後編
花火会場に着いて、手頃な場所を見つけると一樹は僕を降ろして、ウエストポーチから消毒薬と絆創膏を出して、僕の足を手早く手当てしてくれた。
もっと足の爪とか……綺麗にしてくれば良かった。
恥ずかしくて俯いていると、一樹の手が頭をポンポンと優しく叩くのが分かった。
「オッケー。これで少しは楽じゃ無いか?」
僕はウンウン頷くと、ニッコリしながら小さくガッツポーズを作った。
一樹はそれを見て吹き出した。
「お前、段々ジェスチャー上手くなってるな。マジで声出して良いんだぞ」
それには断固首を横に振る。
「分かった分かった。もうすぐ花火だよな。ゴメン、ちょっとトイレ行ってくる」
僕は頷くと歩いて行く一樹を幸せな気持ちで見送った。
港の海風が心地よく頬を撫でる。
良い風……気持ちいい。
僕はジンワリと汗ばんだ胸元を少し開けて風を入れた。
そして心地よい海風に目を閉じていると、急に肩を乱暴に叩かれたので驚いて目を開けた。 すると……そこには合ったことの無い、大柄な男性が2人ニヤけた笑顔で立っていた。
「ねえ、君1人で来てるの? メチャ可愛いじゃん。一緒に花火見ない」
え……
全身に鳥肌が立つ。
冷や汗を沢山出るのを感じながら、慌てて首を振る。
男だってバレたら……
「え? 何? 見てくれるの、花火。だってさ、さっきも胸元開いてめちゃ誘ってたじゃん」
違う……そんなんじゃ。
僕はさっきよりも強く首を振る。
それと共に両手も振ったけど、それを見た2人はさっきよりもニヤけた笑みでお互いに顔を見合わせた。
「君、もしかして声出せない子?」
「だよね。マジかよ。めちゃそそるじゃん」
「可哀想だね。声は出せないし1人で来てるし。俺たちがこの辺、案内してあげるよ。ここよりもっと良い感じで花火見れるとこあるよ」
そう言って無遠慮に僕の腕を持って無理矢理立たせようとした。
どうしよう……どうしよう。
身体が震えて必死に手を振りほどこうとしたとき。
「何やってるんですか?」
一樹の声が聞こえた。
慌てて声の方を見ると、一樹が無表情で男達を見ていた。
「は? この子にもっと良い感じで見れるとこ教えようとしただけだけど」
急に低くなった声で男達は、脅すような口調で言ったけど一樹は平然と言った。
「必要ないっす。その子は俺の彼女だから。最高の景色は俺が見せます」
え……
一樹の言葉を呆然と聞いていた。
今……なんて。
「は? 彼氏づらかよ、マジでムカつくな」
「づらじゃないっす。彼女なんで」
一樹はそう言うと、見たことも無い怖い表情で男達に向かい足を進めた。
すると、男達は大きく舌打ちをすると歩き去って行った。
助かった……
身体からヘナヘナと力が抜けてくると共に、酷く震えてきた。
そして涙が溢れてきた。
一樹は僕の前にしゃがみ込むと、ハンカチで涙を拭いてくれた。
「ひかり。もう黙らなくて良い。声を出せ。もし間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!」
一樹の聞いたことのない強い口調にビクッとして、頷いた。
「俺がいつお前に『声出すな』って頼んだ? 俺はお人形のお前と花火見たいんじゃないんだけど! 俺はまるごとのお前と見たいんだ」
その言葉を聞いてると涙が止まらなくなる。
もう止まらないよ……
「……ご、ごめん……なさい」
しゃくり上げながらしゃべる僕に一樹はハンカチで僕の目を優しく押さえながら続けた。
「悪い、大きな声だして。でも……お前に何かあったら、俺もヤバいからさ。頼むよ」
「うん……ゴメンね」
「あのさ……お前、自分が思うより結構……可愛いぞ。だから、さっき見たいな変なのが寄ってくるんだって。だから……その……俺のそばを離れるな。分かった?」
僕は泣きながら頷いた。
「ギュッて……して……くれる?」
「え? あ、ああ……来いよ」
一樹は見て分かるくらいに狼狽えながら両手を広げた。
その様子が何とも可愛らしくて、僕はクスクス笑いながら彼の胸に飛び込んだ。
そしてずっと言いたかったけど言えなかった事を言った。
自分でもビックリするくらいハッキリと。
「僕……一樹のことずっと……好きだった。これからも好きだよ。女の子として」
「……有り難う」
一樹はポツリと言った後、僕を強くギュッと抱きしめてくれた。
その身体はとっても暖かくて、花火の美しい光と音の海と合わさって、別世界に居るようだった。
「一樹……大好き」
「……俺も」
これから僕たちはどうなるんだろう。
先の事なんて分からない。
でも、今この時。
この花火の綺麗さと僕の思いは変わらない。
だったらお別れなんかじゃ無い。
「高校になっても……会おうな」
僕は無言で頷いた。
そうなりたい。
そうなれる僕でありたい。
「あ……これ、チョコミント」
一樹がおずおずと出してきたのはチョコミントだった。
僕は思わず笑っちゃった。
なんでこんないい感じの時に……チョコミント!
僕は笑顔で一樹のつまんでいるチョコミントを咥えた。
なんか、彼女みたい。
でも、いいよね。
きっと大丈夫。
彼の温もりと花火の美しい景色が変わらないように、僕の思いだって変わらないんだから。
もっとメイクを練習しよう。
髪ももっと伸ばしたい。
そう思いながら身体を流れる心地よい電気のような感覚と、口の中のチョコミントの味に浸っていた。
【終わり】
電気とミント 京野 薫 @kkyono
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