【完結】The Candle in the Bathroom(作品230319)

菊池昭仁

The Candle in the Bathroom

第1話 食べ歩き仲間

 給料日後の日曜日のファミレスは戦場だった。

 

 「もう1時間も待ってんだぞ! いつになったら絶品ジャンボハンバーグってえのがやって来んだよお!」

 「申し訳ございません、ただいま確認して参ります」


 私が厨房へ急ごうとすると、隣のテーブルの中年女性から呼び止められた。


 「ちょっとお水頂戴。それからチョコレートパフェ追加」

 「すみませんがお水はセルフサービスでお願いいたします。

 何卒、ご協力の程、よろしくお願いいたします」

 「使えないウエイターねー。

 いいわ、パフェはいらないからキャンセルして。

 ネットにこのファミレスの接客が最悪だって晒してやるから!」

 「申し訳ございませんでした。ただいまお水をお持ちいたします」

 

 すると今度はホールの珠代が私を手招きした。


 「店長、鹿島君まだバイトに来てないんですけどー。

何やってんだろー? あのバカ」

 「悪いけど電話してみてくれるかな? 俺も手が一杯なんだよ」

 「わかりましたー」


 休憩室に戻り、珠代が鹿島に電話を掛けた。

 だがいくら電話しても鹿島は電話に出なかった。


 鹿島からLINEが届いた。


   お疲れ様です

   今日は腹が痛い

   ので休みます


 珠代は既読にしたまま、それを無視して私にそれを見せた。



 「店長、これです。

 ふざけてますよね? 鹿島のやつ」

 「わかった。悪いけどあと2時間だけ残業してくれないかな? 彼の代わりに」

 「困りますよー、今日は家族で焼肉なんですからあー」

 「そうか、わかった。じゃあ何とかするよ」

 「それから店長、私今月いっぱいでこのお店を辞めますから」

 「どうして?」

 「もう疲れました」


 珠代はこの店のフロア責任者だった。

 彼女が店を辞めるのは店にとって大きな打撃だ。


 「明日、ゆっくり話そう」

 「無駄です、主人にも相談して決めたことなので。

 それではお先でーす」


 珠代はそのまま休憩室に入り、帰り支度を始めた。



 21時になって、ようやく店は落ち着いた。

 また今日も私は昼飯を食べ損ねていた。


 「5番に行ってくる」


 5番とは店の隠語で、タバコを吸って来るという意味だった。

 私は店の裏口を出て、外の喫煙所でタバコに火を点けた。

 美しい満月の夜だった。



 瑠璃子からLINEが届いた。

    

   明日、とんかつ

   なんてどう?

           では『美山』で

           13時に

   OKです!

   予約しておくね


 瑠璃子との食べ歩きだけが私の唯一の救いだった。

 それがなければ私は壊れていたかもしれない。

   


 

 その日、瑠璃子はベージュ色のハイネックに黒い薔薇のガウチョパンツで現れた。

 小さな胸の膨らみが清楚であり、またセクシーでもあった。



 トンカツの『美山』はトンカツ屋としては珍しく、フルオープンのキッチンスタイルの店で、カウンターが店主を囲むように、コの字形になっていた。


 夫婦で営んでいる店だったが有名店として定評があり、店はいつも混雑していた。

 店主はまるで千手観音のように手際よくトンカツを揚げていた。



 「瑠璃子は何にする?」

 「うーん、ロースなのは決まっているんだけどさあ、問題は特大にするかどうかなのよねー。

 よし決めた! 最近、ちょっと太っちったけど、でもここのロースは最高だから特大にしちゃおうっと。 

 大門君は?」

 「じゃあ俺も同じ特大で」

 「すみませーん、ロースの特大をふたつ下さい」

 「特大ロースですね? かしこまりました」


 店主は二代目で、元フレンチのシェフをしていたらしい。

 トンカツ屋のオヤジというより、県庁職員といったような感じだった。



 私は35歳のバツイチ、瑠璃子は36歳で、結婚して8年になるが子供はいなかった。


 「うわあー、大きい! サックサクの衣にこの肉厚ロース。

 お肉に甘味があってもうサイコー!

 よく粗いパン粉を使うお店があるでしょ? 私、あれ苦手なんだー。やっぱりパン粉はこうでなくっちゃ!」


 ウチのファミレスのとんかつ定食とは雲泥の差だった。

 輸入豚肉をセントラルキッチンで加工し、冷凍で店にやって来る。

 それを解凍して揚げるだけの物だった。


 瑠璃子は高校の吹奏楽部の先輩で、彼女はホルン、私はクラリネットを吹いていた。


 私と瑠璃子はずっと付き合っていたわけではなく、3年前に偶然、街の本屋で再会してからの付き合いだった。

 別に不倫をしているわけではなく、週に1度、一緒に食べ歩きをするだけの関係だった。



 「瑠璃ちゃんはいつも美味しそうに食べるよね?」

 「当たり前でしょう? 美味しい物を選んで食べに来ているんだから」

 「それはそうだけど・・・」

 「ねえ今度さあ、ちょっと遠出しない? 電車に乗って?」

 「いいけど、どこに?」

 「それはその時のお楽しみ、15日の水曜日とかどう?」

 「水曜日なら大丈夫、俺、休みだから」

 「じゃあ決まりね?」

 

