死と夢と
『ミッションコントロール聞こえるか? こちらポラリス。 予定通り最深層付近に到達したが、開拓ルートを災害級イミュニティ共に潰されて身動きが取れない。 生き残ってるのは俺だけだ。 可能であれば指定したコースでの脱出ポッドの派遣を頼む』
生暖かい膜に包まれ眠りに就いたミサゴが夢に見ていたのは、兄がKIAになった時にハイヴが一方的に寄越してきた途切れ途切れの通信記録。
血肉を分け合った肉親が、かつて生きていたことを証明するもの。
『……こちらポラリス。 前言撤回だ今すぐ救助をやめろ。 つい先ほど大物を1000匹ほど殺したが敵方の攻勢は衰えない。 これではレスキュー隊を何人送りつけたところで餌にされるのがオチだ』
危険な仕事を生業としている故に覚悟は既に固めていたのか、絶望的な状況であっても兄の声色が陰ることはない。 それとも運命に抗うことを諦めていなかったのか、今となってはそれも分からない。
『ただで死ぬつもりはない。 これより最深層の単独調査を実施する。 調査データをリアルタイム送信するため、この通信は俺が絶命するまで切るな。 いずれここに来るだろうクロウラー達の為にもな』
「ハヤト兄さん……」
ギャア、ウギャアと汚らしい化け物共の断末魔が絶え間なく響く中、何事も無いのように振る舞う兄の声にミサゴは顔を曇らせた。 唯一の肉親が徐々に死に瀕していく様子を察するのはあまりに残酷で呻くことしかできない。 苦境に立たされた当人以上の苦しみに悶えながら。
しかし、記録の最後に遺されたハヤトの音声は何故か異常なまでに澄み切り、絶望どころか感動の極地にあった。
『俺は……夢を見ているのか……? 何故こんな地下に……こんな星空が……』
何度聞いても全く意味の分からない呟き。 それが、ミサゴのたった一人の兄弟が最期に遺した生きた証だった。 もっとも、意味不明な言葉だけを遺された側としては、永遠に解の出ない謎だけを残され、胸の奧に小さな火種が残るばかり。
「兄さん……アンタは最期に何を見たんだ……」
何度ハイヴに問い合わせても、帰ってきたのは心ないお悔やみとはぐらかしだけ。当然、兄が最期に任された仕事の詳細など分からずじまい。 普通なら誰もが諦めるような八方塞がりの状況だが、ミサゴは決して諦められなかった。
「俺はまだ死ねない……兄さんが最期に見たものを見るまでは……」
「それが、貴方が闇の底を目指す理由なのね?」
「!」
暗黒の世界に前触れもなく浮かんだのは、現実世界でのあどけなさが嘘のように理知的な光を瞳に宿したアイオーンの姿。 何故ここにいるのか、そもそも俺はどうなったのかと言葉を投げかけようと口を開いた瞬間、一気に視界が開ける。
「なんだ……!?」
強すぎる光に思わず目が眩み、声を漏らすミサゴ。しかしそれもすぐに慣れ、現在置かれた状況が理解できるようになる。 周囲の過剰なまでの清潔さと多種多様な医薬品の匂いから、自分が目覚めたのは見知らぬ医療施設らしき場所なのだと。
「先生、ピルグリム氏の意識が戻りました」
「はいはい、引き続き彼の身体とアンプの再癒着を続けて。 貴重なイグゾルテッドクラスのアンプをフイにするわけにはいかないからね」
ミサゴの呻き声に気付いたのか、一人のナースが無愛想な顔を覗き込んで報告をした後、医師の指示を受けると、静々と神経接続用機材のもとへ戻っていく。
「俺は……死んだんじゃ……」
「あぁ死んだ、バッチシ死んだぞ君は。 ここまで運ばれてきた時の姿をキッチリ撮ってるから、興味があるなら確認しておくといい。 自分の死体なんて普通なら絶対にお目にかかれないからね」
ハイヴ所属の証である腕章を嵌めた白衣の男は、ベッドの脇に置かれていた写真を無造作に放るも、ミサゴはすぐに吐きそうな顔をして手放す。 そこに写されていたのは、見るも無惨なグロ画像そのもの。
「頭潰されて心臓抉られておまけに正中線から真っ二つ……か……。 悪い冗談を見ているみたいだ……」
「私達も驚いたよ。 フラクタスから採掘された異常な技術に長らく触れてきたが、ここまで手酷く損壊した遺体が蘇生するなんて初めてだ。 それも、損傷した臓器の代替となるアンプを一つも埋める必要もないとは」
「おいおい先生、つまらない嘘を吐くなよ」
大袈裟な医療機器のモニターへくまなく目を通しつつ作業を進める医師の背を、ミサゴは利き目である右目ではなく、敢えて左目で睨む。
明らかに普通の目ではないと素人ですら分かる、電子光を瞳の奧に湛える目で。
「時計、温度計、速度計、高度計に方位計。 スキャン、光学ズーム、サーモグラフィ、暗視装置、監視システムエリア表示、回避パターン解析、アンプ連携火器補助システムに視線オーバライド。 ただの目ひとつでこれだけの至れり尽くせりだ。 どうせ頭のてっぺんから足先まで色々植えてるんだろ?」
「君も疑り深いな、我々は何も触ってない。 そもそも、本来なら貴重なアンプを回収して君の死体は火葬に処すはずだった。 ……例のあの子が君を甦らせるまでは」
「甦らせただと? アイオーンが?」
あまりに馬鹿げた言動に困惑するミサゴへ見せ付けるように、医師はミサゴが寝かされたベッドのそばに備えられたモニターを灯す。
「見てみろ。 お前が殺された後、わざわざ死体を背負って帰ってきた可愛い馬鹿共が撮った映像だ」
ザリザリと乱れる映像の中でフォーカスされたのは、紫の光の膜に包まれたミサゴの死体と、無言でそれに抱きつくアイオーンの背中。 それを囲むアンダードッグとピースキーパーを含むボロボロのクロウラー達は、無防備な背中を無理に引き剥がすことも出来ずただ呆然とその様を見守っていた。
頭を砕かれ心臓をもぎ取られ、真っ二つに裂かれた死体が、まるで魔法のように再生していく様を。
「これで信用できたか? CGや特撮なんて使ってない。 正真正銘本物だ」
「……あぁ、アンタの生体データが一切動揺していないのを感じる。 それで、とんでもない奇跡を体現させた魔法使い様はどこにいる?」
「馬鹿か君は? せっかく生えてきた目は節穴か。 そこで眠ってるだろ、君のすぐそばでな」
ミサゴの質問があまりに的を外していて馬鹿らしかったのか、医師は一瞬天を仰いだ後に再び機械と向き合うと、それ以降無駄話をすることもなくなった。
医師とナースの事務的なやりとりだけがその場を支配し、会話らしい会話は無い。
「俺の……そばに……?」
医療機器と繋がったアンプを通して流れてきた薬のせいで、痛みが緩むと共に軽い倦怠感を抱くミサゴ。 完全に全身の力が抜けきる前にと、気合いを振り絞って首を動かすと、そこには確かな温もりがあった。
神秘的な紫紺の光を全身に帯び、幸せそうな寝息を立てるアイオーンの姿が。
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