テープのその先は。
霜月
テープのその先は
週末、AM5時。
皐はあらゆる種類のテープをリビングに広げる。紙テープ、マスキングテープ、すずらんテープ、ビニールテープ。まず、すずらんテープを手に取り、ダイナミックに解く。
しゅるしゅるしゅる~~。
元は応援用のボンボンなんかを作るテープだ。伸ばしたところでなんの面白みもない。伸びるだけ、伸ばしてやるさ。
テープの端を持ち、リビングをぐるぐる歩き回る。すずらんテープが蜘蛛の巣のように絡まった。
ふむ、飽きた。
「マスキングテープか」
マスキングテープとすずらんテープの端を持ち、まだ寝ている
相変わらず
マスキングテープを手で千切り、湊の左頬に3枚付ける。ふ。反対側にもつけてやろう。あっはっは。ざまぁ。このまま買い物でも行け。湊の手にすずらんテープの端をくくりつけ、寝室を去る。
「他にどんなテープがあったかな」
紙テープとビニールテープか。紙はあれだな、ビリビリに引きちぎる! 紙テープの端を持ち、破っては天に散らすを繰り返す。
「紙吹雪だな」
楽しい。
ビニールテープをハサミで切る。無造作に壁へ貼っていく。はい、満足。もういいや。
一番最初に開けた、すずらんテープの穴に手を通す。新しい、青いすずらんテープを開け、椅子の上に乗る。青いすずらんテープの端を壁の高いところに貼り付けた。
「よいしょ」
壁から壁へ青いすずらんテープを伸ばし、同じ高さに貼り付ける。束にして、付けるとすごく綺麗。あ、良いこと思いついた。ポストに突っ込まれたチラシとハサミを手に、工作を始めた。
*
AM7時。
「ふぁあ~~」
目が覚めた。頬に違和感。手で触る。何かついている。その触る手にも何かついている。すずらんテープ。手錠のようにくくりつけられている。何これ。とりあえずまず鏡を見なければ。
脱衣所で鏡を見る。猫になっている。こんなことやる人はこの家に1人しか居ない。異質な価値観に僕は悩まされる。理解はしようとは思うが、あまりにも奇抜な考え方は悩みのタネにしかならない。
一枚ずつ、マスキングテープのひげを剥がしていく。
「皐? どこにいるの?」
辺りを見回す。近くには居ない。寝室には居なかった。考え方の読めない可笑しな女でも、僕は皐を愛している。皐を感じないと不安だ。リビングへ向かう。
なんだこれは!! 散らばった紙屑。壁一面に貼り付けられたテープ。張り巡らされたすずらんテープはキッチンへの行手を阻む。
いやいやいや、良い大人が何しちゃってんの!! 子どもじゃないんだからさぁ!!
「湊、起きたのか。手伝ってくれよ」
椅子の上から声を掛ける。
皐は天井近くに付けられた青いすずらんテープに、チラシで作った星を付けている。全く、何をしているんだ。
「はいはい」
皐の背後から、椅子に乗る。片手で皐を抱きしめる。危ないからね。
「星、くださいよ」
皐から星をもらい、何十本も横並びに付けられた青いすずらんテープに貼り付けていく。どうせなら、折り紙で星を作ればいいのに。
星をつけ終わり、椅子から降りる。椅子に乗っている皐に手を差し出す。皐は口元に笑みを浮かべ、手を掴み、椅子を降りた。
「みろ、天の川だ」
皐は天井を指差し、薄く笑う。
皐と一緒に天井を見上げる。横並びの青いすずらんテープの束は川のようだ。不恰好に切り取られた星々。仕上がりは拙いが、天井が綺麗だと思った。
「朝5時から作った」皐は自慢げに言い放つ。
「皐は働きものだね」
どうしようもないくらい、いろんなテープで散らかった部屋。皐は家事が苦手だから、片付けるのはきっと僕。考えるだけでため息がでる。はぁ。
「モーニングティーでも淹れよう」
皐は絡まり合うすずらんテープを手で掻き分けながら、キッチンへ進む。ふと、気づく。皐から伸びるすずらんテープ。僕の手首についたすずらんテープと同じ色。
探さなくても、繋がっていたんだね。すずらんテープの先にいる、無邪気で愛しい皐。キッチンに足を進め、繋がれたすずらんテープを手繰り寄せる。
「わっ、湊?」
すずらんテープを手繰り寄せた先の皐の手首を掴む。顔を近づけ、優しく、唇を重ねた。
「織り姫と彦星の再会。な~~んてね」
「何ばかなことを……」皐の頬が薄く染まる。
こんなくだらないことに一生懸命になれる皐が羨ましい。
「こんなに散らかしてますけど、テープ遊びは楽しかった?」
「湊と星を飾った時が一番楽しかった」
もういいさ、好きなだけ散らかすがいい。その代わり、モーニングティーが終わったら、すずらんテープにまみれて、今度は僕と遊ぼうね。皐。
柔らかな胸元へ、そっと手を乗せた。
テープのその先は。 霜月 @sinrinosaki
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