財留橋 ZAIRYU-BASHI
下東 良雄
第1話 集落への帰郷
車のフロントウィンドウに映る青い空と青々とした山々。生い茂った木々の緑が後方へと流れていく――
助手席に座る朋子は二十代後半、肩まで伸びた黒髪に、淡いパステルブルーのワンピース姿で少し落ち着いた感じのファッション。車を運転している
高速を降り、一時間近く走ったと思ったら、今度はくねくねとした山道を一時間以上走り続けている。一応道路は舗装されているし、朋子は車酔いしないので問題はないが、話に聞いていた以上の田舎ぶりに少し驚いている。
「もうすぐ集落に着くからね」
光宏が優しい微笑みとともに朋子へ声をかけた。
自分を気遣ってくれるその表情と言葉が嬉しい朋子。会社の同僚に無理やり連れて行かれたコンパで出会ってから半年。いまだにプラトニックなお付き合いだが、そんな真面目な姿勢にも惹かれ、光宏のプロポーズを受けることにしたのだ。両親が早くに亡くなり、天涯孤独だった朋子は本当に嬉しかった。
『私にも家族ができるんだ。私がお母さんになるんだ』
どれだけ望んでも、それだけ手を伸ばしても手に入れることができなかった『家族』。そんな『家族』ができる。しかも自分が『お母さん』になれる。夢の実現を目の前にして、朋子の心は弾んだ。
「光宏さん、ありがとう。大丈夫よ」
「それなら良かった」
「でも、光宏さんのご両親に嫌われたりしないかしら……」
「あははは、大丈夫だよ。電話で話をしたときも普通だっただろ?」
「私、芸事とか何もできないし……」
「全然問題ないよ。朋子の魅力は僕がよく分かってるし、朋子の価値もこれから母さんたちに理解してもらえばいいことだからね」
「うん……私、頑張るよ!」
「その意気、その意気! あっ、
車のスピードが歩く位の速度まで落ちていく。光宏が指差すフロントウィンドウの向こう側に、とても立派な石造りの橋があった。長さ百メートル以上はありそうだ。
「集落に続く唯一の橋でね、集落に財を留めておくっていう意味を込めて『
「うん、ステキね!」
サイドウィンドウから橋の向こうに視線を向けると、結構な深さの谷にかかった橋であることがわかった。中々の絶景である。
朋子が視線を前に戻すと、何人かの若い女性が佇んでいた。ファッションが少し古いような気がして、観光客ではなさそうだ。こういう集落に住んでいると、あまり格好にも気を使わなくなるのだろうか。
女性たちは、皆揃ってこちらを凝視している。
「光宏さん、皆さんはお知り合い?」
「えっ? 誰のこと?」
「誰って、ほら……」
朋子が視線を前に戻すと、女性たちの姿はなかった。
不思議に思った朋子だったが、眼の前に気になる光景があり、そちらに意識が行ってしまった。
橋の出口に遮断器が降ろされていたのだ。鉄道の踏切で見かけるような黄色と黒の遮断器だ。
プップッ
光宏がクラクションを鳴らすと、橋のたもとに建てられた小屋から警察官と思われる男性が出てきた。
サイドウィンドウを開ける光宏。
「駐在さん、戻りました」
「おぉ、光宏か。お帰り、お帰り」
車の中を覗き込む警察官。
朋子は笑顔で頭をぺこりと下げた。
「おぉ〜、可愛い
「ウチに嫁ぐことになる朋子さんです」
「朋子さん、色々お世話になることが多いと思うので、よろしくね」
クスリと笑う朋子。
「逆ですよ。お世話になるのはこちらの方です」
「……あぁ〜、そうか、そうか。ごめんね〜」
三人は笑いあった。
「今開けるから、ちょっと待っててね」
警察官が小屋に戻って、すぐに遮断機は開いた。
光宏さんはプッとクラクションを鳴らして、そのまま走り出す。
遠ざかる財留橋に、ふと後ろを振り向いた朋子。
リアウインドウには、橋の上でこちらを凝視しながら佇む数人の若い女性の姿がまたあった。先程は、その視線に憎しみのようなものを感じたが、今は憐れんでいるような、悲しんでいるような、そんな視線だ。その意図が分からない朋子。きっとこの集落の女性だろうから、滞在中に仲良くなれるといいなと、そんな風に思いながら集落へと入っていった。
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