 瑠璃子とのこのひと時が、今の崩壊寸前の私にとっては唯一の支えになっていた。


 

 「そういえばこの前、韓流スターのキム君が自殺したって話、知ってる? ショックだったなあー。

 なんで自殺なんかするんだろう?」


 私は一瞬、返事を躊躇った。

 それは今、自分自身が生きていることが辛かったからだ。

 死ぬ理由なんて本当はない。その韓流スターは死にたいから死んだだけだ。

 彼が弱い人間だっただけの話だ。


 「ニューヨークでは、雨の日の月曜日に自殺する人が多いんだってさ」

 「どうして?」

 「休み明けの月曜日が雨だからじゃないのかな?

 そんな憂鬱な気分になるんだよ、雨の日の月曜日は・・・」



 (瑠璃子、僕もそのキム君と同じことを考えているんだよ)


 

 私は黙々とトンカツに添えられた千切りキャベツを食べた。

 まるで草食動物のヒツジのように穏やかに。


第2話 オレンジ色の涙

 約束の水曜日は、今にも泣き出しそうな子供のような空だった。


 

 「お待たせー!」


 瑠璃子は細かいパターンのレモン色のワンピースと、薄いサマーカーディガンを着て来た。



 「とりあえず飲物とかは買ったけど、他に何か食べたいものはある?」

 

 瑠璃子はコンビニ袋の中を覗き込んだ。


 「どれどれ、流石は大門君、私の好みを覚えてくれているのね?

 マーブルチョコレートとジャスミンティー、それと「都こんぶ」。

 ばっちりじゃないの!」



 高校のブラバン・コンクールのバス遠征の時、瑠璃子の好物はいつもこれだった。



 「ところで今日はどこへ行くの?」

 「今日はねー、福島市にある『山岸屋』っていうすっごく美味しいラーメン屋さんよ。

 新幹線で行こうよ、大宮からだと1時間位だから」



 私と瑠璃子は切符を買い、新幹線に乗った。

 窓際に瑠璃子を座らせると、自分の缶ビールだけを取り、後は瑠璃子に袋ごと渡した。


 「ありがとう、じゃあ乾杯しよう」


 瑠璃子はジャスミンティーのペットボトルの蓋を開け、私の缶ビールと乾杯をした。


 「カンパーイ!」

 「夕方まで帰れば大丈夫?」

 「うん、それ以上でも大丈夫だよ、今日は旦那、遅いから。

 それともそのまま泊っちゃおうか? 飯坂温泉にでも。あはははは」


 それはいつもの瑠璃子のジョークだった。



 「ねえ、ちょっと交換しない?」


 瑠璃子は私のビールと自分のジャスミンティーを交換した。

 缶ビールを美味しそうに飲む瑠璃子。

 だが私は瑠璃子のジャスミンティーには口を付けなかった。

 瑠璃子とkissをするようで、瑠璃子の夫に対して罪悪感があったからだ。


 「あー、おいしいー。

 平日の昼間に飲むビールって、どうしてこんなに美味しいのかしら?」

 「少し悪いことをしているような感じがするからじゃないか?

 平日の日中は、みんな仕事や学校だからね」

 「そうかー、じゃあこのドキドキ感は不倫しているみたいだからかな?」

 「瑠璃ちゃんはいつもそうやって僕をからかうよね?」


 (不倫? たとえカラダの関係がなくてもこれは十分に不倫かもしれない)


 私は遂に瑠璃子の口紅のついたジャスミンティーのペットボトルを口にした。

 それを見ていた瑠璃子が言った。

 

 「しちゃったね? 私と間接キッス!」


 私は顔が赤くなっていないか心配だった。




 あっという間に新幹線は福島駅に到着した。

 タクシーに乗り、山岸屋へと向かった。




 そして私たちは度肝を抜かれた。

 11:30からの開店だというのに、11時の段階で既に20人以上が並んでいた。


 ぽつりぽつりと雨も降って来た。

 私は傘を取出し、瑠璃子に差してあげた。


 「相合傘だね?」


 瑠璃子から淡いアリュールの香りがした。



 ようやく店内に入れたのは12時を過ぎていた。

 カウンターが8席だけの狭い店内。メニューは醤油のみで支那そばとチャーシュー麺、それとチャーシューワンタンメンのみだった。

 私たちはチャーシューワンタンメンを注文した。


 注文取りから調理、会計までをすべて店主がひとりで切り盛りしている。

 お客の注文を聖徳太子のように聞き分け、会計も鮮やかだった。

 

