第5話 3
日が西に沈みかかる頃には、俺達はラグドール領都に辿り着いた。
入都の際に門番の衛士達が、初めて見る騎車に驚いたりとひと悶着あったりもしたが、マリ姉が取りなしてくれて事なきを得た。
とはいえ騎車は都内では悪目立ちするという事で、都門のすぐそばにある衛士舎に預ける事になり、俺とマチネ先生は今、城からの迎えの馬車を待つ間、物見櫓に登らせてもらっていた。
他のみんなはさすがに疲れたのか、衛士舎の応接室で休憩中だ。
「――ふえぇ~……」
風になびく髪を押さえながら、マチネ先生は胸壁の向こうに広がるラグドール領都の町並みに感嘆の声を漏らした。
「同じローダインの領都なのに、ラグドールはグランゼスと全然違うんだね」
「ああ。グランゼスの領都は戦前提の城塞都市だからな。
対してラグドールの都市は開拓基地として発展してきた経緯と、土地特有の風土に合わせた建築様式もあって、国内の他の街とはちょっと異なってるんだ」
例えば他の土地では煉瓦造りが建築の主流で、領都ともなれば三階建て以上の高層建築も珍しくない。
だが、ラグドール領は木造建築が主流の為、領都であっても高くて三階建て程度で、建築物の多くは二階建てか平屋だ。
その分、領都の面積は広大で、城に辿り着くまでにいくつもの水路や門を超える事になる。
そんな事をマチネ先生に説明する。
「――ん~?
「ああ。いくつか理由があるんだが、主にはバートニー村と同じ理由で、あえて木造にしてるんだ」
バートニー村の家々が木造なのは、獣害によって壊される事を考慮してのものだ。
周囲を森と山に囲まれたバートニー村には、時折、野生の獣や魔獣が降りて来る事がある。
それを追い返したり退治する際に、家を壊される事もあるので、資材の準備に手間のかかる煉瓦ではなく、周囲の森からいくらでも調達できる木造が主流となっているんだ。
そしてそれは、そのままラグドール領にも当てはまる。
「この地は獣害に加えて天災も多い土地でな。
嵐や地震でたびたび家が崩れるもので、古くからこの地で暮らしてきた
ババアが言うには、この地は霊脈の最外圏にあって気象が不安定なんだとか。
そもそも本来はローダイン王国の土地は、もっと気象災害が多い土地だったらしい。
フォルティナ王の東征は、国内の気象を安定させる為に行われたんだとババアに教わっている。
なんでも
時折、気まぐれに目覚めては災害を振りまく神としてな。
その神を正しく祀り、霊脈を拡張して国内の気象状態を安定させる為に、ババアはフォルティナ王に東征を指示したんだと教わった。
伝説に近い大昔の話だが、当事者のババアが語るのだから事実なのだろう。
それによって国内の気象は安定したものの、眷属が眠るこのラグドールの地の霊脈は依然として不安定なままで、天災が起きる度に対処療法的に整調儀式を執り行っているのだと聞いている。
「あとは領都が拡張され続けてるからってのもあるな」
「拡張?」
「ああ。ほら、あちこちに壁があるだろう?」
俺が眼下に見える街並みを隔てるように建つ街壁を指差す。
「天災と獣害の多いラグドールでは、街を点在させるような開拓の仕方じゃなく、開拓基地を都市として発展させて、それを拡張させて土地を切り拓いてきたんだ」
災害の対処にはとにかく人手がいる。
開拓の為にそれを分散させていては、いかに土地が拡がっても、それを維持することができないんだ。
だからラグドールの人々は、開拓基地を中心に徐々にその周囲を切り拓いて行くという方策を執ったというわけだ。
街が広がる都度、外壁を移築してきた為、街の中のあちこちにその基礎部分が残っている。
「だから、ラグドール領は他の領地に比べて、驚くほど街の数が少ない」
都市部の周辺に開拓基地となる村は点在しているが、それもやがて開拓が進むと都市に呑み込まれる事になるんだ。
「そのかわりに都市は他の領都くらい広く、この領都なんて面積だけなら王都くらいあるんだ」
「へぇ~」
マチネ先生は俺の言葉を聞きながら、暗くなり始めた領都の街並みを見下ろす。
あちこちの街灯に晶明が灯され始めた街並みに、マチネ先生は目を輝かせた。
「グランゼスでの夜景も綺麗だったけど、ここもすごいね!
まるで光の草原みたい!」
「ああ。夜に災害が起きても衛士が急行できるように、街灯整備や区画割りには力を入れていると聞いている」
途端、なぜかマチネ先生に脚を蹴られた。
「もう! お兄ちゃんはわかってないなぁ。
こういう時はもっとロマンチックな事を言わなきゃ!」
「む? ロマンチック……とは?」
俺が問い返すと、マチネ先生は腕組みして首を傾げる。
「そうだなぁ……君の方が綺麗だよ――は、お兄ちゃんのキャラじゃないか。
君と一緒にこの景色を見れて嬉しい、とか?
