第9話「ENDING2-1・その者の異名は」
「タイトル『暁』」
ひらりと布が落ちると同時に曇り空が開いて、光が差し込んだ。
太陽の輝きをまとって現れた石像に人々は言葉が出てこない。
それは世界が一変してしまったかのような衝撃だった。
自分たちがこれまで信じてきたものは何だったのかと疑うほどに……尊ぶべきものだった。
「これを女が創ったというのか!?」
「天の御使い……だが、まるで罪を問われている気持ちだ」
人が生み出す境地を超えていると人々は称賛を声をあげる。
周りのざわめきにヴィタは満たされる想いだ。
ヴィタにとって至高の美しさを世の中に出すことが出来た。
想像上でしか存在しなかった天の使いが降臨する。
いや、それさえも超えた圧倒的な美に人々は浮足立つような感覚を味わった。
「あ、ありえない……ありえてたまるか」
優勝候補となっていた男がわななき、じりじりと後退っていく。
ようやく手にした彫刻家としての道を歩いた先に断崖絶壁。
その積み上げたプライドの前に現れるのは日の光に輝くプラチナの髪をした女。
栄光を前に口角をあげるべきは自分だったと、男は盛り上がりの中で沸々と膨れ上がる感情を知る。
途端に目の前が真っ暗になり、冷たい手が背後から迫った。
『女が創ったものが本物と思うか?』
それは耳元でかすめたじっとりと湿る声。
あわてて振り返るとそこには明けの明星が輝いていた。
『神への冒涜と思わないか?』
絶賛の渦の中で男はぽっかりと足元に空いた穴を見下ろす。
身体が重く、あちこちに引っ張られる錯覚に陥った。
『そう、お前の言葉が真実だ。この世に存在してはならない領域がある』
誰にも見えない12の翼をもつ男がささやくは、感情を膨張させる誘惑だ。
「偶像崇拝だ……」
ブツブツと言う男の顔は狂気そのもの。
人をかき分けて男は前へ前へと大股に飛び出していく。
「これは悪魔の像だ! 神を裏切るは最大の罪だ!!」
暁に刺激された男がハンマーを振り上げた。
ーーガアアアアンッ!!
「あ……」
血の気が引いていく。
苦難の果てに生み出したヴィタの人生において最大の作品。
愛してると言ってくれた麗しき者の顔にひびが入る。
手を伸ばすより早く亀裂が広がって、首が折れて崩れていく。
「やめてええええええええっ!!」
ガラガラと音を立て、何度も工具で殴りつけられ、崩壊する。
足元に転がってきた大理石の破片を見て、ヴィタの目が見開かれた。
ーーひゅっ……と、勢いよく酸素が口から吸いこまれ、胸のあたりで止まった。
軋む音が聞こえたかと思えば、あらぬ方向にポキッと折れ曲がる。
一瞬、世界の音がやんだと思えば次の瞬間、大地さえ割りそうな怒声が響き渡った。
それは幻想から現実に戻った観客たちがヴィタを罵るもの。
美の基準さえ歪めてしまうそれは悪魔の仕業だと石が飛ぶ。
そしてヴィタの創った石像を破壊した男は惑わされなかった英雄と称えられる。
色がなくなって、風の音だけが耳元でささやく。
もう二度と、彫刻はできないとヴィタは膝から崩れてしまう。
「こんなの……ひどすぎるわ」
音がやむ。
風の音さえ消えていく。
栄光を手にする男を遠くから眺めるだけで、立ち上がることは出来ない。
傷心から絶望へ。
前だけを見ようと奮闘してきたヴィタの強がりは修復不可能に折れてしまった。
***
「……ヴィタ?」
お祭り騒ぎの品評会が終わり、夜になると昼間の盛り上がりが嘘のように静かな空間となった。
ヴィタ一人残した広場に、帰りを待っていたであろうルークが翼をはためかせ降りてくる。
その翼の数は12。
これまでヴィタが見てきた一対の翼と異なり、ようやくヴィタは顔を上げた。
(あぁ……そういうことね)
いまさら振り払えるものでもなかったと、ヴィタは嘲笑した。
「ルーク。あの丘へ私を連れてって」
光をなくしたヴィタの瞳に、わずかにルークは口を開く。
だが何も言わず、ヴィタの身体を抱き上げて空高く飛び始めた。
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