ブチ切れ守護天使
父は地方公務員で、彼の言動から「公務員ほど安定した職はない」という価値観を私もなんとなく持っていた。
そんなわけで、ある日見かけた地方公務員の試験を私も受けてみることにした。そして、なんとなくで受けたそれに受かってしまった。
今まで割と適当に転職してきて奇跡的な合格を受けてきたさすがの私も、公務員合格の通知が来たときはちょっとびっくりした。
というわけでしばらく公務員をしたのだが、そこがまあとんでもねえブラックだった。
ブラック要素はいくつかあれど、一番納得いかなかったのがタイムカードを押してからの残業だ。30分やそこらならまだのみこんでやってもいいが、毎日6時間以上のサービス残業をやらされるとなると話は違ってくる。
だがそれをやらねば次の日が回らない、そんな切迫した仕事量だった。
追い込まれると人間思考が止まってくる。
人の性格は、生まれ持ったものじゃなくてその場の環境で変わるんだと私は今までの体験から感じているのだが、その時の環境はとにかくイヤな奴になれるだけの素材が揃いまくっていた。余裕がなく、常に何かに焦って、些細なことにイラっとしてしまう。
幸いなことに、同期が5名おり、彼らとはとても仲が良かった。
ここっておかしいよね、という話を互いにすることにより、なんとかまともな価値観を保っていた感がある。今思えば、サービス残業が当然! 他人を怒鳴ってもOK! みたいな、ここでしか通用しないヘンな空気にのまれないようにする最後の砦が同期とのコミュニケーションだった。
中でも男性の同期・うらなり君は気がやさしく、どんな理不尽を言われても「すみません」と謝ってしまう人だ。そんな穏やかさが裏目に出て、一部のいやな人たちを調子づかせてしまい、常に理不尽なことで怒鳴り散らされサンドバッグとなってしまっていた。
すみません、すみませんと連呼していた彼は、ある日勤務中におなかをおさえてうずくまり、救急車で搬送された。
続けて、同期はひとり、またひとりと倒れ、私を含めてついに全滅し、全員が転職への道を選ぶことになる。
さて、そんな経緯を経て全員が再出発を選んだ時期のこと。
最後になるかもしれないから、全員で出かけないかと声をかけ、五人で遊ぶことになった。退院したてのうらなり君も参加してくれることになった。
みんなで今後の話をたくさんした。
「やっと定年まで働ける職場見つけたと思ったんだけどなあ」
「こうなると公務員ってのが裏目に出るよね。あんな人たちが定年になるまでいなくならないのはキツすぎる」
「私、今の仕事は好きだから、同じ職種で転職先を探してるんだ」
「いいね、あなたこの仕事本当に向いているから応援するよ」
そんな話が飛び交う中、言葉少ないうらなり君はなぜか私にこんなことを告げた。
「僕はもう、人と関わりたくないです。深い山の中とかで生きていきたい」
……まあ、そうだろうなあ。
毎日毎日、とんでもねえ罵声を浴びせられていた人だ。
うらなり君に同情するとともに、彼にこんなことを言わせてしまったやつらへの憎悪が再燃しかける。
それにしても、人と関わらない仕事かあ。社内の人としか対面しない仕事ならあるかもしれないけど、一切かかわらないのは難しいだろう。そもそも、仕事というのは他者とかかわるためのツールだ。
「なんだかもう、今は先のことが考えられなくて。体調もまだ万全ではないし、僕はしばらく休みたいです」
「それがいいと思うよ。休んでる最中は焦ることもあるかもしれないけど、できるだけ何も考えず穏やかでいてほしい。こういうことで他人と自分を比べても意味がないから」
「そうですね……頭ではわかっているんですが……それでも、次に何をすればいいかの基準はほしいというか。向かう先がわからなくて」
ふむ。
私は言葉に詰まった。
なんであたしゃ今うらなり君の人生相談を受けているのかね、という疑問がわずかに脳裏をかすめるがそれは無視する。めったに自分のことを話さないうらなり君が私にこんなことを吐露してくれているのだ。今、力にならずしてどうする!
よし!
私は大きくこぶしをつくった。
「今から占いに行こう!」
かくして、電撃的に占いに行くことになった。
いい感じで酒が入っている同期は、突然の占い行こう宣言に戸惑いつつ、なんか面白そうだねと全員ついてきてくれた。本当にやりやすい人々でありがたい。
思い付きで動く人間にやさしい街・大阪は、たいていのものがそうであるように占いの館もまた、そこかしこに存在している。その場で調べた近場のビルの占い館に突撃し、全員で違う占い師の診断を受けることにした。
じゃ、30分後に! と掛け声をかけておのおのあやしいベールの中に消えていく同期たち。めちゃくちゃ面白い展開に私もニヤニヤしながらベールをくぐった。
で、30分後。
同期たちは全員ツヤツヤした顔で集合した。
タロットカードや四柱推命、手相診断などみんな専門が違う先生にみてもらったので報告も捗る。時期が時期だけに仕事運を相談した者が多く、全員が口をそろえて「今の職場から離れるのが吉」と報告し合ったのが面白すぎた。やはり今の職場は悪い気がたまりまくっているらしい。さもありなん。
うらなり君も口を開いた。
「僕の先生は守護天使と会話できるということで、みてもらったんですが……」
うらなり君、守護天使ついてたんだ。
知らなかった。
「僕の守護天使は、職場に対してめちゃくちゃキレているらしいです」
一瞬の静けさの後、全員が爆笑した。
うらなり君がちょっと困った顔をして自分の後ろをチラチラ見ているのがまた爆笑を煽る。
「なんか、職場に対して復讐しろって、すごい剣幕らしくて……。先生がすごく頑張って天使を説得してくれていました」
うらなり君の扱いを間近で見てきたので、天使の気持ちもわかる。
わかるけど、それ、占いっていうか別の何かになってないか。
本来の目的である、うらなり君のゆくすえ相談のことを慮っていると、彼はこう続けた。
「守護天使がいなければ、僕はもっと早くに自殺していたそうです。たしかに、そんな気はします。今日は久しぶりに笑うことができて、本当に良かった。まだ自分がどうしたいかわからないけど、これからも皆さんと連絡が取れたら嬉しいです」
全員がいっせいに目元をおさえた。
たぶん、うらなり君の背後の守護天使も目元をおさえていることだろう。
「当り前じゃないか……」
「おれたち、ズッ友だろ……」
「いつでも連絡しろよ」
みんなでそんなことを言えば、うらなり君は照れたように笑った。
その後、
「おい守護天使マジで頼むぞ」
「うらなり君を幸せにしてやってくれ」
「こんないい子幸せにならないでどうする」
「そうだそうだ」
などと次々にうらなり君の背後に語り掛ける我々を、うらなり君はちょっと困ったように見ていた。
先日、彼から連絡が入った。
『お久しぶりです。再就職が決まりました』
やった!
おめでとうの文字を打つ直前に、またメッセージが入った。
『ところで、前職場ですが、不祥事が発覚して全国ニュースになっているのをご存じですか?』
HA?
慌てて検索する。すぐに出てきた。なんなら大絶賛炎上中だ。
呆然としている私に、追撃のトークが入る。
『もしかして、僕の守護天使のしわざかもしれませんね(笑)』
……全然笑えない。
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