御札

高黄森哉

お札


「おいおい、本当にあるじゃん」

「だろ。だからいったやんか」


 それはお札だった。誰が見てもお札、というほど、御札の形をしていた。なんと書いてあるかは、字があまりに崩れていたため分からなかった。もしかしたら、読んではいけないものなのかもしれない。そのために、わざと崩してあるのかもしれなかった。


「で、どうするん。はがすのか」


 俺は訊いた。


「いや。なんか封印が解かれそうやん」


 確かに。こういうのは、有識者に頼むべきであろう。しかし、新入社員の俺たちには、そんなマズローの欲求階級の先端にあるような除霊なる行為に金を払う余裕はないし、第一、有識者を待っているような時間もないのである。


「そうだな」


 そう言ってから俺は、言葉を継いだ。


「今まで、なにも問題がなかったものを、わざわざ引っぺがす必要はないな」

「そりゃ、そうやろ」

「よし、はがそうかな」

「おい、やめろやめろ」


 同僚は、半笑いでお札をはがそうとする俺に、抵抗を示した。彼は、ずっと部活動で格闘技を選んできた人間なので、文化部出身の俺に勝ち目はないのだった。


「人、死んだん? ここで」

「いいや、そんなことはないけどな」


 らしい。

 彼によると、ここはもともと祖母の家で、その婆さんはまだ存命中だという。家が建つ前は、平原だったとかなんとか。つまり、この住宅街ができると同時ほどに竣工したということだ。だから、いわくなんてないのである。


「それはそれで怖いな」

「やなあ」


 同僚は、なにか言うたびに、いつも肯定している気がする。ただ、それが普通のコミュニケーションなのだ、というのは否定できない。これに関しては、一言居士な、俺がおかしいのだろう。


「さて、帰るか。なにか分かったら教えてや」

「うっす」

「よっしゃ、帰ろ帰ろ」


 用事を済ませた俺は、もう後は帰るだけなので、早々に引き上げていった。特に不気味な感触を覚えたわけではない。ただ単に、早く家でゆっくりしたかっただけだ。


 **


 真夜中、ラインが届いた。それは同僚からだった。どうやらお札の出所がわかったらしい。俺は、本当に「なにか分かったら教えて」くれる奴の律義さに驚き、そして、だから俺より仕事ができるのだろうな、と納得した。もっとも、部門が違うから、一概に比較は出来ないのだが。


同僚:お札、新築祝いみたいなものやったわ。

俺:新築呪い?

同僚:馬鹿


 そうか。そうだったか。新築のときに祝詞を上げるとか聞いたことあるな。だから、そういう類だろ。


同僚:でも、御札の種類は変わったものやったわ

同僚:鎮魂の意味があった。ほら、ここらって昔飢餓で沢山死んどるやろ

俺:お供え物の方がいいんじゃね

同僚:寄って来るやろがい


 ほう。やっぱり、封印の意味合いか。


同僚:でも悪いお札ではなさそうだ

俺:じゃあくれよ

同僚:全然、ええで

俺:一万円が欲しい


 切実な願いだった。蛇の抜け殻などを集めておけば、それが金運向上につながるだろうか。


同僚:お前のいるところ事故物件やな。首吊りらしいで

俺:えらい安いなと思ったら、シェアハウスだったのか

俺:家賃節約のために増やしたろうかな


 スマートフォンを操作しながら、御札がないか部屋中をくまなく探した。ライト機能をオンにして隙間も探した。どこにもなかった。

 俺は、ちょっと風に当たるため、アパート四階の廊下に出た。廊下からは、お隣のアパートの廊下が見えた。隣の建物では、廊下の右端がちかちかと明滅しており、首を吊った男が浮遊するように廊下の奥を見ている。なるほど、まだ、あそこか。


 もし一人暮らしで、物件を探している人間がいれば教えてあげたいね。俺は咥えていた親指の爪をカリッとして、自室へと引き上げる。だからさ、

 御札ってのはやばくないんだって。適切に処理された証拠なんだから。本当に、やばいのは御札がないことなんだって。だって、除霊されてないんでしょ。だったら、いるんでしょ。


 ところで、あなたの家に御札、ありますよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御札 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る