 瑠璃子はラーメンを一口啜ると歓声を上げた。


 「何これ! こんな美味しいラーメン、食べたことない!」


 まだ30代半ばの店主は笑っていた。


 「お客さん、どこから来たんですか?」

 「大宮から新幹線で来ました! 電車賃をかけて来た価値はありますよ、このラーメン!」

 「ありがとうございます」


 スープを一口飲んだだけで、頭がしびれそうだった。

 麺も独特で、腰があっても伸びず、しかも絶妙な太さがスープとよく調和し、小麦のいい香りがした。

 ネギは九条ネギを使い、ワンタンの皮はギリギリまで薄く滑らかで、チャーシューは鹿児島県産の黒ブタの背豚バラを丁寧に仕上げた逸品だった。


 さらに驚いたのは、奥のカウンターに角野卓三が座っていたことだった。

 昨日も訪れたらしい。

 私たちはすっかり満足して店を出た。



 「あのお店、14時で終わりなんだよ。それでも1日200食、すごくない?

 山岸屋の店主って、大阪の老舗料亭の花板だったんだってさ。

 基本がキチンとしているから出せる味だよね? まるでラーメンの「懐石料理」みたいだったよね?

 ねえ、また来ようよ、『山岸屋』さんに」

 「ああ、また来よう」

 


 私たちは飯坂温泉で足湯に浸かったり、お団子を買ったりして夕方まで福島を満喫した。



 帰りの新幹線の中で、駅の売店で買った日本酒を飲んだ。


 「美味しいー、スッキリとした辛口だね?」

 「うん、切れがあるのにコクがある。俺の死んだオヤジが造り酒屋の杜氏だったんだけど、いい酒って水に近いんだってさ」

 「エーッ! 大門君のお父さんって杜氏だったの?」

 「ああ、元は銀行員だけどね?」

 「なんで銀行辞めたの?」


 私は笑って小指を立てた。

 だが瑠璃子は笑わなかった。


 「うちの旦那もね、銀行員なんだ」

 「エリートなんだね? 瑠璃ちゃんの旦那さんは。俺みたいなしがないファミレスの店長とは大違いだ」


 すると瑠璃子は急に悲しそうな顔になり、


 「彼、浮気しているの。

 今日も今頃、たぶん女と一緒よ・・・」


 瑠璃子は私に寄り添い、彼女の白い手が私の手の上に静かに置かれた。


 「私、離婚するんの」

 

 いつの間にか雨はあがり、夕暮れの西日が強くなったので、私はシェードを下ろそうとした。


 その時、瑠璃子は私の腕を抱き締めた。


 彼女の頬には夕日に染められた、オレンジ色の涙が流れていた。


第3話 初めてのKiss

 大宮駅に着いた私たちは、腕を組んで大宮の東口を彷徨い歩いた。


 狭いアーケードの中にあるユニオンジャックが掲げられた英国パブに、私と瑠璃子は落ち着いた。

 私たちはギネスビールで乾杯をした。


 

 「俺は離婚経験者だからさあ、結婚する時よりも離婚する時の方が大変だった。

 結婚には明るい未来への期待があるけど、離婚には明日がない。

 せめて最小限の被害で悔い止めるしかない。憎しみ合って別れるのではなく」

 

 カウンター席の隣で、小首を傾げて微笑む瑠璃子がいた。


 「大門君の時は何が原因だったの?」

 「俺の時は俺の浮気だよ、最悪の離婚だった」

 「へえー、意外。大門君でも浮気なんてするんだ? ちょっとびっくり」

 「男も女も浮気はするよ。

 ただそれは「思うだけ」の意気地なしが殆どだ。実際に浮気するヤツは少ない。

 しかし本当は「そう考えただけ」でも浮気なんだよ」

 「じゃあ大門君は勇気があったんだ」

 「イヤな言い方は止めてくれよ、もう終わったことだから」

 「ウチは単純。旦那は子供が欲しかったの。

 ずっと不妊治療を続けて来たんだけど、もう疲れたんだって」

 「上手くいかないよなあ、子供なんかいらないという連中にはポコポコ生まれて、欲しいと願う夫婦のところには子供が産まれない。

 辛いんだってな? 不妊治療って」

 「お金も大変だけどそれ以上に気持ちがついていけなくなるの。

 生理が来るたびに夫婦で落胆したわ」

 「瑠璃は子供、欲しいの?」

 「私はそれほどでもないわ、だって子育てって大変でしょ?

 でも旦那のために産んであげたいとは思ってた。

 もう笑っちゃうくらいよ、エッチして中に出すじゃない? そして逆立ちするの、壁に倒立。

 そうすれば精子が子宮の卵子と結合しやすくなるんじゃないかと思って。バカみたいでしょ?

 色気も素っ気もないわよね?

 だからセックスがお互いに苦痛になって、もう2年もレス状態。

 大門君はどうしてるの? 性処理の方は?

