第2話 結婚の挨拶

 紺森こんしん集落。戦国時代から存在する歴史ある集落だが、現在は十数軒程の家が残るのみの限界集落だ。電気は通っているものの、水道は自前の浄水場を運用。山間部ということもあり、いまだに携帯電話の電波は届かない。


 財留橋から車で走ること五分。そんな紺森こんしん集落の中でも白壁に囲まれた一際大きな和風の邸宅。それが光宏の実家である。

 門の前に止められた車から降りた朋子は、その大きく威厳を感じる佇まいの家に唖然とした。


「ず、随分と大きな家ですね……」

「ふふふっ、ようこそ我が実家へ。さぁ、行こう」


 笑顔の光宏に手を引かれて、家の敷地へと入っていく朋子。


 ガラガラガラ


 玄関の引き戸を開けると、ひとりの女性が正座をして待っていた。そのまま頭を下げる女性。


「光宏さん、お帰りなさいませ」

「母さん、ただいま」


 息子を三つ指ついて迎える母親。その光景に驚き、何の声も出せない朋子。

 母親は朋子に目を向けたが、その顔は完全に無表情だった。


「お祖母様は」

「起きておいでです。光宏さんとそちらの……」

「さ、斉藤朋子と申します……」

「朋子さんね。お祖母様がお待ちです。こちらへ」


 ろくな挨拶もできず、光宏とその母親に連れられて家の中へ。家の中は薄暗く、その広さはまるで迷路のようだ。

 そして、純白のふすまの前でひざまずく母親。


「お祖母様、光宏が帰ってまいりました」

「……お入り」


 母親は音を立てずに、ふすまをゆっくりと開いた。その所作の美しさは、何らかの芸事を極めているような、そんな雰囲気を感じさせる。


「失礼します」

「失礼します……」


 部屋は十畳程度の広さだろうか。部屋の奥に白装束に身を包んだひとりのシワだらけの老婆が紫色の座布団に座っている。その周りの壁には、丸い大きな金属の鏡が飾られていたり、筆で何か文字らしきものが書かれている長い紙が何枚もたくさん貼り付けられていた。また部屋の四隅には、赤い座布団の上にしめ縄が掛けられた大きな石が置かれている。土着の宗教だろうか。朋子には分からない。


「お座り」


 老婆の言葉に、部屋の中央あたりで正座する光宏と朋子。


「お祖母様、只今戻りました」

「ご苦労だったね」


 ちらりと朋子に視線を向ける老婆。


「このかい、お前が見初めた女は」

「はい」


 突然『女』呼ばわりされて内心イラッとした朋子。


「あんた、子どもは好きかい」


 老婆からの突然の問いに一瞬焦る。


「は、はい! たくさん産んで幸せな家庭を築きたいです!」


 ニヤリと笑う老婆。


「あんたの望みは叶うだろうよ。光宏、いいを見つけてきたね」

「はい、ありがとうございます」

「式はいつなんだい」

「はい、タイミング的には明日、もしくは明後日が良いかと」


 光宏の言葉に驚く朋子。まだいつ籍を入れるかも決めていないし、将来のことも何も決めていないのに、いきなり式とは、あまりにも急ぎすぎではないかと。

 そんな朋子の不安感を溶かすように、柔らかな笑顔を向ける光宏。


「大丈夫だよ。全部僕に任せて」

「……わかりました。光宏さんを信じます」


 朋子は光宏に軽く頷いた。


「準備は出来てるのかい」

「はい、滞りなく。すでに手配は済んでおります」


 老婆の問いにスッと答える光宏。いつそんな準備をしていたのか、何も聞かされていなかった朋子は、光宏に対する微妙な疑問が生じてきていた。

 しかし、それも『家族』が持てる喜びに塗り潰され、『きっとサプライズだったのだろう』と無理やり思うことにした。



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