輝ける偶像
『此度はコンバットシミュレータのご利用誠にありがとう御座いますピルグリム様。 これより詳細なデータ収集のため、アンプとシミュレータの同期を開始します』
AIのぎこちない声が天から振り、時折緑色の走査線が奔る闇の中を一人、ミサゴが身体の調子を確認しながら歩いている。 死んでなければ不自然なほどの外傷を受けて然程日が経っていないにも関わらず、今の彼の両手足は何の問題も無く滑らかに動き、体内に隠されたアンプも一切誤動作を起こすことなく、あるべき姿へ組み立てられていく。
身体能力を増大させるパワードスーツ。 胸部や腹部は勿論、何故か脚部にも生成されるようになったアーマー。 そして相反する性能を秘めた漆黒の左腕と白亜の右腕。 それらは移植者の意志に呼応するように装甲の継ぎ目から熱を排出し、無風の空間に大気の流れを生む。
『機能チェック対象アンプ“ノーザンクロス”システムブート完了。 神経リンク異常なし。 コンバットシステムスタンバイ』
「希望の訓練メニューは既にセットしている。 お喋りせずさっさと始めろ」
『了解しました。 コンバットシチュエーション“採掘中の奇襲”でシミュレーション。 開始まで残り20秒』
無駄なお喋りを嫌うミサゴの要請を受けて、AIは虚無の暗黒を手早く訓練用の疑似洞穴を形成する。 ここが訓練施設だと前置きが無ければ到底看破など不可能なほどの精巧さ。 当然、現れるエネミーの再現も凄まじい。 おまけにフラクタスより採掘されたレリックを使っているおかげか、殴り殴られることすら当然のように可能である。
最も、それで気後れしてやるほどにミサゴの気力は衰えもしていなかったが。
「リハビリにはもの足りないかもしれんが……」
『5.4.3.2.1.エネミーAI起動。 テスト開始』
「結局どうなったんだろうな、俺の身体は!」
合図が下ると同時、ミサゴは両手を固く握り締め、両腕に仕込まれたスラスターを全開にした。 土壁や砂丘を破って咆哮と共に現れた疑似イミュニティ共の懐を、赤黒と青白の閃光が貫くと同時に、煌びやかに舞う銀の帯が引き裂いていく。
風に乗って自在に吹き流されるリボンのように、はたまた水の流れに逆らわない水草のように、変幻自在の形を為して群れなす化け物を縦横無尽に引き裂いていくブレードの猛威は、振るうミサゴ当人にさえ戸惑いをもたらすほどだった。
「なんだこの斬れ味は!?」
いつもの軽く打ち据える感覚で振っただけのはずが、出力された結果はあまりに凄まじく、ブレードを手繰る腕が微かに緩む。
当然疑似イミュニティ共も隙を突いて反撃を目論むが、ミサゴに搭載されたアンプはそれを良しとはしなかった。 高速回転するミサゴの戦闘思考の中で回避という手段が立案されるや否や、各部に配された装甲の隙間から放出されたエネルギーが、何かに弾き飛ばされたと誤認する程の勢いでミサゴの身体を無理矢理かっ飛ばす。
「ンギイイイイ!」
装着者のダメージや反動も考えず繰り返される殺人的な超加速の中、ミサゴは自分の身体に植えられたものに殺されると強い危機感を抱くに至る。 このままでは最近開きにされたばかりの身体をまたグシャグシャにされると。
だがミサゴの悲観的な予測と裏腹に肉体の破局は訪れず、逆に疑似イミュニティの死骸ばかりが増えていく。 まるで機銃掃射に晒された害獣の群れのように。
爆発的な上昇下降に急加減速、向こう見ずな自殺的突撃と普通の人間ならとっくに死んでいてもおかしくない機動力は、コントロールに必死なミサゴの意識外で大量の化け物を殺していた。
左腕を振り回すと骨ごと挽き潰されたようなすり身があちこちに散らばり、右腕を突き出すと綺麗に分割された死体が残る。 最早虐殺とも呼んでも遜色ないほどの酸鼻極まった光景は、この地獄を創り出した当人に強い危機感を抱かせる。
「俺は……俺は一体どうなっちまったんだ!?」
焦燥感に駆られるミサゴの意識とは裏腹に、その身体はアンプの力を効果的に発揮できるよう順応していた。 極まった殺人機械を効率的に振り回せる土台として。
「クソ! コズモファンズのイカレ共と同じ末路なんてゴメンだぞ!」
深い呼吸を繰り返し、何とか肉体の主導権と精神の平静を取り戻すミサゴ。 しかしその瞬間、敵の群れの中に凄まじい違和感を感じ取り、咄嗟に電子光を湛えた左目を向けた。
人間の視覚を遙かに優れたそれは、並み居る化け物の動き全てを的確に装着者へと伝えてくるが、違和感の根源がそれでは無いことをミサゴは察する。
「まさか……」
限りなく低い確率だが有り得ない話ではないと、今まで爛々と電子光を湛えていた左目から光が消え、代わりにミサゴ自身の瞳が猫のように細ばった。
