第10話「ENDING2-2・あなただけの楽園」
髪を結いあげていたリボンがほどけ、白金色の髪が波を打つ。
夜に溶け込む烏の濡れ羽色がつくる風に目を閉じた。
それから丘にたつ大樹の下に降りたって、ヴィタは膝をつく。
無理やり生み出した笑みは頬の筋肉をひきつらせていた。
「……ダメだった」
弱々しい弦の震える音。
皮が厚くなるほどに努力した手は引っ掻き跡でいっぱいだ。
「ごめんなさい、ルーク。ごめんなさいっ……!」
さめざめと泣くヴィタの前に膝をつき、ルークはそっと抱きしめる。
耳元に唇を寄せ、吐息混じりにささやいた。
「大丈夫、僕がそばにいる」
関節の浮き出た大きな手で頬を包まれ、ヴィタは唇を固く結ぶ。
「僕はうれしかったよ。君の想いは誰にも貶されてはいけない」
目尻にたまった涙を寄せた唇で掬いとる。
「君ほど純粋で、焦がれるものはない。嫉妬でしかないんだ」
それは熱さに溶ける角砂糖。
「誰も君には敵わない。僕にとって君は愛おしいを超えた存在」
上唇にやわらかな感触があたる。
「泣いてもいいよ。……愛してる。僕は君が欲しくてたまらない」
(あぁ、抗えない。それほどまでに彼の誘惑は甘い)
その美しさに魅了され、地上に踏み入れさせてしまった。
美しいものを彫りたいと願い続けたこの手が作り出したのは……罪深き者。
真っ黒に染まった手を知り、ヴィタは涙を流して目を閉じる。
(ずっと逃げなきゃと思ってたのに、捕まっちゃったんだ)
「あなた、悪魔だったのね」
その言葉に答えはなく、まばゆい暁だけがあった。
唇が重なると同時にヴィタの中で時が止まる。
それは天の使いでありながら地に落ち、這いずる生き方をしていた。
手を汚すことなく、人の心に生まれた影にささやくだけ。
果実から溢れ出す密な味に抗うことはもっとも難しい。
『愛おしい妻よ。地を這いずって、ようやく手に入れた』
無邪気に微笑み、野をかける。
愛情しか知らぬ身をこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。
何度も出会い、何度も別れてきた。
手に入れるためだけにこの声はある。
誘惑に誘惑をかさねて、甘く優しくささやいて。
『私の心臓は君のもの。そして君の心臓もまた、私と繋がった』
薬指の指輪は心臓に直結する。
はじまりの女は傷ついた心を癒す甘い誘惑に墜ちていく。
好きにならずにいれようか。
苦難の果てよりも、目の前の甘い果実がほしい。
「ルーク、愛してます。私の暁」
それは愛の象徴。
よく似た美しき明けの明星。
ーーその女の魂は、永遠に囚われる。
後に語られるは「悪魔に誘惑されし原初の女の物語」。
天の使いとなんら変わらぬ美しさで甘くささやくだけ。
決して生命を奪わず、誘惑だけをもつ。
この手は罪深いか?
人一人殺さぬ柔い手に何を恐れる?
愛情を抱いた相手を手に入れるために、ほんの少し甘さを足しただけ。
はじめて見た時から欲した人間の女。
もう、何度目の誘惑かわからない。
ようやく堕ちてきたと、暁に似た男は艶やかに微笑んだ。
【令嬢ヴィタの魂に甘い誘惑を】(メリーバッド編 完)
令嬢ヴィタの魂に甘い誘惑を〜魂ごと執着する男に愛をささやかれ、溶けていく〜 星名 泉花 @senka_hoshina
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