第4話「後ろめたさと王女様の熱愛」

夜になり、就寝のために建物二階の寝室で窓を開き、空を見上げる。

リアムの左目に似た月が輝いており、焦がれて手を伸ばした。


決して妻とはいえぬ状況にもどかしさを感じた。

真綿で包み込むよう、リアムはルーナを大切にしてくれる。

それだけでは物足りないと欲を抱くのは我が儘だと気持ちを抑え込んだ。


「冷静にならないと」


リアムに妻にと望まれて嫁いできた。

その喜びに浮かれて肝心なことに気づいていなかった。


あくまで王女を嫁にすることがリアムの目的であり、ルーナを求めてのことではない。

もしルーナが名乗り出ず、下の姫のなかから選ばれていたら?


(……いやだ)


かわいい下の姫たち。

一番下の姫を生んだのち、母は死んでしまった。

母親代わりのつもりで姫たちを大切にしてきたが、その姫たちにも譲れないと胸を痛めた。


身をていして嫁ぐことを決めたわけではない。

むしろ責任逃れで、残ったものすべてを妹姫たちに投げつけた。


(王女でなかったら出会えなかった)


今さらながらに後ろめたい気持ちだった。


「眠れないのか?」


窓から下をみると、月明かりに照らされた狼のリアムが外にいた。


「少しだけ……」


銀色に輝くリアムを見て妙に泣きたい気持ちになり、笑って誤魔化そうとする。


「旦那様はお休みにならないのですか?」


声をはると静かな森で音が空気を震わせた。


「今晩は月明かりが強いからな」

「……旦那様は月明かりの下でも美しいですね」


その言葉にリアムは耳を震わせる。

顔をあげ、鋭い眼差しでルーナを見た。


「人里は恋しくならないか?」

「えっ?」

「狼との結婚だなんて嫌だったろうに。……すまなかったな」

「いいえ……いいえっ!!」


あまりに悲しい発言だった。

焦燥感に駆られ、ルーナは窓枠に身を乗り出していた。


「あっーー!?」


乾燥で手が滑り、ルーナの身体が窓枠を乗り越えてしまう。


「ルーナッ!!」


白いシフォンのワンピースをまとったルーナの身体が落下するも、危機一髪でリアムが身体を滑り込ませて受け止める。


広い背中で受け止めたからよいものの、直撃していれば大怪我をしていただろう。

危なっかしいルーナにリアムは怒って吠える。


「気をつけろ! その身体はとても脆いのだから!!」

「……旦那様のせいです」

「はっ……?」

「全部旦那様のせいですっ!!」


呼吸を乱しながらルーナはリアムの背中にしがみつく。

驚いたリアムは尻尾を真っ直ぐに伸ばし、ゴロゴロと唸りながら牙をむく。


「もういいだろう!? 降りるんだ」

「いやです。私は旦那様に触れていたいのです」

「なっーー!?」


白い息が熟れた果実の唇から吐き出され、大気に溶け込んでいく。

顔をあげたルーナの瞳には涙がたまっており、リアムの身体をよじ登り、耳元に顔を近づける。


「旦那様が好きです」


うっすらと毛の生えた耳元を食み、頭頂部に唇をおとす。


「出会ったときから旦那様に惹かれておりました。ですが……嫁ごうと決めた理由は違います」


脳裏をよぎるは亡くなった母親だ。

戦争でほとんど王城にいなかった父王。


母親は一番下の姫を産み、そのまま亡くなった。

6人もの姫たちを守れるのはルーナしかいなかった。


心から姫たちのことを愛していたが、時折ルーナは寂しさに泣いた。


ルーナには甘えられる相手がいなかった。

動物と接しているときは心癒されたが、ルーナが甘えるわけではなかった。


「疲れていたのかもしれません。愛することは幸せだったけど、甘える愛だってほしかった」


銀の毛を掴み、握りしめる。


「旦那様を好きになりました。旦那様は強い方なのでしょう。ですが私には抱きしめたい方です」


フェンリル。

魔獣は独立した生き物であり、群れようとはしない。


だが人の姿を真似、生活を学ぶ姿はとてもではないが狼らしくない。

憧憬のまなざしで人里を見る切なげな姿が焼き付いて離れなかった。


生き物として強かろうと、温もりを求めるのは同じなのだと知った。


「旦那様に触れてほしい。だけど旦那様は私に触れようとしない」


この悔しくて悲しい気持ちはもう塞き止めることが出来ない。


「私は旦那様の妻です! そんなに……そんなに女として魅力がありませんか!?」

「ルー……」

「生涯をともにしようと決めました! この命、この魂、旦那様に捧げようと!」


息が荒い。

泣き叫ぶ姿にリアムは首を動かし、口を開いてルーナの足を引っ張った。


地面に落とされたルーナを覆うように巨大な狼が影を作る。


「種族の異なる者との婚姻だぞ」

「覚悟の上です」

「怪物だぞ? お前のようなか弱いものを丸飲みだって出来る」

「旦那様はやさしい方です。触れることに怯えて……私の方が噛みついてしまいそう」

「はっ……、そうだったな」


ぺろりと赤い舌がルーナの唇を舐めた。

左右異なる色の瞳に赤くなったルーナの泣き顔が映る。


「いつまでも抗えるものではないな」

「旦那さ……」


青い炎が渦巻き、空に浮かぶ月をも飲み込む。

銀色の毛並みが髪となり、禍々しい肉食の目をしてリアムはルーナの両頬を包んだ。


唇が重なり、舌を舐め、だんだんと激しく押し合うようになり絡む。

糸をぶつ切りするように唇が離れると、そのまま下降して首を食んだ。


「んっ……!」


肌がビクッと跳ね、鼓動が激しくなる。


「お前がほしい、ルーナ。触れさせろ」

「……はい」


リアムの首に手を伸ばし、交差して引き寄せる。

ぐっと身体を密着させてその気があることを知らせた。


身体を横抱きにされ、洋館の中に入り寝室の扉を開く。

風の入り込む寝室で、古びた木製のベッドに背中をのせる。

軋む音の耳にしながらリアムの銀の尻尾に指を滑らせ、肌に舌を這わせた。


月明かりが差し込む寝室で、人と獣が交わる影が伸びていた。

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