 自分でやってるの? それとも風俗?」


 面倒な質問には質問で返すのがセオリーだ。


 「瑠璃ちゃんはどうしているの?」

 「私はねー、内緒」


 私は残りのビールを飲み干し、テキーラを注文した。

 今日は酔いたい気分だった。

 ライムを絞り、テキーラの入ったショットグラスにそのままライムを落とし、それを一気に煽った。



 「大変だったんだね?」

 「しょうがないよ、子供が産めない私が悪いんだもん」



 瑠璃子がそう言ってグラスを左手で持ち上げた時、袖口が下がり私は彼女の手首に縫合した跡を見つけてしまった。

 思えば瑠璃子は夏でも長袖だった。


 そう言えば一度聞いたことがあった。


 「いつも長袖で熱くないの?」

 「日に焼けるのが嫌なの、シミになるし」

 

 いつも長袖だったのはそういう理由があったのだ。

 

 瑠璃子もそれに気づいたようで私に言った。


 「とうとう見られちゃった、リストカットした痕・・・」

 「・・・」

 「本当はこれも離婚原因のひとつなの。

 弱いよね? 私・・・」 

 「弱いんじゃなくてやさしいんだと思う。

 そして強いからポキッと折れちゃうんだよ、瑠璃は頑張りすぎるから」

 「ありがとう、大門君」

 

 そう言うと瑠璃子は私の唇に自分の唇を重ねた。


 その夜、私たちは初めてのキスをした。


 友だちのままで。


第4話 恋が始まる

 私と瑠璃子はラブホテルの前にいた。

 

 「する?」

 「うん、しようか?」


 それは極めて自然の成り行きだった。

 私たちは何かに縋りたかったのだ。

 ひとりでいると壊れてしまいそうだったから。


 今の私たちにとってのセックスは、自分の命を繋ぎ留める錨だった。

 お互いの絶望の中で私たちは愛の欠片を拾い集め、それを持ち寄ったのだ。

 ただ、それだけの事だった。



 

 儀式が終わり、私たちはお互いの肌の温もりを感じ取っていた。


 「とうとうしちゃったね? 私たち・・・」

 「そうだね? しちゃったね? 俺たち・・・」

 「どうだった? 私」

 「すごく良かったよ。想像していたよりもずっと」


 瑠璃子は私の胸を指でなぞった。


 「ふふっ、大門君、そんなこと想像していたんだ?

 私の裸」

 「一応、俺も男だからね?」

 「私をおかずにしてたんだ? 変態さんだね? 大門君は。

 でも、私も想像してた、大門君の裸。うふっ。

 いつかは大門君とこうなりたいと思ってた。

 大門君の体って、すごく温かい」


 瑠璃子は私にカラダを寄せた。


 「俺も瑠璃ちゃんとこうなりたかった」

 「ねえ、これからは瑠璃子って呼んで」

 「いいよ、瑠璃子」

 「本当はね、前からイヤだったの、「瑠璃ちゃん」って呼ばれるの。

 旦那が私をそう呼ぶから」

 「じゃあ俺のことはなんて呼んでくれるの?」

 「大門君はねえー、マイケル」

 「俺は外人じゃないよ、猫でもないし」

 「じゃあ、しげちゃん」

 「爺さんぽくないか?」

 「もう、じゃあなんて呼んで欲しいの?」

 「俺ね、昔から女に呼ばれたい渾名があったんだ」

 「どんな?」

 「あ・な・たって渾名」

 「それは渾名じゃないでしょう?

 そうなると私は「お前」? なんだかそれはイヤだなー、名前で呼んで欲しいもん。

 いいよ、今度から大門君のこと、「あなた」って呼んであげる。

 あ・な・た。キャーッ、恥ずかしーいっつ」

 「瑠璃子」

 「あ・な・た」


  私は瑠璃子を優しく抱きしめた。



 「あなたは死のうと思ったことある?」

 「あるよ。どうしたの、急に?」

 「ただ聞いただけ。あなたも死にたいと思うことがあるのかなあと思って・・・」

 「人間だからな? あるよ」

 「どんな時にそう思うの?」

 「俺は誰の役にも立っていないんじゃないかと思うと死にたくなる。

 俺がこの世からいなくなっても、誰も困らないだろうと考える時に」

 「じゃあ今は?」

 「死にたくない」

 「私を残して死んじゃ嫌だよ。もし死にたくなった時は言ってね? 私も一緒に死んであげるから」

 「ありがとう、瑠璃子」


 私は瑠璃子にやさしく#単語__ルビ__#キスをした。

 私は死ぬのを止めることにした。

 瑠璃子を悲しませないために。そして瑠璃子を死なせないために。


 

 

 木曜日の午後のファミレスは#長閑__のどか__#だった。


 ネクタイをした老紳士がひとりとお迎え前のママ友たちが3人、そして学校をサボって喋っている高校生のカップルがいるだけだった。

 私は休憩室でひとり、遅い昼食を摂っていた。

 

