第30話 君と過ごしていくこれからの日々

 その日の昼休み。俺はいつもの中庭に紗蘭と綾奈を呼んで、大地たちに無事に紗蘭と仲直りして再び付き合い始めたことを報告した。


 最初、綾奈と紗蘭は対面した直後からお互いに気まずそうにしていた。無理もない。何しろ、紗蘭は綾奈がファンクラブの子たちに悪戯を主導して、その上で悪戯を放置していたと思ったいたからだ。


 俺が誤解を解こうと思っていたが、綾奈は自ら悪意から雨宮さんを守りたくて彼女をファンクラブに勧誘したことを打ち明けた。


「少し意地悪しちゃったこと、ごめんなさい。実は、あの頃は私も奏汰が好きだったの。あっ! でも誤解しないでね? 今は大地一筋だから!」


 そう言って、綾奈が大地の腕に自らの腕を絡めて密着する。その行動に顔が緩みまくる大地。


 なんともまぁ、仲良しなことで。少し前の俺なら羨ましくて腹が立ったいた所だが、今は俺も再びリア充の仲間入りを果たしたからな! 全然悔しくねぇ!!


「でも結局、未来で雨宮さんに悪戯してたのは誰なんだろうな?」


 焼きそばパンを齧りながら、大地が疑問を呟く。


「私の予想では──」

「まぁまぁ、もう良いだろそんなこと。俺が教室で高らかに“ファンクラブは迷惑だ”って宣言したから、多分そんなことするヤツいねぇと思うし」


 大地と綾奈が何か余計なことを言う前に俺は綾奈の言葉を遮った。紗蘭には篠田さんのことを伏せておきたかったからだ。

 紗蘭は篠田さんを友だちだと思っているし、未来でのこのとはともかく、今のところ篠田さんが紗蘭に直接何かしたわけじゃない。もしもそれで問題が起こったら、その時は正直に全てを紗蘭に話そうと思う。


 俺の目の前で紗蘭が楽しそうに笑って、綾奈に話しかける。案外、この二人は仲良くなれるのかもしれない。だとしたら、篠田さんとだって上手くいくかもしれない。俺はそんな淡い期待を膨らませる。


