第3話 アシルのおもちゃ箱
莉子に会ってすぐ、生理が止まっている、と打ち明けられた。
これを超える衝撃は、この先の人生もうないのでは、と思うほどだ。
ただ、真っ先に脳裏に浮かんだのは、こちらを見て笑う赤ん坊の顔だった。
「…頑張って育てよう」
そう伝えると、暗い顔をしていた莉子が突然、ぷっと吹き出した。
「冗談だよ。私とは付き合えないって、言いに来たんでしょ?ムカつくから、嘘言ってみた」
ウソ?
言葉を失い、しばし、呆然とする。
「ルームメイトは、ゲイなの?」
話さなくても、莉子は、状況を察しているようだ。
「悠聖は受け?」
ウケ?
「そう。突っ込まれる側」
「それ、言っちゃう?」
自分で訊いたくせに、莉子が大笑いしている。
「隠したって、どうせ俺がそっち、って思うだろ?」
⁂
半年前に父親が急死し、帰国している間に、このアパートが売りに出されていることを知った。
購入を決めたのは、いつまでも居候でいられない、というのがあった。
アパートと言っても、外観は一戸建て風で、戸数は、4戸しかない。
その後、思いつきで、防犯カメラの設置を業者に委託した。
そのカメラに映る、日々の悠聖を、海の向こうから眺めていた。
ある日、女の腰に手を回し、部屋へと連れ込む悠聖を見て、その時は、もう日本へ戻るのをやめようかと思った。
習慣は、そう簡単には変えられない。
PCの端っこに、悠聖が映っている。
作成途中の文章を完成させ、送信を押して、ノートPCのフタを閉じる。
「ただいま」
悠聖の声がした。玄関でコートを脱ぎ、洗面所で手を洗って、うがいをしている。
女物の香水の匂いが僅かにする。甘ったるくて、苦手な匂いだ。
「…ちょっ…ぅ…」
振り返った悠聖を羽交締めにして、強引にキスをした。
防犯カメラに映っていたあの女と、今さっきまで会っていたのだ。
いくら、寛容になろうと努めたところで、虐めてやりたい気持ちは抑え切れない。
⁂
「あ…ぁっ」
道具ならいい、なんて言わなければ良かった。
透明で、緩やかに湾曲したそれは、プラグと同じで、先端が少しとんがっている。
締まりの緩くなった尻穴は、容易にその先っぽを呑み込んでしまう。
「奥、行くよ」
アシルが、ぐっと力を込めたのを感じ取る。
今になり、両手を後ろに、足はM字で縛られた理由が分かった。
一切の抵抗を許すつもりはない、そういうことだ。
「息をして。窒息するから」
気付けば、息をしていなかった。
アシルの手が、下腹部に伸びて来た。何をしているのかと考えた矢先。
ゆっくりと、中のものが、せり上がって来た。無理無理無理…
「…ぅ…っ」
声にならない声が、喉の奥から絞り出される。
拒否したくても、何も出来ない。今の自分は、ただ受け入れるだけの、器だ。
「ここくらいまで、入ったかな」
アシルは指先で、どこまで入り込んでいるのかを確認している。
お気に入りのおもちゃで遊んでいる子供のように、楽しそうだ。
「…キスして」
「いいよ」
次の瞬間、中のモノが一気に引き摺り出される。
「なん…」
せっかく頑張ったのに、もう出されてしまい、頭も体もパニックだ。
答えは直ぐに分かった。今、異物が抜け出ていった場所に、アシルは口付けた。
先日、気持ち悪いと言ったことを、根に持ってるようだ。
アシルを睨みつける。
「どうしたの?」
「そこじゃない」
しかし、手も足も出ない。
「だから何?」
冷たく返されて、これ以上、何か言う言葉が見当たらず、諦めて横を向く。
どうしても嫌、というわけではない。
アシルの元恋人たちは、アシルにされることは、何でも受け入れていただろう。
アシルに愛されたいのなら、アシルの思うがままに、愛されるしかないのだ。
⁂
同性同士で付き合っていることを、隠すつもりもなかった。
ただ、知らぬ間に大学の同級生らに知れ渡っているのは戸惑うし、後ろめたさも感じる。
アシルは以前、ゲイであることを、公言はできないと言っていたからだ。
「もう、大丈夫だよ」
「もうって?知られていいの?」
「隠す必要がなくなったんだ。親父が死んだから」
「お父さん、亡くなったの?」
「そう。だから帰ってた」
初耳だ。
「あの人は、色々厄介事をしょいこんでてね。それを片付ける手伝いをしてたんだ」
「どうして話してくれなかったの?」
「兄貴に口止めされて」
そうか。
そういうことだったのか。
思わぬ形で、半年前の真相を聞かされ、心中がざわつく。
あの時、詳細は話してくれないまでも、また戻って来るからと、一言言ってくれれば良かったのに。
そうしたら。
いつまでも、おじいさんになっても、アシルを待っていた気がする。
女を知らない体のまま。
⁂
「悠聖。来て」
アシルが呼んでいる。
「今は…」
「ほら、クッション」
ケインで打たれたばかりの尻が、ズキズキと痛む。
仕方なく、クッションが置かれた、アシルの前に、我慢して座る。
アシルが、何か入力している。
パスワード?
俺の誕生日だ。
急に、画面がダークモードのような黒い背景に切り替わり、目に飛び込んで来たのは。
「悠聖が喜びそうなオモチャを、買おうかなって思って」
「…要らない」
「なら、こっちの悠聖に聞いてみるか」
アシルの手が、スウェットの前方に潜り込んで来る。
「悠聖は、画面から目を離したらダメだよ。離した回数分、あとでケイン追加だからね」
うっ。
それは、ガン見するしかない。
「このサイト、知り合いがやってる招待制のサイトなんだ」
一見、普通のECサイトのようだが、扱っているものが、マニアックだ。
商品は、写真の他、サンプル動画がついている。
可愛らしい一人の男の子が、股を全開にして、受け入れたりしている映像だ。
下半身の反応で、興奮度をジャッジする、ということだが。
そもそも、アシルに触れられるとすぐ反応しまうから意味ない。
「あ…」
「悠聖、こういうの好きなんだ?」
よりによって、ケインで打たれて、お尻イタイイタイと泣きついているシーンで、勃ってしまう。
「違う。動画のせいじゃない」
「なら、触らないよ」
アシルの手が離れて行き、少し、寂しくなる。
「どれにする?」
「どれって」
「分からないなら、僕が選んでいい?」
答えないでいると、アシルが、手当たり次第、ぼちぼちと押して行く。
「そんなに?」
「買ったものは、全部使うつもりだけど、いい?」
先日、本番を拒否して、その後ずるずると、拒否し続けている。
本番をさせないのなら、こうしたモノを受け入れろ、ということなのか。
「…いいけど」
「けど何?後で、嫌と言うのはナシだよ」
カートに何が入ったのか、もっと見ておけば良かった。
ただ、沢山買っておけばそれだけ、アシルが自分の元に、長く留まるかも知れない。
「言わない」
「約束だよ」
〈つづく〉
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