15_意外な出会い-piece of flowers-

「ここの『ignoring』は『無視すること』っていう動名詞だ。そして『could』は『~する可能性がある』ってことだから、『ignoring him could make matters worse later』は、意訳すると『彼を無視すると後々面倒なことになるだろう』ってなるんだよ」


「なる…………ほど?」


 遊んだ翌日、真中は比和の提案で市営の図書館に来ていた。


 真中は最初『自宅でいいか?』と提案したのだが、比和から『家だと気がゆるんで集中できないだろう』と指摘され、真中の家の近くにある図書館へわざわざ足を運ぶことになったのだ。


 そして、図書館の開館時間に合わせて集合してからは、今のように比和が簡単な解説を加えながら訳したものを、真中はルーズリーフにメモしている。ただ――


「じゃぁハジメ、何でここは不定詞の『to ignore』じゃダメだと思う?」


「うぇ……ええっと――」


 比和はたまにこうして真中に文章の組み立て方を聞いてくる。


 本人曰く『ただ翻訳を聞いているだけだと眠くなるだけだし、意味がないから』ということだが、英語が得意ではない真中にとって、これは中々に辛い。


「う~ん………………」


 友人から『なぜ?』と聞かれたのだから、ある程度真剣に考えてはみる。ただ、だからと言ってすぐにその答えが出てくるかは別の話だ。


「……何でなんだ……?」


 真中の体感では熟考したといえる程度には時間を使ったつもりだが、これ以上考えても答えは出てこないと諦めて降参した。


「『to なんとか』ってのは『今起こっていること』じゃなくて、『未来に起きること』に対して使われるんだよ」


「……えっと……?」


 比和の簡単な説明では理解しきれなった真中は戸惑うが、それを察してか、比和はより詳細な解説を始めてくれる。


「今、主人公のおっちゃんは修道院の近くを通ってるだろ? で、そこに人がいたんだ。この文章は『その人を無視したら面倒なことになるんだろうなぁ』って、おっちゃんが『今置かれている状況に』面倒くさいなって思ってるから、動名詞の『ほにゃららing』が使われてるんだよ。『もしこの先に修道院があって、そこにいる人を無視したら面倒だなぁ』って想像してた話だったら『to ignore』になってるだろうけどな」


「あー……なるほど?」


 違いをきちんと理解できたとは言いにくいものの、なんとなくの違いを真中は感じ、比和はそれを察して次に進めていこうとする。


「じゃぁ次の文章だけど――…………お?」


ただ、その流れが急に止まった。


「どうしたんだ?」


 比和が何かに気が付き、指をさして真中の視線を誘導する。


「いや、あそこにいるのって黄瀬さんじゃね?」


 言われてみると、そこには本棚とにらめっこをしている黄瀬がいた。


「ホントだ……」


 何を探しているのかまでは分からないが、黄瀬の手元をちらりと見てみると、持っている本はそこそこの量があり、見るからに重そうだ。


「何してるんだろうな?」


 比和が興味をそそられたように言う。


「さぁ……でも、あれ、かなりの量があるぜ?」


 英語の課題に疲れていたこともあり、現れた知り合いに話題が変わったことで、真中はちょっとした安堵感を覚えた。ただ――


「せっかくだし、声かけてみたら?」


 比和がひじで小突いてきて、妙な案を出してくることは想定外だった。


「えっ?  あ、いや、邪魔しちゃ悪いだろ」


 真中は一瞬戸惑うが、比和は意に介さない。それどころかニヤニヤしてこちらを見てくる。


「大丈夫だって。そもそもあの分厚い本、彼女だけで持ち運ぶのも大変そうだし、休憩ついでに手伝ってやれよ」


 比和の言う通り、黄瀬は手に持っている本以外にも、足元にカゴを置いてそこに本を確保していた。華奢な体つきの彼女が持ち運ぶにしては量が多すぎる。


「……ま、確かに大変そうだな」


 真中は少し迷ってから立ち上がった。そして、それを比和は「頑張れよ」と意味深に笑って見送る。


「他人事だからって楽しみやがって――……っと……あ~……黄瀬さんおはよう」


 手伝おうとしているとはいえ、いきなりどう声をかけたものかと悩んだつもりだったが、黄瀬の近くに歩み寄ってすぐに真中の口をついて出てきた言葉はこれだった。


「えっ? ま、真中君⁉」


 集中しているところに横から声をかけたのだ。黄瀬が驚くのも無理はない。


「その……偶然見かけてさ、何か探してるの?」


 真中が穏やかに聞いてみると、黄瀬はぎこちない笑顔を浮かべながら、そっと手に持った本を棚に戻す。


「あ、う、うん、ちょっと調べ物をしてたところなんだけど……気が付いたらすごい量になってて……あはは……」


 そう言って真中とかごの間に体を挟み、中身が見えないようにしていた黄瀬だったが、無情にも一冊の本がかごから滑り、器用に黄瀬の足の間をすり抜けて廊下にポトリ――と落ちてきた。


『ベストセラー小説を書く』


 それがその本のタイトルだった。

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五行の手紙と青春譚 大鷹 涼太 @Ryota_Otaka

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