第7話 希望の石

『皆様、助けて下さい!

来週、念願の人生初のライトノベルが出版されます。でも、さのさわ出版様へのサイバー攻撃で宣伝サイトが無くなってしまいました。

せっかくコンテストで賞をいただいて、必死にいい作品に仕上げたのに、このままでは埋もれてしまいます!

どうか書籍情報の拡散にご協力ください!』


 SNSに書かれているメッセージは、切実だった。

「そうか。新人作家さんのデビュー作だと、うちが宣伝しないと認知されないよね」

 田中君は、下くちびるを噛み締めている。

「この人の作品、ほんとに面白いんですよ。すごく面白くて、最後にグッと泣かせるんです。こんなすごい作品が、やっと本になったのに、誰にも知られないで終わっちゃうなんて理不尽すぎます」

 スマホの画面の上に、ぽたりと雫が落ちた。

「なんで、すぐに復旧できないんだろ。インターネット側は無事なんだから、臨時のページ作って宣伝出してあげればいいのに。この人の人生は、この一週間で決まっちゃうのに。デビュー作がポシャっちゃったら、次を書くのなんてすごい大変なのに」

 ボロボロ涙をこぼしているが、拭いもしない。


「そうは言っても、第五オペグループだって、Web発注システムの方を優先しないといけないから、アドシステムは後回しになっちゃうのは仕方ないよ」

「そんなことはわかってる!」

 突然、顔をあげて叫んだので、周りの目が一斉に田中君に集まる。

「トリアージの結果、見殺しにすることになったのは、わかってる。受発注と経理システムが最優先になったのもわかってる。でも、この人にはそんなの関係ないじゃん。この人には何の罪もないじゃん。何の責任もないじゃん。この作品が見捨てられてもいい理由になんて、ならないじゃん!」

「……田中君、ごめん。その通りだね。無神経な言い方だった」

「いえ……。ごめんなさい、こっちこそ言いすぎました」

 また下を向き、スマホを操作し始めた。

「このポストをリポストして、通販サイトで予約購入しよう」

 ぐすっと鼻をすすり、目を拭く。

「今、私にできるのはそれだけだから」

 そう。やらなきゃいけないことは沢山あるけど、今すぐできることは限られている。でも、できることをコツコツと地道にやって行かないと。そして一刻も早く、システムを復旧させて、こんな悲劇を打ち切らないと。


「よーし。田中君。受発注の次にやることの整理をしようか。経理システムも、データ戻しまでは大河内さんがやってくれるけど、業務運用のリカバリは受発注も絡めた手順書を整えないといけないし。あと資金決済の方が先に動くから、そこと整合性を合わせる方法も考えとかないとね」

「そうですね。私にできることは、まだいっぱいありますね」

 田中君は、立ち上がって椅子を前後逆にして座り直し、背もたれに胸を付けてこちらを向く。正面から見ると、左右の耳に付いているピアスが茜色になっているのに、今更気がついた。

 あれはガーネットかな? 石言葉は「真実」「勝利」だったっけ。


「大橋さん。なに見てるんですか?」

 田中君は、涙に潤んだ瞳で微笑んだ。

「ううん、なんでもない」

 まったく。

 田中君にはやっぱり敵わないな。


            了

==============

あとがき


 最後まで、この作品をお読みいただき、どうもありがとうございました。


 あらすじにも書きましたが、この作品を書くきっかけになったのはKADOKAWAグループへのサイバー攻撃です。しかしながら、この作品はモデル小説ではありません。

・この物語はフィクションであり、現実の事件、人物、団体とは全く関係ありません。

・ITシステムの描写は、現実のシステム構成を反映しているものではありません。

・サイバー攻撃や、それに対する対策の描写は、現実の手口や対応を反映しているものではありません。


 サーバーをリモートでシャットダウンした後で、また再起動されてしまったので、センターで抜線したという経緯だけは、あまりにショッキングだったので、モチーフとして取り込んでいますが、その実現方法も対処も、全くのフィクションです。現実のKADOKAWAの中の人たちが、この通り動いていたわけでは全くありませんので誤解の無いようにお願いします。


 現実のサイバー攻撃にさらされたIT部の方々の、重圧と苦労はこんなものでは無いと思います。実際には、オフィスで端末を触ることもできない状態から始まっているかもしれません。

 しかしながら、そんな内情は決して表に出てこないでしょうから、そこで死に物狂いで戦った人々がいたことも、いずれ忘れ去られてしまうかもしれません。そうならないように、せめてフィクションとして残しておこうと思いました。


 最後に、本やコンテンツを愛し、今も理不尽な暴力に対して全力で戦い続けている人々に、最大の敬意を払い、応援していることを記して終わりにしたいと思います。


     代官坂のぞむ



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出版社のIT部にはチート能力なんて無いから全力で戦うことにした 代官坂のぞむ @daikanzaka_nozomu

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