どうしてこの鹿は自分を見ているのだろうか。気になる理由は彼の心にある。

安座ぺんさんの「馬鹿のいとまごい」のあらすじを読むと、「妻に先立たれた男性が、この世のいとまごいをしますが、果たして無事に死ねるのでしょうか」とあります。

たんたんと書かれた文章に、夫は一人残されて、限界が来るまでの日常。それから、妻の元へ行く準備。

彼は取り乱すこともなく、冷静に物事を見て、過去を振り返ります。すると、そこにはいつも妻の存在が浮かんでくる。

その一つ一つが宝物のようで切ない。

彼は意識していませんが、まるで妻と旅に出ているようなそんな気分にさせてくれる。遺骨を抱いて、いろいろなことを考えて体験していますが、妻は共に存在しているのです。

果たして無事に死ねるのでしょうか。読んでいて思ったのは、それは、あらゆるものが彼を引き留めるのじゃないでしょうか。

それはたぶん、彼にとって妻であるから。

悲しみを抑え込んだショートストーリー。

この悲しみの深さが物語をしずかに紡いでいるような気がします。

不思議でとても素敵な作品です。

お薦めいたします。