 俺の考えは甘いかもしれない。でも、今はまだ未来のことなんて分からない。何しろ俺は今、俺や紗蘭が見てきた未来とは違う未来の時間を刻んでいるからだ。


 この先何が起こるかは分からない。だが、何が起こったとしても俺は紗蘭を守る。そう決めていた。



 ▽▽▽▽▽



 終業式を後数日に控えたある日の帰り道。俺は自転車を押しながら紗蘭と並んで帰路を目指す。のではなく、ショッピングモールを目指して駅に向かっていた。

 所謂、制服デートを楽しむ為だ。


 信号が青になって歩き出す。渡りきった所で「ねぇ、奏汰くん」と紗蘭が俺を呼んだ。


「ん? どうした?」

「……私がトラックに轢かれたの、この信号なんだ」


 淡々とした彼女の言葉にピタッと足を止める。そして、今日が“あの”3月17日だということを思い出す。ハッと紗蘭を見ると紗蘭も俺を見た。


 こんな大事なこと、何で俺は忘れてたんだよ! と内心で自分を責めた。


 信号が青になって、再び車が交差点を行き交う。


「私、轢かれなかったよ。ちゃんと今を生きてる」

「……! あぁ!!」

「実はね、少しだけ怖かったの。奏汰くんともう一度付き合えることにはなったけど、私が死ぬのは回避できないんじゃないかって……」

「だから、デートの日を今日にしたのか?」


 そう放課後の制服デートは紗蘭からの提案だった。俺は放課後の時間がたっぷりある終業式を提示したけれど、紗蘭はこの日がいいと譲らなかった。


「うん。だって、何かあっても奏汰くんが守ってくれるでしょ?」


 少しホッとしたような紗蘭の笑顔に、ずっと不安と恐怖を抱えていたんだと知る。


「そういうのは、もっと早く言えよ」

「……心配させたくなくて」


 シュン、と俯いた紗蘭。俺は押していた自転車のスタンドを立てると、歩道の脇に自転車を停めた。そして「奏汰くん?」と不思議そうに小首を傾げる彼女をそっと抱き締める。


「えっ!? ちょっ!! 奏汰くん!?」


 あわあわと慌てふためく腕の中の紗蘭に「ごめん」と呟く。


「気付かなくて、ごめん」


 それまで慌てていた紗蘭がピタリと動きを止める。


「ううん。私も言わなかったから……」

「……そうだな。でも仲直りした時に、俺言ったよな? “俺は自分で思ってるより鈍感みたいだから、何かあったら相談してくれ”って」

「ご、ごめん」

「というわけで、これでお互い様だな」

「う、うん」


 頷いた彼女の声に少しだけ体を離して、紗蘭の顔を見る。少し赤い頬を見て、そう言えばこんな風に紗蘭を抱き締めたのは初めてだなと思い返す。


「奏汰くん。あの……そ、そろそろ離して?」


 恥ずかしそうな紗蘭が遠慮がちに聞いてくる。

 ここは歩道で歩く人の数はまばらだが、同じ学校のヤツも通るし車通りは多い。

 実を言うと俺も恥ずかしい。だが、それよりも今は何故か彼女を離す気になれなくて、それどころか、紗蘭の赤くて可愛らしい顔を見ていたら俺たちの関係をもう一つ進めたくなってしまった。


「なぁ、紗蘭。……このままキスしたいって言ったらどうする?」

「へっ!?」


 驚きで見開かれた紗蘭の目、そして先程よりも更に赤くなる頬。素っ頓狂な紗蘭の声に、思わずクスッと笑ってしまう。


「わ、笑わないでっ!! っていうか、かかかっ、奏汰くん! 何言ってるの!?」


 あぁ、どうして俺の彼女はこんなに可愛いんだろう。


 さすがの俺も人目がある道端での路チューは、勇気がない。だけど、紗蘭を見ていると彼女にキスしたい気持ちは膨らんでいくばかりだ。


「仕方ないから、今はこれで我慢しとく」


 そっと、紗蘭の頬に唇を寄せる。


「っ!」


 直ぐに紗蘭の体を離すと、真っ赤になった彼女が目の前にいた。


「やっぱり、可愛い」


 呟くと思わず口元が緩む。


 俺は恥ずかしさと照れくささを隠すように、紗蘭に背を向けた。


「か、奏汰くんのいじわるっ!!」


 ポカポカと紗蘭が俺の背中を叩くけれど、全然痛くない。それよりも、俺は余裕ぶっておいて、赤くなっているであろう顔を彼女に見られないように必死だった。


「そろそろ行くぞー」


 俺は移動するため自転車のスタンドを上げると、早足でサッと歩き出す。


「あっ! 奏汰くん、待ってよ!!」


 パタパタと追いかけてくる足音。そうして追い付いた彼女が俺を見て「ふふっ」と笑う。


「奏汰くん、耳赤いよ?」

「……気のせいだろ」

「もうっ! 仕方ないから、そういう事にしておいてあげるね?」


 先程まで顔を赤くしていた紗蘭の楽しそうな声。俺はこんな時間が何時までも続けばいいのになと、願う。


 そうだ。帰りにあの神社へお礼参りも兼ねて立ち寄ろう。と言っても、未来で俺が願った願い事は今の俺自身の力で叶えたんだけどな。


 結局、紗蘭と俺が体験した時間移動の原理も理由も分からない。だけど、未来の俺が紗蘭の生きている世界を願って、俺が彼女と向き合うことができたから、こうして紗蘭が俺の隣に居てくれる。それだけで幸せだから、そんな事は何でも良いと思えた。



「ねぇ、奏汰くん! 向こうに着いたらクレープ食べたい!!」


 とびきり笑顔の可愛い彼女のおねだりに俺は「分かったよ」と頷いて、これから紗蘭と過ごしていく日々に想いを馳せたのだった。



 ─おわり─

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最近イイ感じだった雨宮さんが急に冷たくなった 大月 津美姫 @tumiki_01

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