 鹿島君が暗い顔でやって来た。


 「店長、お食事中のところすみませんが一緒に来ていただけませんか?」

 「どうした?」

 「なんだか怖い人が「店長を呼べ!」って騒いでいるんです・・・」

 「何かあったのか?」

 「兄ちゃん、灰皿持って来いといわれたので、「すみませんが店内は禁煙です」とお伝えしたところ、急に怒り出して店長を呼んで来いと・・・。

 警察に連絡しますか?」

 「わかった」


 私はオムライスを食べるのを中断してホールに出た。



 「店長の大門です。お客様、いかがなさいましたか?」


 その男は40歳位のパンチパーマを掛けた、派手なジャージの男だった。

 お客たちは一斉に私に注目した。


 「この兄ちゃんに灰皿をくれって言ったのに駄目だとぬかしやがる。

 お前、コイツにどんな教育してんだ?

 早く灰皿持って来い! ボケっ!」


 その男はテーブルを蹴った。

 

 「申し訳ありませんが行政の指導によりまして、店内はすべて禁煙となっております」


 すると男は突然、椅子を蹴り倒した。


 「お前、日本語分かるか?

 灰皿を持って来いとお客が頼んでいるんだ、それを無視したらどうよ?

 ぶっ殺されてえのかオメエ!」

 「他のお客様のご迷惑になりますので警察を呼びますよ」

 「呼べるもんなら呼んでみろよ! 二度と来るか! こんな店! おぼえてろよ!」


 男は床に唾を吐き、そのまま帰って行った。

 老紳士が私に言った。

 

 「管理職は大変ですね? 

 素晴らしかったですよ、店長さんの毅然とした態度。実に感心しました。

 益々このお店が好きになりました」


 ママ友さんたちも大きく頷き、その老紳士に同調してくれてた。


 私は頭を下げ、休憩室に戻ると再び冷たくなったオムライスを食べ始めた。



 携帯電話が鳴った。

 エリアマネージャーの飯田からだった。

 スマホのディスプレイを見なくても飯田だとわかる。

 着信音はホラー映画の『リング』のテーマ曲に設定しておいたからだ。



 「店長、明日そっちに行くからよろしく。

 最近、また売り上げが落ちているようだが対策は考えているんだろうな? 明日はその話が中心だ」

 「わかりました」


 私は飯田の電話で食欲が失せ、オムライスをゴミ箱に捨てた。


第5話 真夜中の電話

 私はこのエリアマネージャーの飯田が苦手だった。

 

 「大門店長、お前のバイトのシフトの組み方、おかしくねえか?」

 「就業マニュアル通りに組んでいますが当日のドタキャンも多く、困っています」

 「ドタキャンする奴とされる奴、どっちが悪いと思う?」

 「両方です」

 「バカ野郎、ドタキャンされる奴だよ! お前が舐められているから仕事に来ねえんじゃねえか!」

 「・・・」

 

 飯田はテーブルに両肘をついて私を上目遣いに見た。


 「お前、本当に店長なのか? 売り上げは落ちる、バイトには舐められる、どうなってんだ?

 やる気あんの? 店長になりたい奴なんていくらでもいるんだぞ、お前、コックに戻るか?

 その方がラクだしな? 

 何も考えずレンジでチン、料理を温めていればいいんだからな?」


 飯田はボールペンをグルっグルっと手で回わし、苛立っていた。

 

 「この店をどう立て直すつもりだ? 店長?

 答えろ大門!

 俺の担当している店でここが最低なんだよ! 俺に恥をかかせるんじゃねえ! 大門!」


 私は自分の頭の中に黒い雫がポタポタと落ちていくのを感じていた。

 それが心に波紋を広げて行った。



 その後も飯田の叱責は2時間にも及んだ。

 私はずっと飯田の罵詈雑言を浴びせられ続けた。



 夕食時になり、店が忙しくなって来ると私はようやく飯田から解放された。

 私は会社を辞めることよりも、人生を辞めたかった。



 仕事が終わり家に帰った。

 明かりの点いていない家に帰る憂鬱。

 私は見もしないテレビを点け、風呂に湯を張り始めた。



 私は風呂に浸かり、考えた。


 アパートで死ぬのは大家さんに悪いし、会社や公園、クルマの中も気が引けた。

 俺の死体は腐乱してウジが湧き、糞尿の垂れ流しの死体を見てしまう人、ましてやその遺体を処理をする人に申し訳ない。

 となると海か山?

 死体が残らないか、白骨化することを考えるべきなのか?

 死に方は痛いのや苦しいのはイヤだ。

 となると睡眠薬か、酒を大量に飲んで急性アルコール中毒?


