第3話 土着の信仰

 一族の、そしてこの紺森こんしん集落の最高権力者らしいお祖母様との挨拶も無事完了。母親とはお互いに自己紹介だけを済ませた。芸事だ何だと心配していたのは、まったくの杞憂だった。

 しかし、朋子の中の疑問が膨れ上がっていく。息子の嫁を迎える感じではないのだ。教祖のような祖母、自分にまったく興味がなさそうな母親。朋子自身、結婚の挨拶をするのは当然初めてだが、それでも何かおかしいのだ。


「ほら、ここの神社が面白いんだ。おいで」


 挨拶の後、周辺を案内したいと光宏に言われ、ふたりで集落を散策していた。娯楽施設なんて何も無い山奥だけど、その自然の豊かさや空気の美味しさ、財留橋ざいりゅうばしからの谷の眺めは本当に素晴らしい。そこに光宏の笑顔があると、心の中の疑問はどんどん薄らいでいった。

 ふたりは鳥居をくぐり、森の中の道を進んでいく。そこには立派なおやしろがあった。そこにまつられていたのは――


「み、光宏さん。これって……」

「ふふふっ、立派な御神体だろ?」


 ――大きな石の男根だった。


「あははは、ごめんね。でも、この集落では男根崇拝が土着の信仰としてあってね、子宝のご利益があるって言われているんだ」

「そ、そうなんですか……」

「ほら昔は今と育児の環境も違うから、大人になれなかった子どもも多かったし、性器を崇拝してでも子宝を求めるというのは、そういう時代背景もあってのことだと思うんだよね。だから、男根崇拝の信仰って日本全国に存在するし、女性器を模したものを御神体とする女陰崇拝の信仰もあるよ」

「そうだったんですね」

「都会の人たちから見ると可笑しいかもしれないし、テレビなんかでも笑いのネタになったりするけどさ、実際は本当に真面目な信仰なんだ。だから、あまり奇異な目で見ないでほしいなって思う」

「……ごめんなさい」

「あぁ! 朋子さんを責めているわけじゃないからね! ただ、この集落にはそういう土着の信仰があるってことだけ覚えておいて」

「はい、わかりました! じゃあ、私もたくさんの子宝に恵まれるようにお祈りしておきます」

「それがいいね」


 朋子は御神体に向かって『子宝に恵まれて、幸せな家族が作れますように』と、深く祈りを捧げた。


 お手洗いに行った光宏をお社の前で待っている朋子。そこに鳥居をくぐってひとりの女性がゆっくりとやってきた。痩せこけ、着ている服も微妙に薄汚れている。視線は常に泳いでおり、どこを見ているのか分からない。お参りに来たのかと、参道の端に寄った朋子だったが、朋子の存在に気付くとスッと近づいてきた。


「……逃げて……」


 何事かと恐れる朋子に、女性はボソリとつぶやいた。

 逃げるとはどういう――


「……早く……早く逃げて……」


 女性はお参りもせず、そのまま鳥居の方へふらふらと帰っていった。


「ごめんね、お待たせ!」


 光宏が帰ってきた。

 不安そうに女性を見つめる朋子の様子に気付き、去っていく女性に目を向ける光宏。


「……時間切れだ……」


 光宏がつぶやいた言葉に不穏なものを感じで、慌てて光宏に顔を向けた朋子。


「どうしたの? もう一回お祈りしていく?」

「う、ううん。大丈夫」

「じゃあ、帰ろうか」


 いつもと変わらない光宏。何か釈然としないものを感じながら、ふたりで帰路につく。言葉もなく歩く田舎道。空の青さと緑の美しさとは対極的に、朋子の心は雲がかかり始めていた。


 光宏の家の目前まで帰ってきた時、光宏の家から若い女性が出てきた。お腹が少し大きくなっている妊婦だ。新しい命がお腹に宿ったその女性の顔は、絶望の色に染まっていた。


「み、光宏さんのお知り合い?」

「…………一応な。小さな集落だから、みんな知ってるよ」


 光宏と朋子には一瞥もくれずに、その横をふらふらと通り過ぎていく女性。


「……なんで……なんでなの……また……どうして……」


 女性の独り言を耳にした朋子。何かあったに違いないと、声をかけようとするが、その肩を光宏が掴む。光宏は首を左右に振った。


「朋子さん、今夜は近所の方が郷土の芸を見せてくれるから、楽しみにしててね」


 笑顔の光宏。しかし、朋子の視界には絶望に満ちた表情で離れていく女性の背中も映っていた。

 何かがおかしい。朋子のその思いは、徐々に確信へと変わっていった。



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