テープのその先は。

霜月

テープのその先は

 週末、AM5時。


 皐はあらゆる種類のテープをリビングに広げる。紙テープ、マスキングテープ、すずらんテープ、ビニールテープ。まず、すずらんテープを手に取り、ダイナミックに解く。


 しゅるしゅるしゅる~~。


 元は応援用のボンボンなんかを作るテープだ。伸ばしたところでなんの面白みもない。伸びるだけ、伸ばしてやるさ。


 テープの端を持ち、リビングをぐるぐる歩き回る。すずらんテープが蜘蛛の巣のように絡まった。


 ふむ、飽きた。


  白川皐しらかわさつき、33歳。私には婚約者がいる。10歳も年下の若造だ。年下のくせに生意気で、私に説教ばかりしてくる。常識に囚われ、常に正しいことしか言わない。私とは正反対の男だ。


「マスキングテープか」


 マスキングテープとすずらんテープの端を持ち、まだ寝ている婚約者の元へ行く。


 相変わらずみなとはまだ寝ている。私はもう起きているというのに。日頃、私に説教を垂れる仕返しをしてやろう。


 マスキングテープを手で千切り、湊の左頬に3枚付ける。ふ。反対側にもつけてやろう。あっはっは。ざまぁ。このまま買い物でも行け。湊の手にすずらんテープの端をくくりつけ、寝室を去る。


「他にどんなテープがあったかな」


 紙テープとビニールテープか。紙はあれだな、ビリビリに引きちぎる! 紙テープの端を持ち、破っては天に散らすを繰り返す。


「紙吹雪だな」


 楽しい。


 ビニールテープをハサミで切る。無造作に壁へ貼っていく。はい、満足。もういいや。


 一番最初に開けた、すずらんテープの穴に手を通す。新しい、青いすずらんテープを開け、椅子の上に乗る。青いすずらんテープの端を壁の高いところに貼り付けた。


「よいしょ」


 壁から壁へ青いすずらんテープを伸ばし、同じ高さに貼り付ける。束にして、付けるとすごく綺麗。あ、良いこと思いついた。ポストに突っ込まれたチラシとハサミを手に、工作を始めた。



 *



 AM7時。


「ふぁあ~~」


 目が覚めた。頬に違和感。手で触る。何かついている。その触る手にも何かついている。すずらんテープ。手錠のようにくくりつけられている。何これ。とりあえずまず鏡を見なければ。


 脱衣所で鏡を見る。猫になっている。こんなことやる人はこの家に1人しか居ない。異質な価値観に僕は悩まされる。理解はしようとは思うが、あまりにも奇抜な考え方は悩みのタネにしかならない。


 一枚ずつ、マスキングテープのひげを剥がしていく。


「皐? どこにいるの?」


 辺りを見回す。近くには居ない。寝室には居なかった。考え方の読めない可笑しな女でも、僕は皐を愛している。皐を感じないと不安だ。リビングへ向かう。


 なんだこれは!! 散らばった紙屑。壁一面に貼り付けられたテープ。張り巡らされたすずらんテープはキッチンへの行手を阻む。


 いやいやいや、良い大人が何しちゃってんの!! 子どもじゃないんだからさぁ!!


「湊、起きたのか。手伝ってくれよ」


 椅子の上から声を掛ける。


 皐は天井近くに付けられた青いすずらんテープに、チラシで作った星を付けている。全く、何をしているんだ。


「はいはい」


 皐の背後から、椅子に乗る。片手で皐を抱きしめる。危ないからね。


「星、くださいよ」


 皐から星をもらい、何十本も横並びに付けられた青いすずらんテープに貼り付けていく。どうせなら、折り紙で星を作ればいいのに。


 星をつけ終わり、椅子から降りる。椅子に乗っている皐に手を差し出す。皐は口元に笑みを浮かべ、手を掴み、椅子を降りた。


「みろ、天の川だ」


 皐は天井を指差し、薄く笑う。


 皐と一緒に天井を見上げる。横並びの青いすずらんテープの束は川のようだ。不恰好に切り取られた星々。仕上がりは拙いが、天井が綺麗だと思った。


「朝5時から作った」皐は自慢げに言い放つ。

「皐は働きものだね」


 どうしようもないくらい、いろんなテープで散らかった部屋。皐は家事が苦手だから、片付けるのはきっと僕。考えるだけでため息がでる。はぁ。


「モーニングティーでも淹れよう」


 皐は絡まり合うすずらんテープを手で掻き分けながら、キッチンへ進む。ふと、気づく。皐から伸びるすずらんテープ。僕の手首についたすずらんテープと同じ色。


 探さなくても、繋がっていたんだね。すずらんテープの先にいる、無邪気で愛しい皐。キッチンに足を進め、繋がれたすずらんテープを手繰り寄せる。


「わっ、湊?」


 すずらんテープを手繰り寄せた先の皐の手首を掴む。顔を近づけ、優しく、唇を重ねた。


「織り姫と彦星の再会。な~~んてね」

「何ばかなことを……」皐の頬が薄く染まる。


 こんなくだらないことに一生懸命になれる皐が羨ましい。


「こんなに散らかしてますけど、テープ遊びは楽しかった?」

「湊と星を飾った時が一番楽しかった」


 もういいさ、好きなだけ散らかすがいい。その代わり、モーニングティーが終わったら、すずらんテープにまみれて、今度は僕と遊ぼうね。皐。


 柔らかな胸元へ、そっと手を乗せた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テープのその先は。 霜月 @sinrinosaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