 私は体を洗い、髪をシャンプーして熱いシャワーでそれを洗い流した。



 洗面台の鏡に映る私の顔は希望のない、負け犬の顔だった。



 冷蔵庫から缶ビールを取出し、私は深夜のテレビを眺めながらビールの缶を開けた。


 その時、親父の葬儀の「夕食の使い」で和尚が言っていたことが頭に浮かんだ。


 「自殺をしてはいけません。たとえば25歳で自殺をした場合、仮にその人の本来の寿命が86歳だったとしますと、後の残りの61年を冷たい、悪臭のする真っ暗な闇でひとりぼっちで過ごすことになりますから」


 だが、こんな毎日が続くのであれば、それは同じことだと思った。

 私は正常な判断が失われていった。



 「瑠璃子・・・」


 私は先日の瑠璃子の裸体と、左手首のリストカットの傷を思い出した。

 そして彼女の為に生きるという誓いを。


 電話が鳴った。

 瑠璃子からだった。


 「どうした?」

 「寂しくって電話しちゃった。あなたは何してたの?」

 「ビール飲んでたよ、瑠璃子を思い出して」

 「私の何を思い出していたの? うれしい」


 いつもの明るい彼女の声。旦那は不在のようだった。


 「今、ひとりなのか?」


 急に瑠璃子の声が暗くなった。


 「あの人は多分お泊りみたい」

 「会いたい。今すぐに」

 「私も会いたい、今すぐに。気づいたら勝手にあなたに電話をしていたわ、あなたの声が聞きたくて。

 ねえ、何か面白い話して」

 「瑠璃子がしてくれよ、何か面白い話を」

 「うーん、泣ける話なら山ほどあるけど、今は面白い話はないかも」


 電話の向こうで瑠璃子が泣いていた。



 「今日、飯田っていう大っ嫌いなマネージャーにいびられたんだ。「お前はダメな店長だ、店長なんか辞めろ!」ってさ。

 本当にその通りだと思った。

 こんな奴にそんなこと言われて黙っているなんて、本当に俺は駄目な奴だよ」

 「かわいそうなあなた。今すぐ抱きしめて慰めてあげたい、あなたのママみたいに」

 「俺が抱きしめたいよ、瑠璃子のことを」

 「抱きしめて、思いっきり強く、骨が折れるくらいに」

 「こんな感じかい?」

 「ううん、もっと、もっと強く抱いて」

 「このくらい?」

 「うん、そのくらい、息が苦しくなるくらい抱き締めて」

 

 私と瑠璃子はそんな話を1時間半も続けた。



 「あっ、旦那が帰ってきたみたい。後でLINEするね?」



 それから30分後、瑠璃子からLINEが届いた。


   明日、お休み

   だったよね?

   焼肉に行こう

   よ


         いいよ

 

   じゃあ明日、

   『金剛苑』に

   17時で

 

         了解


   おやすみなさ

   い

   愛してるわ

   すごく 


         俺も愛してる

         おやすみ

         瑠璃子


   おやすみなさ

   い 

   ア ナ タ♡



 私はテレビを消した。


 壁掛け時計の秒針の音だけが聞こえていた。


第6話 恋から愛へ

 モウモウと煙の立ち込める焼肉屋で、私と瑠璃子は肉を頬張り、生ビールを飲んでいた。

 瑠璃子も私も、今日は焼肉デートなのでカジュアルな服装だった。


 「ごめんねー、こんな色気のない格好で。

 でもさあー、焼肉にはこれだよねー、匂いもついちゃうしさ。

 それにこの後、どうせ脱げばおんなじだしね? あはははは」


 瑠璃子は中ジョッキを傾け飲んで笑っていた。


 「俺もジーンズにTシャツだよ。煙の臭いが付くから」


 美味しそうにハラミを食べる瑠璃子を見ていると、こんなにチャーミングな女と別れる旦那の気持ちが私には理解出来なかった。

 瑠璃子は別れた女房とは正反対の女だった。


 「せっかくの美味しいお料理なのに、どうしてこんな下品な器に盛りつけるのかしら?」


 女房はそんな女だった。

 私は食べ物を批評する女が苦手だ。

 食事は何を食べるかではなく、誰と食べるかなのだ。

 瑠璃子はなんでも美味しそうに感謝して食べる。

 彼女と一緒に食事をしていると、どんな食事も美味しく感じた。


 女も男も勘違いをしている。

 「男の人ってみんなオッパイは大きい方がいいはず」とか「女はイケメンが好きだ」など。

 だがそれは一般論であって真実ではない。

 少なくとも私にとっての理想の女性は「美味しく笑顔で食べる女」だった。

 瑠璃子のように。


 瑠璃子は焼けたカルビを私の皿に乗せてくれた。


 「ほらほら、どんどん食べないと焦げちゃうよ、何をボーっと考えてんの?」

 「瑠璃子はよくそんなに平気でいられるよな? 離婚が迫っているというのに」


 

 瑠璃子は一瞬寂しそうな顔をしたが、肉が焦げないようにと肉を裏返しながら言った。


 「私、そう見える? これでも結構キツイんだけどなあ。

 でもね、今は平気、あなたが傍に居てくれるから。

 ひとりでいる死にたくなる・・・」

 「ごめん、変なこと言って」

 「気にしないで、今がしあわせならそれでいいじゃない? 明日の事は誰にもわからないわ。

 それに明日の事は明日考えればいい事だしね?

