分からないだろ?」

「え? 悪い奴は皆消さなきゃ駄目なんじゃないの?」

「まぁスタンスの違いは人それぞれだが……、少なくとも火種は最小限に抑えたいんだよ。 後々面倒なことにならないためにな」

「んー……?」

「まぁ、少しずつ分かるようになっていけばいいさ」


 心底不思議そうに首を傾げるアイオーンへ不器用ながらも優しい笑みを見せるミサゴ。 しかしその表情も、耳を劈くようなブザーが鳴ると同時に引き締められた。


「作戦領域上空へ到達、これよりハッチを開放する。 デートを楽しんでこい」

「……行くぞアイオーン」

「うん!」


 左目に電子光を爛々と瞬かせ、スラスターをアイドリングさせたミサゴが促すと、アイオーンも全身に紫紺のオーラを帯びながら頷く。 その瞬間、厳重に閉ざされていた投下用ハッチが解放され、二人は宙へ身を投げ出した。


 対空砲の射角を計算に入れた完璧な投下により、二つの影は迎撃されることなく無事に目標地点であるビルの屋上へ着地する。 門前払いを受けずに済み、ホッと胸を撫で下ろす二人だったが、アンプの警告機能や野性的第六感が敵の急速な接近を告げ、戦意と殺意を蹴り上げた。


「報告通り来たぞ! きたねぇ芋虫共が来た! 殺せ!」

「死ね!芋虫共!死ねーッ!」


 ミサゴが思い切り拳を握り、アイオーンの瞳に冷徹な光が宿ると同時、迎撃に現れたチンピラ共の放った銃弾の嵐が、静寂に包まれていた屋上を死の気配で満たす。


 普通の人間が浴びれば間違いなくグロテスクな肉片へと成り果てる殺戮の飛沫。しかしそれらは宙を舞うブレードによって余さず切り落とされ、コンクリートの上へこれ見よがしにばらまかれた。


 当然、ミサゴもアイオーンもかすり傷一つ負っていない。


「なっ……嘘だろおい……」

「どいつもこいつも裁判に引っ張り出されたら死刑確定のカス揃いか。 だったら遠慮はいらないよな?」

「う……うるせぇこれはまぐれだ!まぐれなんだ!」

「芋虫共を殺せ!殺せ!殺せ!」


 アンプ化した左眼が送り込んでくる情報から、躊躇う必要がないことを理解し殺気を溢れさせたミサゴめがけて再び弾丸の雨が降り注ぐ。


 コンクリートどころか、下手な軽車両の耐弾装甲程度ならば容易く貫ける電磁加速された重金属弾。 それらはミサゴの漆黒の左腕から迫り出すように展開されたシールドに到達すると、何一つ傷付ける事も出来ず潰れ、乾いた音を立ててその場に転がった。


「終わりか? これで終わりだな?」

「うわ……うわあああああばっ!?」


 有りっ丈用意した攻撃手段が通用しないことを悟ったチンピラ共はたまらず逃げ出そうとするが、凶状持ちのカス共へ慈悲を垂れてやるほどミサゴは甘くない。


「人間のままケダモノに堕ちた犬畜生共が!」


 裂帛の怒号が放たれると同時に、打ち鳴らされたブレードが複数人のカスの胴体を横一線に泣き別れとし、スラスターの推力を乗せたシールドバッシュが背を見せて逃げ出したチンピラ共を挽肉へ変え、悪党が闊歩する大通りへ投げ飛ばす。


「ひっひぎやああ!!!!?」


 スラッシャー系ホラー映画でも見られないような残虐極まりない光景は、運良く殺されなかったアホ共の戦意を根こそぎ奪い、潰走へと転じさせた。 督戦隊として階段付近に屯していた標的の子飼いらしきギャング共が体勢を立て直すべく発砲を始めるが、何が何でも生き残りたいチンピラ共がそれに従うはずもなく、味方同士での凄惨な殺し合いが始まる。


「わっ……あの人達何やってるの?」

「お別れパーティだろ。 あんなのほっといて先行くぞ」


 混乱に乗じ、屋上からビルの外壁を伝ってまんまと下層へのショートカットを果たした二人は、標的が潜んでいると報告にあった地下を目指し、駆ける。 立ち塞がる不幸な子飼いのチンピラ共を鎧袖一触に蹴散らしながら。


「しかしヤケに迎撃態勢が整ってるな。 ハイヴの誰に札束を握らせたのやら」

「ねぇミサゴ君、今日のお仕事は悪い奴をやっつければいいんだよね?」

「ん? まぁ平たく言えばそうだが……」


 実力に不相応な違法アンプを身に付けたギャング共を、文字通りただのパンチで四散させつつミサゴはアイオーンの問いにワケも分からず応える。 すると、アイオーンの肢体を仄かに包んでいた紫紺の輝きが、次第に熱を持ち始めた。