とにかく! 女性がなにかに感動してる時は、一緒になって感動しなくちゃダメなの!」
「……ふむ。そういうものなのか。覚えておこう」
うなずく俺に、マチネ先生は人差し指を立てて続ける。
「うん。大事な事だからね? 特にリディアお姉ちゃんとかイライザお姉ちゃんと一緒の時は、意識するよ~に!」
「む、アリシアは良いのか?」
あの二人に対して行うなら、仲の良いアリシアにもそうすべきだと思うんだが……
その純粋な問いかけに、マチネ先生は苦笑。
「アリシアお姉ちゃんは普通じゃないから……
お兄ちゃんの事もよく知り過ぎてるから、急に気取った事言ったら大笑いされて雰囲気ぶち壊しになっちゃうと思う」
雰囲気というのはよくわからんが……まあ、アリシアは基本的に常識の埒外な奴だからな。
普通の女性とは比べられないのだろう。
と、そんな話をしていると、街灯に照らし出された大路をラグドール伯爵家の紋章を着けた馬車がやってくるのが見えた。
「どうやら迎えが来たらしい。
マチネ先生、そろそろ降りよう」
「うん!」
マチネ先生はうなずき、俺の背に飛び乗った。
「――行け、アル号!」
「仰せのままに、お嬢様――ッ!」
俺はマチネ先生の求めに応じて、櫓の手摺りを越えて宙に跳び出す。
「ひゃ~! あはははは――」
わずかな浮遊感に、マチネ先生は歓声をあげた。
飛び降りは、最近、村の子供達の間で流行っている遊びだ。
身体強化を覚えた子供達が度胸試しに始めたんだが、ダグ先生に俺はどのくらいの高さから飛び降りできるのかと聞かれて、秘密基地のそばにある一番高い木のてっぺんから降りて見せたんだ。
で、魔道の流れを感じさせる為にダグ先生を背負って飛び降りたところで、他の子供達が羨ましがって、俺に背負われて高所から飛び降りる遊びまでもが流行り出したというわけだ。
まあ、子供達に飛び降りで一番危険な、着地のタイミングと対処を教えるのに丁度良いから、俺は言われるがままに乗り物となっている。
着地。
「は~、やっぱりアルお兄ちゃん、すごいよねぇ。
この高さでも<浮遊>の魔法なしなんだもん」
俺の背から降りながら、マチネ先生は称賛を送ってくれる。
「いや、これくらい騎士ならなんでもないはずだぞ?」
「お兄ちゃんの騎士の基準って<竜牙>じゃん! それも熟練の人達の!
普通の騎士って、そこまでぶっ飛んでないって、そろそろ気づこうよ!」
「む? いや、だが――」
マチネ先生の言葉に、そんな事はないと反論しようとした時だ。
「――アル坊!!」
そんな声と共に衝撃が走り、景色がブレて――次の瞬間、背中に激痛が走ったかと思うと、俺は壁に叩きつけられながら抱き締められていた。
「久しぶりだな! この野郎!」
俺を抱き締めながら、嬉しそうにそう告げたのは、マリ姉と同じ青い髪に灰色の目をした長身の青年だった。
――相変わらずの強引さ。だが、不思議とそれが不快ではない。
「――アルお兄ちゃん!?」
突然の出来事に、マチネ先生が驚き顔で駆け寄ってくる。
そうだな。ちょうど良いから誤解を解いておこう。
俺達を見上げるマチネ先生に俺は、俺を抱き締めたままの青年を指差して。
「マチネ先生、俺が騎士の能力の参考にしてるのは、だいたいこの人の事だぞ?」
アリシアやサリュート殿ほど魔道的にぶっ飛んでない――あくまで人類の枠内だってババアも言ってたしな。
俺が声をかけた事で、彼もマチネ先生に気づいたのか、ようやく俺から離れてくれた。
そして腰に両手を当てて、マチネ先生に胸を張ってみせる。
「――ロイド・ラグドールだ。よろしくな! お嬢ちゃん!」
そう告げて豪快に笑うロイド兄は、以前と変わらず――男らしく、俺の騎士の理想そのままの人だった。
そんな俺達の前に、ラグドール家の紋章を着けた馬車が客室の扉を開けっ放しの状態で横付けされる。
きっとロイド兄は遠目に俺が見えて、感極まって飛び出してきたんだろう。
昔から激情化なんだ。
「久しぶり。ロイド兄……」
俺が気を取り直してそう声をかけると、ロイド兄はくしゃりと顔を歪め、再びきつく抱き締めてきた。
「本当に――心配させやがって……」
悪逆非道な暴虐王子が追放されて、心優しい王子が即位した結果 ~これなら俺のがマシじゃねぇ?~ 前森コウセイ @fuji_aki1010
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