 しあわせなんて服みたいなものよ、他人からすればヘンな服でも、着ている本人は意外と気に入っていることもあるじゃない?

 私はあなたといるとラクなのよ、あなたは私にとってすごく着心地のいいお洋服なの」

 「それは俺が「ヘンな服」だという意味か?」

 「そうかもねー。あはははは

 すいませーん、ビール2つおかわりー!

 あのね? 自殺をしようとしているような人には焼肉に誘うのが一番なんですって。

 だって、死にたいって人が汗をかきながらお肉を食べてビールを飲んでるなんて、似合わないでしょう? あはははは」


 私は死ぬことを忘れて酒を飲み、今、瑠璃子とこうして肉を食べている。

 死が自分から離れていた。


 「瑠璃子、今日は誘ってくれてありがとう、死ぬのは止めるよ」

 「あなたが死んだら私も死んじゃうからね? それを忘れないでちょうだい。

 あなたはひとりじゃない、それは私も同じ。

 私を長生きさせたいなら、そんなことは考えないでね?」

 「わかってたんだ? 俺が自殺しようとしていたこと」


 瑠璃子は真顔で言った。


 「はじめは分からなかった。

 でもこの前、あなたの肌に触れた時、なんとなくそんな気がしたの。

 言い方が悪かったわね? 「死なないで」じゃなくて、私があなたを絶対に死なせはしない。

 ねえ、今日はあなたのところに行ってもいい?」

 「いいよ」

 「よかった、これでラブホ代が浮いたね? さて、その分どんどん食べて、じゃんじゃん飲むかー。

 でもあんまり飲むと、合体した時「たっぷんたっぷん」って音がするかもよ。あはははは」


 私たちは笑いながらビールを空けた。




 「あー、よく食べたしよく飲んだー。

 私たち、一緒に暮らすとブタさんになっちゃうかもね? あーっはっはっ」

 「ホントだな、瑠璃子と食べるとなんでも美味しく感じるから不思議だよ」

 



 家に着くと、瑠璃子は私の部屋を見渡した。


 「へえー、これがあなたのお部屋なんだー、キレイにしているんだね? 思った通り」

 「何もなくて殺風景な部屋だろう?」

 「好きよ、このお部屋。

 私、物で溢れているお部屋はイヤ」


 瑠璃子は私にやさしいキスをした。


 「シャワー、借りてもいいかしら?」



 その夜は2回目のセックスということもあり、ふたりの肌はよく馴染んだ。

 めくるめく快楽の中で、私は夢中で瑠璃子を抱いた。

 瑠璃子のエクスタシーの中で悶える表情が堪らなくセクシーだった。

 ベッドでの瑠璃子は別人だった。



 「そのままして、大丈夫だから、私、妊娠しないから、大丈夫だからそのまま中にちょうだい!」


 だが私はすんでのところでそれを彼女から抜き取り、それを外に出した。

 彼女は自分のお腹に放出された精液を指でなぞると、がっかりした表情で言った。


 「中でいいって言ったのに、ばか」


 私はそれをティッシュで丁寧に拭いてあげた。


 「あとはご自分でどうぞ」

 「いいの、このままで。

 あなたを残しておきたいから」


 私は瑠璃子を抱き寄せた。

 

 「これって恋なのかな?」

 「そう? 少なくとも私の中では愛だけど?」

 「どっちも同じだろ?」

 「ちがうわよー、恋は相手に求め、奪うこと。

 でも愛は相手に自分を捧げることよ、ああしてあげたい、こうしてあげたいと」


 瑠璃子は私の乳首を舐めた。

 私が条件反射的にビクンとなると、瑠璃子は笑った。


 「ここ、感じるんだ?」


 瑠璃子はより丁寧に私の乳首を舐めてくれた。

 私は瑠璃子の髪に触れて、言った。


 「守るよ、瑠璃子のことを」


 瑠璃子はその行為に没頭しながら頷いた。


 「私もあなたを守るわ」


 私の自殺願望は完全に消失した。


最終話 夫婦日和

 私はファミレスを辞めることにした。

 この業界は慢性的な人材不足だった。まさか私が辞めるとは夢にも思わなかったエリアマネージャーの飯田は、掌を返したように様々な好条件を提示して来たが、私がそれを受け入れることはなかった。



 「どうしてもダメか?」

 「はい」

 「辞める理由はなんだ? 何が不満なんだ?」


 私は飯田に気付かれないよう、深呼吸をした。

 そして叫んだ。


 「お前が気に入らねえからだよ! いつもいつも偉そうにパワハラしやがって!

 謝れ! 土下座しろ! 飯田あーっつ!

 お前何様だ?

 年下のくせに生意気なんだよ!

 俺はお前の犬じゃねえ!

 吠えろ飯田! ワンと鳴け!