そうして彼はようやく見つける。 疑似イミュニティの群れの後方で、これ見よがしに憩おっていみせる“機械には一切投影されない”人型欠損データの塊を。
「誰だテメェ! 見せもんじゃねぇぞ!」
当然激昂したミサゴはブレードを思い切り伸ばして不届き者を攻撃するも、エラーデータの塊はヘラヘラと笑うように身体を揺すり、すぐさま姿を眩ました。
「クソッ!」
なんであんな目立つところで見物していた輩に気が付かなかったと、ミサゴは深く猛省しながら天を仰ぐ。 その間にも疑似イミュニティ共が死にまくっているが別段気にも留めなかった。
やがてテスト終了を告げるブザーが鳴り、疑似洞穴が元の暗黒空間に戻ると、闇の果てから落ちてきたAIのぎこちない声が、軽く肩で息をするミサゴを労う。
『お疲れ様でした。 おめでとう御座います。 今回の貴方の殺戮スコアはA+です。 初見かつ病み上がりとは思えぬ動き故、感服致しました』
「AIがお世辞なんて使うんじゃないよ。 ハックされてるのにも気付かないポンコツがよ」
『仰られることが理解できません。 私のセキュリティシステムは常に常に常に常に常常常常常常つつつつつつつつつつつつつつ............』
ミサゴの辛辣な物言いにAIが生意気にも反論しようと試みるも、突如として異常な挙動を開始。 丁寧に紡がれようとした言葉はバグによってあっという間に塗り潰され、声以外の全てを別の何かに簒奪された。
『ぬっふっふ! バレちゃったバレちゃった!というか逆に分からなかったらどうしようかと思ってたよ。 せっかくの期待のホープも所詮アンプに使われっぱなしの雑魚だったらってな』
「そりゃどうも、初対面の相手にはまず挨拶だって習わなかったのか?」
『おっと失敬! 永遠の暫定レジェンド様“エスタトゥア”ちゃんがリハビリ代わりの地上でのお仕事を授けに来たよ!』
いつもの仏頂面で滅茶苦茶面倒くさげに息を吐くミサゴの目の前に、鬱陶しいほどの輝きを伴う粒子が飛来し人の形を為す。 やがて現れたのは、子ども向けアニメのキャラのように色鮮やかでひらひらとした衣装を纏った可憐な女の子だったが、ミサゴは心底鬱陶しそうに手をひらひらと振った。
「無理してぶりっ子ぶるなよ中身おっさんの癖に」
『口の利き方には気をつけろよガキ。 てめぇ友達いねぇだろ』
「生憎、友達らしい友達はガキの頃みんな死んだよ」
『そりゃまたご愁傷様だな』
ミサゴの返答に対しエスタトゥアは極めてわざとらしい仕草で同情を示すと、それはそれとばかりに今回のミッションデータを送信する。 意味不明な文字列の塊と変貌していたそれは、アンプを介して復号化されると、仔細な仕事の内容が視覚データとしてミサゴの左目に投影された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
任務内容:制裁
作戦区域:グリード・ストリート
制裁対象:脱税常習犯であるエリート層
特記事項1:対象の生死は現場の判断に一任する
特記事項2:ハイヴの指定する人員をサポート人員として必ず帯同すること
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……おい、こんなの俺に押し付ける気か?」
任務内容を確認すると同時、ミサゴは極めて不満げに電子光の輝きをエスタトゥアへと向ける。
グリード・ストリート。 パンドラシティで最も豊かで最も腐った区画。 脱税と反乱、そして児童売買以外の全てが許される世界有数の無法地域。
もっともその認識は、フラクタスに潜ったことの無い一般人のもの。 地獄の淵を渡るのが日常の芋虫達にとって、そこは調整中の戦闘用アンプを遠慮無く試し撃ち出来るテーマパークに過ぎない。
「随分シケた仕事だ。 選ばれし者気取りのカス共のケツしばきなんてよ」
『当たり前だろ? 病み上がりをいきなり高危険度ミッションに突っ込むなんてアホのやることだ』
「それにこのよく分からん特記事項2はなんだ」
『俺のリハビリにサポートなんて要らないってか? 勘違いすんなお前のリハビリなんて二の次だ。 ハイヴとしてはこっちが本命なんだよ』
「なんだと?」
今まで気怠げだったミサゴが訝しげに眉を顰めると、エスタトゥアはパンパンと軽く両手を叩く。 その途端、闇の中を一条の光が駆け抜け、終始無愛想な坊やを唖然とさせた。
スポットライトが指し示す先にいたのは、艶めかしい肢体のラインを艶やかに浮かび上がらせたアイオーン。
エスタトゥアの趣味全開のプロデュースによるものなのか、魔法使いらしき意匠をした妖艶な服を着せられた純真な乙女が、ミサゴの方を向いて顔を微かに赤らめながら佇んでいた。
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