第2話 忠犬悠聖
お尻が気になって、鏡の前に立つことが増えた。
一昨日は、痛いことを沢山したから、お尻は免除してもらえるのを期待したが、きっちり前回と同じ回数、打たれた。
「ちょっと、出掛けて来るね」
アシルの声がして、慌てて、ズボンを引き上げる。
「どこに行くの?」
「書類に不備があるとかで」
アシルは自分のことは、ほとんど話さない。
知っていることと言えば。
年は一つ下だが、向こうの大学を最近、卒業したこと。
父親は政治家、母親は女優、兄と妹が一人ずついて、お兄さんの会社の仕事を手伝っていること。
そして、同性愛者で、性癖がドS。
そのくらいだ。
「何時に帰る?」
「悠聖が帰る前には、帰ってると思うよ」
アシルは、白いTシャツの上に、黒いコートを羽織っている。
肩くらいの髪を後ろで結んでいると、長い首が丸見えで、寒そうだ。
「ボロくてダサいけど」
玄関のフックに掛けてあった手編みのマフラーを手に取る。
「いいよ。失くしたら大変だ」
⁂
「あれ、莉子ちゃん。悠聖はもう帰ったよ」
悠聖はこのところ、授業が終わると、サークルに少し顔を出して、さっさと帰ってしまう。
駅に向かう途中、バイト先に寄ってみるも、今日は入っていないようだ。
悠聖は、悠聖のお父さんがやっている西欧料理の店で、不定期でバイトをしている。
欲しいものがある時は毎日入っている、と言っていたが、居ないとすると、
もう家に帰ったのかも知れない。そう思って、悠聖の家に行くと。
ガチャリ。
玄関のドアが開いた瞬間、思わず、飛び上がりそうになった。
「悠聖なら今、卵を買いに行ってて、いないよ」
誰?
日本語?
悠聖と言った?
キレイな二重瞼に、スッとした鼻筋。口元には怪しげな色気が漂っている。
よく見ると、最上級のイケメンだ。悠聖にこんな知り合いがいたなんて!
「あ。私は、悠聖の大学の同級生で、莉子です」
「僕は、悠聖のルームメイトで、アシルと言います」
簡単な自己紹介が済むと、しばらく、沈黙の時間が流れる。
「あの。悠聖が戻るまで、中で待ってもいいですか?」
青年は、少し困った顔をして、ふーっと鼻息を漏らした。
ダメということ?
そう思った次の瞬間、逆の答えが返ってくる。
「どうぞ。今、オムライスを作ってるところだよ」
だから、エプロン。部屋の中からは、炊けたご飯のいい匂いがする。
「一緒に食べる?」
「え?いいんですか?」
「いいよ」
⁂
夕食を済ませ、莉子を駅まで送り届ける。もう家には来ないで、とは言えなかった。
関係まで持ったのに、無かったことにしたいと望むなんて、最低だ。
何となく、家に戻りたくなくて、近所の公園に向かう。
しばらくベンチに座っていたら液晶が光って、見てみると、アシルからのメッセージだった。
『帰りたくないなら、僕が出ていくよ。ここは、君の家だ』
アシルは優しくない。いつだって余裕ぶった態度で、こちらの反応を見て楽しんでいる。
走って帰るも、アシルは優雅に風呂に入っていた。
寝室に行くと、ベッドの上のケインに、ふと視線を奪われる。
「いっつも、出ていくって脅して」
ケインを拾い上げ、ベランダへ行って、二階から、下の庭に投げつける。
一階の住人は、居ないはずだ。一度も、会ったことがないから。
「悠聖?」
背後からアシルの声がして、ビクッとする。部屋に入り、窓を閉める。
「ゲームする?」
アシルとゲーム?
「いいの?」
戻ってからは全くだが、同棲を始めたばかりの頃は、よく二人でゲームをした。
アシルはゲームが得意だ。子供時代、家に引きこもってゲームばかりしていたから、と言う。
深夜を回り、疲れ果てて、ソファの上にごろんと横になる。
「アシルは、やっぱり凄いや」
アシルのおかげで終始、気持ちよくプレーができた。ランクも上がって、大満足だ。
アシルは頭が良く、器用で、外見も俳優やモデルにだってなれるレベルだ。
世界中どこへでも行けるのに、なぜ、この狭いアパートに戻って来たのだろう。
どうして、俺なんかに構うんだろう。
⁂
「自分でしたらダメだよ」
ベッドの中でキスを重ねていると、悠聖が自分のモノに手を伸ばした。
「我慢できない」
「ブランチ食べてから」
今がいいのに、ボソリと呟き、悠聖は、背を向けてしまう。
今日は休日で、思う存分、悠聖を楽しむ日と決めていた。
ご飯を食べさせて、風呂で毛を剃り、中を洗う。
ずっと、待てをさせられている悠聖は、機嫌が悪い。
さらに、両手足を拘束されると分かると、むくれた。
「ケインはどこへ行ったのかな」
そう呟くと、悠聖は思い出したかのように、ピクリと反応した。
昨日の記憶はすべて、ゲームの記憶に塗り替えられたようだ。
「可愛いね、悠聖」
枷を嵌められ、ベッドの四方に繋がれている悠聖を見ていると、心が満たされる。
不本意だという顔をしているが、そんな表情も、すべて愛おしい。
「こっちはどうかな」
両脚を少し立たせ、奥の窄まりに手を伸ばす。
「柔らかいね」
指を奥まで入れて、内側の粘膜の感触を楽しむ。
少し感じるようになって来たのか、悠聖は時折、息を呑んで、体を震わせる。
だが、前方にも指を絡ませると、ようやく来た、というような顔をして、すぐに吹いた。
しかし、後孔に入ったままの指が、まだナカでいやらしく動いていて、辛そうに目を閉じる。
「今日、入れてもいい?」
何を言われたか、分かっていないようだ。
「本番、いい?」
ようやく理解したようで、悠聖は目を見開いている。
だが、予想もしなかった答えがすぐ返って来る。
「莉子に、ちゃんと話してから…」
「何を?」
「付き合えないこと」
⁂
アシルに連れて行かれたのは、アパートの一階だった。
え?
どういうこと?
一階の部屋の玄関にも、番号式の鍵が取り付けられていて、何故か、アシルが番号を入力している。
ガチャリとドアが開いた。
人様の部屋に勝手に上がり込んで、大丈夫なのか。
「やめよう」
「大丈夫だから」
室内は、自分の部屋とはまったく違う、お洒落な空間が広がっていた。
「ここも借りたんだ」
「いつから?」
「少し前かな」
「少し前って、いつ?」
アシルは、質問には答えないで、窓の方へと視線を向けた。
「取っておいで」
そういうことか。
このために、一階へと連れて来たようだ。
投げた物を取って来いと、飼い主に命令される犬、が頭に浮かぶ。
犬は好きだ。
アシルの犬になら、なってもいい。
靴下を脱いで、庭へ行き、雑草の中に落ちていたケインを拾い上げる。
そして、部屋へ入る前に、ケインを口に咥え、四つん這いになった。
アシルの元へと這って行き、顔を上げて、ケインを差し出す。
アシルは、フッと鼻で笑って、ケインを受け取った。
喜んでくれると思ったのに、何かが違ったらしい。
濡らしたタオルを持って来て、足を拭いてくれる。
「どうして借りたの?」
「仕事用かな。ほら、立って。上に戻るよ」
〈つづく〉
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