 ただ熱めの人肌程度などと生やさしい温度では無く、宙を漂う埃が途端に発火するほどの高温にまで。


「うお!?アッツ!!?」

「真下から物凄くイヤなヤツの気配を感じるの。 だからさっさと終わらせちゃいましょう」

「え? いやちょっと待って欲しいかなって……」


 出来れば生け捕りにして情報を根こそぎ吐かせたかったミサゴは物凄くイヤな予感を覚えて首を横に振るも遅かった。 アイオーンの身体を包む紫紺のオーラは既に鉄製品すら溶融させる熱を帯び、膨張を始めていたのである。


 この時点で、ミサゴは周辺に潜む悪党共の運命を察した。


「あーもしもしこちらピルグリム、さっき降ろして貰ったばっかで悪いけど回収の準備お願いできないか」


 思わず天を仰ぐも束の間、通信用アンプを起動しながら窓から飛び出したミサゴの背に熱風が吹きつけ、少しでも遠ざけんばかりに押し退けていく。 これがアイオーンの気遣いかは不明だが、ミサゴはありがたくそれに乗ると、確実に安全と言える高度と距離を稼いだ。


「消えてなくなりなさい」


 空中でミサゴが振り返ると同時に響く、普段のアイオーンからは想像つかないほど冷徹な宣告。


 刹那、直視すれば目を潰すほどの激しい閃光が迸り、ビル内に屯していた悪党共は一人残らず問答無用に焼き尽くされた。


 紫紺の光の柱に穿たれて辛うじて残されたのは、特別頑丈に造られていたらしいシェルターのみ。


「……まぁ、結果オーライってところか」

「えっ? ひゃっ!」


 一気にエネルギーを吐き出したせいか、覚束ない姿勢で隙を晒したアイオーンの脚を、音も無く飛来した白銀の鎖が絡め取り、物陰へと無理矢理引き込む。 


 鎖の主は他ならぬミサゴ。 光に紛れて地上へと降下していた彼は、非ターゲットのゴロツキ共に少しでも情報を与えぬよう、二手三手先を読んで動いていた。


「さっきみたいな真似は出来るだけ慎んでくれ。 もし味方が山ほど居る場所であんなことされると危なすぎて苦情が出る」

「あっ……その……ごめんなさい……」

「分かってくれればそれでいいさ。 少なくとも今は反省の時間じゃない」


 シェルターの中で生き残っているであろう制裁対象を引き摺り出すのが先だと、ミサゴはアイオーンの身体を抱えたまま、燃え残ったシェルターへ急ぐ。


 この状況で万が一逃走でもされればハイヴの沽券にも関わる故に。 どう処理するにしろ直接的証拠だけは確保しておきたいのがミサゴの考えだった。


「今まで肥え太ってきた分、両耳揃えてきっちり清算して……」

「まってミサゴ君! まだ敵がいる!」

「……チッ!」


 シェルターの壁を破ろうとミサゴがシールドを構えるとほぼ同時、アイオーンの警告がミサゴの鼓膜を揺らし、攻撃から回避へと行動を転じさせる。


 ――刹那、シェルターの壁が突如内側から解き放たれた衝撃波によって吹き飛ばされた。


 地を抉り、濛々と立ち昇る砂塵の中、事前の報告には一切無かったヘヴィミリタリーアンプ装着者の影がのっそりと浮かばせる。


「おかしいよなぁ社長。 アンタの言うことを信じるならここに来るのは雑魚の芋虫のハズじゃないか。 なんで俺の部下まで一瞬で皆殺しにされてるんだ?」

「し……知りません!私は送られてくる芋虫のランクを金を積んで教えて貰っただけなんです!」


 いかにも邪悪な気配を漂わせる巨漢の腕に捕らえられた、本来の標的である痩せぎすの小悪党は、自分だけは何とか助かろうと囀るもその弁解は半分も届かない。


「なんかさっきから怪しいなぁお前、もしかして俺を嵌めやがったか?」

「そんなはずがありませんアトラス様! 私が“ストラグル”を裏切るなんてそんな大それた事を……」

「ストラグル?」


 自身の記憶にも、アンプに記録された組織の中にも一切存在しない名を耳にして、ミサゴが反射的にその名を反復する。


 その瞬間、微かな言葉を耳聡く聞き付けた巨漢の表情が怒りに歪み、小脇に抱えていた小悪党を問答無用に圧殺した。 断末魔の悲鳴すら遺させない即死だった。


「なっ……!」

「このお喋りのカスが」


 ミートボール状に潰された死体をシェルターの床に叩き付け、何度も踏み付けるアトラスと呼ばれた悪漢。 違法薬物でも使ったのか異常に膨らんだ筋肉を誇張し、血潮と臓物で紅く染まった装甲をこれ見よがしに見せ付けながら、ミサゴとアイオーンを威嚇する。


「我々の存在を聞かれた以上生かして返さん」

「馬ッ鹿野郎! 勝手に喋らせたのはテメェだろうがこの筋肉団子が!」


 ワケの分からない言いがかりで殺されるわけにはいかない。


 ミサゴは抱えていたアイオーンを背後に庇える位置取りで手放すと、全力で煤煙を引き裂き宙を駆けた。

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ヴォイドクロウラー ~星海より来たる迷宮にて~ 南蛮蜥蜴 @Tokage0141

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