中編
待ち合わせ場所になっている駅前のロータリーで待っていると、みんなが僕のことを好奇の視線で見ているように感じて顔から火が出そうだ。
それに胸元や太もものスースーする感じがやっぱり慣れない。
夏の夜風がこんなに不安を誘うなんて生まれて初めて……
一樹にはラインで浴衣を着た後の写真を送った。
「これで待ってる」とだけ書いて。
一樹、引いたりしないかな……
いや、大丈夫。
絶対……大丈夫……だよね?
不安を紛らわせるように手鏡を見る。
大丈夫。
全然男の子じゃない。
ニッコリと笑ったけど、どことなく引きつっている。
ああ……
ションボリしながら手鏡をポーチに仕舞おうとすると、突然横から「ゴメン、遅くなった」と聞き慣れた深くて低い声が聞こえた。
弾かれるように声の方を見ると、一樹が立っていた。
深い群青色の浴衣だ。
凄い……似合ってる。
一樹は気のせいかな? 恥ずかしそうにしている。
「お前……本気で女装してきたんだな」
何故か視線をキョロキョロしている一樹に、僕は急に不安になった。
「ご、ゴメンね。嫌だった……かな」
「違うよ、緊張してんだって。お前さ……メチャ似合いすぎ」
心臓がドキン! と大きく音を立てる。
顔がドンドン熱くなる。
そして……
「え? おい、ゴメン! 何で泣いてるの? 俺、変なこと言っちゃった? マジでゴメン」
誤解させちゃった。
僕は精一杯首を横に振った。
「違う……嬉しい……」
「そ、そうか。なら良かった。あの……お前、ホントにエグいくらい似合ってるからさ」
僕はハンカチで涙を拭きながら、ニッコリと笑った。
良かった。
気に入ってくれたんだ。
安心した僕は、この日に絶対守ろうと思っているある決意を言った。
「あのね、一樹。僕……今からしゃべらない」
「は?」
「僕、頑張って女の子になってみた。でも……ゴメンね、声は頑張ったけど女の子になれなくて……だから、しゃべらない」
「そんなこと気にするなって。お前はどうしたいの? それが一番なんじゃないのか」
「だったらしゃべらない。一樹の中に……今の僕を残してもらいたい。来年の今頃は離れちゃってるから。だから……一番好きな僕を覚えてて欲しい。一番可愛い僕を。だから……お願い。今だけは一樹の一番可愛い女の子にならせて」
一樹は僕を少しの間、真剣な顔で見ていたけどやがて頷いた。
「分かった。お前が一番そうしたいならそれでいいよ。俺もお前を女子として扱う」
「ありがとう。じゃあ、今から僕の名前も……えっと……光輝だから……『ひかり』って呼んで」
「オッケー、ひかり。じゃあ行こうか」
僕はニコニコしながらコクコクと頷いた。
※
電車に30分ほど揺られて、港の近くの駅に降りた僕たちは浴衣姿の缶詰とでも言うような、人混みの中をゆっくりゆっくりと進んだ。
あまりの人の多さにちゃんと見てないと一樹とはぐれそう。
頑張って一樹の群青色の背中を見ていると、突然振り返って僕の……手を握った!
へ? へえ!?
「ごめん、いきなり。はぐれそうになってたからさ。それにお前、着慣れない格好だろ。歩くのも大変そうだし、お前に合わせるからゆっくり行こう」
一樹……
そうだ、初めて会ったときも僕を置いていかないように、ちょこちょこ振り返ってくれていた。
あの日からいつでも歩幅を合わせてくれてたんだ。
僕は一樹の汗ばんだ手のひらを感じながら、強く握り返した。
一樹の手って、こんなにおっきくて強いんだな……
身体を寄せながら、ふと周囲を見回すとあちこちで彼氏かな? が彼女らしき女の子の手を握ったり女の子が男の子の腕に掴まったりしてる。
いいな……
たまらなく一樹の腕に掴まりたい。
身体を預けて甘えたいな、と思ったけど出来なかった。
だって僕は男だから。
一樹だって男子に甘えられたくないよね。
どんなに高いメイク道具を買っても。
メイクを練習しても。
可愛い浴衣を着ても。
そして……どんなに目の前の人が大好きでも。
「僕」を「私」に出来ない。
今だけは「ひかり」かも知れない。
でも、花火を見終わったら「光輝」になっちゃう。
一樹は誰にでも優しい。
空手をやってるから強いけど、優しい。
イケメンだし、声も格好いい。
勉強だってそこそこ出来る。
そんな彼にはいつかきっと、横を歩くのにぴったりな可愛い女の子が現れる。
引っ越した先でそうなるんだろうな……
僕は何で「僕」なんだろ。
こんなに泣きたいくらい大好きなのに、なんでこれ以上くっつけないんだろ?
なんで声を出さないようにしないといけないんだろ?
ずっとずっと……大好きだったのに。
とくにチョコミントに目がないところ。
チョコミントをいっつもひと箱食べちゃうんだ。
食べ過ぎなのに……
ブロッコリーが嫌いなところ。
強くて勇気があるくせに、ホラー物がてんでダメなところ。
空手の大会で準優勝しちゃう位強いのに、お化け屋敷がダメなところ。
実は恋愛ドラマが大好きなところ。
みんなみんな大好きなのに。
なんでお別れなの?
なんで「好き」って言えないの?
なんで友達として冬には「じゃあね」って言わないと行けないの?
女の子だったら、きっと女子として「好きでした。遠距離でいいから付き合って」って言えるんだよね?
じゃあ僕はどう言えばいいの?
教えてよ……誰か。
「……す……」
「ひかり、何か言った? ごめん、聞こえなかった。悪いけどもう一回いい?」
僕は俯いたまま首を横に振った。
ゴメンね。
それを言うのは僕じゃ無い。
いつか、近いうちに一樹にふさわしい女の子が言ってくれるから……
一樹にとって大切な思い出になってくれるから。
僕じゃ嫌な思い出になっちゃう。
目が熱くなってきて、涙が滲む。
ダメダメ! 嫌だ!
せっかくアイラインも頑張って引いたのに……
花火を見る、この夜だけは一樹にとって一番可愛い子でいたいのに。
キュッと上を向いて昨日見たバラエティの面白かった場面を思いだす。
ほら、悲しくなんか無い。
しばらく歩いてようやく花火会場が見えた頃。
僕は足の痛みが我慢できなくなってきていた。
どうしよう……ヒリヒリする。
きっと履き慣れない下駄を履いたせいだ。
「ひかり、大丈夫か? さっきから歩き方変だぞ」
僕はニッコリと笑うと首を横に振る。
せっかくの花火なのに。
ずっと楽しみにしてた。
帰るなんてヤダ。
すると一樹は突然背中を見せてしゃがみ込んだ。
「乗って。広いとこに着いたら足見せてみろ。一応絆創膏とかは持ってきたから」
え?
おんぶ?
え……でも……どうしよ。
「そのままじゃ歩けないだろ。せっかくの花火じゃん。二人で見たいんだ」
二人で……
僕は胸の奥がジンワリと暖かくなってくるのを感じ、吸い寄せられるように一樹の背中に乗った。
暖かい……それにすごく広い。
乗った途端、軽々と身体が持ち上がった事に驚きと、幸せを感じた。
今だけは……女の子でもいいよね?
僕は微笑むと背中に横顔をつけた。
ふふっ、なんか……女子みたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます