探せ。大阪駅にすべてを置いてきた。

昔から交通機関の中で飛行機が一番好きだった。その関係でこれも安直に「空港で働けたら楽しいだろうな♪」と勤務してみた時期の話だ。


空港勤務で得たものは大きかった。

ここまで割といろいろな場所で働いてきた自負があるが、そのどことも一線を画すレベルで出会える人間の幅が広い。

把握しきれぬ文化の数、言語、性格、服装、そういった暴力的な情報量と体当たりで向き合えば向き合うほどに、

「世界にはこんなにたくさんの人間がいる。だから、私だって生きててもいいのだ」

という確信が深まって息がしやすくなった。

空港で得た珍体験は多いので、今後もおいおい書いていくことにする。


さて、そんな空港職員だったころ。


その日もいつものように国際線のターミナルに立っていた。

常日頃何も考えていないので、その時も早くおうちに帰りたいななどとぼんやりしながら歩いていたのだろうと思う。そしてそういう、たいして急いでもいなさそうな職員は大抵お客様から声を掛けられる。


「HELP ME.」


一瞬思考が止まった。

エクスキューズミーではなくヘルプミーと来たか。


立ち止まると、眉間にしわを寄せた白人男性が近寄ってきた。

よくあるパターンがいくつか浮かぶ。搭乗時間が近いのにターミナルを間違えたとか、ターミナル間の移動バスの乗り場がわからないとか、ゲートはどこかとかそういう道案内系だろう。

目線で相手に続きを促すと、彼ははきはきと言った。


「わたし、さっき、大阪駅にいました」


ああ、日本語できるんだ。


「そして、そこにすべてを置いてきた」


目の前の相手がいきなり海賊王へと変貌した。


視線を相手の両手に移動させる。

手ぶらだ。

確かに、空港にいるお客様としてはありえない姿である。


「えー……と」


なんとか頑張って状況整理しようとする。


「つまり、お荷物を……大阪駅に、忘れてきたと?」

「そう」

「ぜんぶ?」

「イエス」


そんなことある? と言いたいのをぐっと我慢し、なんとか冷静さを保つ。


「飛行機の出発時刻を確認しましょう。搭乗券はお持ちですか?」

「これです。あと一時間後の出発です」


ああ、よかった搭乗券はポケットに入ってたのね。不幸中の幸い。

だが一時間かぁ~! シビア~!!

見れば目的地は思いっきり10時間超えフライト圏の海外である。

日本から後で荷物を送る、というとわりかし厳しいものがある。できないことはないけれど。


その後は駅に連絡して状況説明し、職員にその後の対応を委ねてきたのだが、実はこれそんなに珍しいことではない。

いや、語弊がある。荷物を全部置いてくる奴は確かにレアケースだ。

だが、空港内でスーツケース置き忘れる人間は意外と多い。


私も海外旅行が好きで、空港はよく利用する方だと思う。だもんで旅行者目線の時は、手荷物はともかくスーツケース置き忘れるバカはおらんだろうと思っていた。


いるんだな……(遠い目)


ほぼ毎日、スーツケースの忘れ物がある。

でかいから忘れないなんて常識は世界に通用しない。


他人がやるってことは自分がやる可能性も大いにあるってことだ。そう思って、私も旅行のたびに気持ちを引き締めなおすことにしている。



ちなみに、その後の海賊王のお客様。

大量の荷物の忘れ物に気づいた駅員さんが、事前に荷物を確保してくれていたらしい。事情が事情なのでご厚意で空港までの電車にのせて届けられ(本人が取りに行くのが通常)、ギリッギリ、マジでギリッギリのところで搭乗時刻に間に合ったとのこと。


もう二度と、海賊王にはなってくれるなよ。

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