 さっき、本社の人事に今までお前が俺にしてきたパワハラの事実を書いた告発文をFAXで送った!

 それでもし、会社がそれを隠蔽しようとしたら、俺はお前らの会社ごとマスコミにその事実をリークする!

 表に出ろ! 飯田あっつ!」


 飯田は青ざめていた。

 いつも従順な私が豹変したからだ。

 店のスタッフが騒ぎに気付いてやって来た。


 「どうしたんですか?」

 「黙れ! 見せもんじゃねえ! 持ち場に戻れ!」


 私にはもう何も恐れるものはなかった。



 「すいませんでした・・・」

 「聞こえねえなあ、もっとハッキリと!」

 「申し訳ありませんでした!」

 「何が申し訳なかったんだ?」

 「・・・」



 私は厨房に行き、製氷機からバケツにいっぱいの氷を入れると、それを飯田の頭へぶちまけた。

 飯田は黙っていた。


 「少しは頭が冷えたか? 会社では上司でも、辞めればお前はただのクズだ。

 消えろ! 今すぐに俺の前から!」


 飯田は帰って行った。

 私は外の喫煙所でタバコに火を点けた。

 

 今までの人生の中で最高の一服だった。

 私は夜空の星が自分に降り注ぐような爽快感に包まれていた。



 瑠璃子に電話を掛けた。


 「店、辞めたよ」

 「そう、じゃあこれからパーティーしよう!

 今夜はラブホで騒ごうよ!

 私も今日 夫婦を辞めたの!

 離婚届にサインしたのよ これで私は自由! バンザーイ!」

 「うん、やろう! 朝までパーティーしよう!」

 「やろう!やろう! 退職祝と離婚祝!」




 私たちは24時間営業のドラッグストアーでシャンパンを買い、シャンパングラスも買った。

 ワインにビール、そしてテキーラも買った。

 サラミにチーズ、パンにコンビーフ、それからプリンとヨーグルト、ポテチも買った。



 ホテルのエレベーターに乗り、私たちは我慢できずにかなり濃密な口づけを交わした。



 部屋に入ると、瑠璃子は手提げ鞄からたくさんのアロマキャンドルを取り出した。


 「そういう趣味があったの?」


 と私が訊ねると、彼女は大きな声で笑った。


 「縛られるのは嫌いじゃないけど、熱いのはイヤだなー。

 これね、私の夢だったの。

 本当はお部屋でやりたいんだけど、火災報知器が鳴るとたいへんでしょう?

 だからあの広い浴室にこれをたくさん飾ってみたいと思ったの。

 ダメ?」



 私たちはバスルームに飾ったすべてのキャンドルに火を灯し、私はシャンパンを抜き、シャンパングラスにそれを注いだ。

 瑠璃子がバスルームの照明を消し、スマホでマリア・カラスの歌う、グノーの『アヴェ・マリア』を再生した。


 ふたりのシルエットが浴室の壁に揺れていた。幻想的な光と影、そして甘い香りの中で私たちはお互いを見詰めた。

 瑠璃子の瞳にキャンドルの炎が映っている。


 「これからの瑠璃子のしあわせに」

 「あなたと私のしあわせのために」

 「乾杯・・・」


 私は後ろから瑠璃子を優しく抱きしめ、シャンパンを飲んだ。

 最高に旨い酒だった。


 「瑠璃子、人はしあわせになるために生まれてきたんだ。

 これからずっと一緒だよ、俺の傍で俺を応援してくれ」

 「じゃあ私のことも応援してね? 私がしあわせになるように」

 「俺は応援はしないよ」

 「どうして? 自分ばっかり私に応援させて?」

 「応援じゃなく、瑠璃子を一生守りたいんだ」


 瑠璃子はシャンパンを口に含むと、それをキスで私の口に注ぎ入れた。


 「ありがとう、あなた・・・」

 

 私たちは少しだけ、人生を回り道しただけだった。





 私は瑠璃子と結婚し、夫婦でラーメン屋を始めることにした。

 メニューは中華そばと餃子、それとチャーハンだけの店。

 



 そして2年が過ぎ、店はいつも行列が出来ていた。



 「繁ちゃんと瑠璃ちゃんの店は世界一だよ、ここに来るとホッとするもんなあ」

 「あんた、繁ちゃんと瑠璃ちゃんだけじゃないだろう? 瑠璃ちゃんのお腹の二代目を忘れているよ」

 「あっ、そうだったゴメンゴメン、そうだよな? 3人だったっけ。あはははは」


 瑠璃子はエプロンの下で大きくなったお腹を摩って微笑んでいた。



 「ハイ、麺が上がったよ」

 「はーい!」



 五月晴れのいい天気だった。


 雨の日も、晴れの日も、ここはいつも幸福の夫婦日和だった。 


               『The Candle in the Bathroom』完



あい

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【完結】The Candle in the Bathroom(作品230319) 菊池昭仁 @landfall0810

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