第4話 君が泣いてくれるのなら

悠聖が借りている部屋の家賃は、今後、払わなくて良い。


そう申し出ても、悠聖のお父さんは、首を縦に振らなかった。


ならば、自分も住んでいるし、全額もらうのは違う。そう伝えても、無駄だった。


悠聖は、嫌なことは嫌と言う子だから、心配してない。


そう言って、二人の交際と同棲を認めてくれた経緯もあったから、油断していた。


バスケサークルの飲み会に参加すると、悠聖からメッセージが届く。


23時を回って、悠聖は、酔っ払って帰って来た。慣れないのに、たくさん飲むから、いつもこうなる。


ベッドにダイブした悠聖から、靴下を剥ぎ取る。


「寝る前に着替えなよ」

「アシルがやって」


裸にすると、体にはあちこちに、小さな痣が浮いている。


練習の後、シャワーを浴びづらくなるからと言われて、逆にいっぱい吸って、痕を残した。


翌朝。


一階の部屋のベッドで、うとうとしていると、ドアが開く音がして、完全に目が覚めた。


起きた時、隣にいなくて、ここにいるか覗きに来たようだ。


「大学行って来る」

悠聖の声は、普段より低く、暗い。


布団の中に潜り込んで、返事もしないでいると。


「どうして、こっちで寝てる?」

無理矢理に、布団を引き剥がされた。


「寒い」

「答えろ」

「悠聖が酒臭かったから、こっちで寝てた」


悠聖は、昨晩のことを思い出したようだが、それでも納得していない様子だ。


「パスポート出して」

「どうして?」

「預かる」


今、突然に思いついたとは思えない。常日頃、そうしたいと悠聖は考えているのかも知れない。


カバンに入れていた、パスポートと財布を、悠聖が、勝手に持って来る。


「持って行かれたら、外出られなくなる」

「どっか行くの?」

「行かないけど」


時計を見ると、悠聖が家を出なければならない時間が迫っている。


悠聖は教職の免許を取ろうとしていて、取得しなければならない単位が多い。


授業を聞いてるかはともかく、出席だけはして貰わないと困る。留年したら、悠聖のお父さんやお姉さんたちが何て思うか、だ。


「どこへも行かないから大丈夫だよ。もう行って」


「今日は学校休む。体調が良くない」

悠聖はそう言って、パスポートを離そうとしない。


「悠聖。こんなことして、帰ったら、ただでは済まないよ」


脅しても無駄で、悠聖は持って、出て行ってしまった。


  ⁂


アシルは目立つせいか、街を歩いていても、よく警察に呼び止められたりする。


外出時は必ずパスポートや在留カードを持ち歩いていて、それを奪うことは、自宅に監禁したも同然だ。


朝起きた時に、隣にいるはずのアシルがおらず、気が動転して、やってしまった。


夜、帰ってすぐ、パスポートと財布をアシルに返す。


「気が済んだの?」

アシルに問われ、うなずく。


「呆れてる?」

「そんなに僕のことが信じられないのかなって」


「話してくれないから」

「悠聖が好き、って何度も言ってるよね。それ以外にどんな話が必要?」


そう言われると、何も言い返せない。アシルを疑うのは、自分に自信がないからだ。


「…ご飯作る。アシルは何食べたい?」

「んー、カレーかな」


片付けをした後、いつものようにゲームを始めるも、アシルのことが気になって仕方がない。


ゲームを中断して、ソファで本を読んでいるアシルのそばへ行く。


「今日はする?」

「しない」


「どこで寝る?」

「下で寝る」


「どうして?」

「僕の部屋はあっちだから」


同棲は解消されてしまうらしい。アシルに嫌われてしまった。


「勘違いしないで。別れるわけじゃない」

「別れないのに、部屋は分けるの?」


アシルは答えず、おいで、と両腕を伸ばして来た。同じ方向を向く形で、後ろから抱きかかえられる。


「エッチする時は、一緒に寝よう」

服の中に手が入って来て、乳首をいじられる。


「なら、毎日する」

そうアシルに言うと、アシルがフッと笑った。


「本番もする?」

「…する」


  ⁂


外は雪がちらつき始めた。


悠聖は、前方で両手首を結束され、全裸でベッドの上に転がされている。


そわそわして、落ち着きがない。初めて、あそこも紐で縛られて、少し怯えている。


「どうして、見るの?」


あまりにも悠聖がこちらを見て来て、その視線が正直、鬱陶しい。


「バックでやろうかな」


悠聖が、本番を拒否し続けていた理由は、よく分からない。


だが、一緒に寝るために覆すくらいだ。大した理由ではなかったのだろう。


「向き変えて」

そう言うと、悠聖は肘を付き、半回転して、ベッドの上にうつ伏せになった。


服を全部脱ぎ、悠聖の体の上へと、覆い被さる。


すると、悠聖は驚いたのか、後ろを振り返ろうとする。


「見なくていいから」

そう言って、悠聖の首を掴み、その顔を枕に押し付ける。


悠聖はノンケで、男の裸を見ても欲情しない。


だからいつも、自分は服を脱がず、悠聖だけを裸にしている。


人差し指と中指を差し込み、肉襞を限界まで開いて、先端を押し付ける。


「入りそうだから、入れるね」

上から体重をのせて、沈み込ませていく。


悠聖は枕に顔を埋めたまま、微動だにしない。無反応を決め込むことにしたようだ。


「慣れたら気持ち良くなるよ。これからいっぱい、しようね」


全身の緊張が、段々と解けて来るのが分かった。


これからいっぱい、の所に反応した?


まさか、やり捨てされるのが怖くて、拒んでたとか?


悠聖ならあり得る。


「枕、入れるよ」

悠聖の腰に手を回し、枕を押し込む。


すると、より結合が深くなり、悠聖が苦しそうに身悶えた。


両腕を立てて、悠聖の体を挟みこむ。そして、ゆっくりと、抽送を始める。


両手は自由が効かず、下半身には杭が打たれて、悠聖は、されるがままだ。


「…ぁぁっ」

我慢出来なくなったのか、突き上げる度に、喘ぎ声を漏らす。


悠聖の前に手を伸ばし、紐を解く。前と後ろで、一気に追い上げにかかる。


ほとんど同時に二人とも果て、悠聖の拘束を外して、その体を抱き寄せる。


「泣いてる?」

ふと、悠聖の頬が濡れていることに気づき、慌てる。


「アシルに泣かされたって、姉さんたちに言う」

「気持ち良くて泣いたのに?」


幸せになるために、多くのものは必要ない。


寒い冬の静かな夜に、こうして悠聖と肌を寄せ合っているだけで幸せだ。


  ⁂


「子供の頃の写真?」

「そう。見たいな、と思って」


「あるかな」

悠聖を前に座らせて、二人でPCを覗く。


それを見てどうするのと、返したいところではあるが、拒むと悲しい顔をするから、仕方なく探す。


「ん?誰?宅配の人みたい」

「あぁ、これは関係ないよ」


右下の小さなウィンドウを、サッと閉じると、ほどなくインターホンが鳴り、悠聖が立ち上がった。


「外に防犯カメラがあった。それが映ってるの?」


荷物を受け取り、外を見に行って戻って来た悠聖が、聞いて来る。


「そう」

「カメラあるの気づいてなかった」


「悠聖、写真はもういいの?」

「見たい!」


悠聖に話していないことは多くあるが、今、すべてを説明する必要はないと思っている。


どうせ、死ぬまで離してやるつもりはないのだ。


時間はたっぷりとある。


〈おわり〉

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【BL】君が泣いてくれるなら @F_Y

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