第4話 罪深き者たち

 ――翌朝


「ちょっと散歩してきますね」

「うん、いってらっしゃい」


 光宏の家に泊まらせてもらった。光宏と同じ部屋だったが、特に何があったわけでもない。前日の長時間の移動の疲れで、朝までぐっすりと眠ってしまった。

 何となく家の中でじっとしているのが嫌で、散歩することにした朋子。この選択は正解だったようだ。山奥での緑薫る朝の爽やかな空気は、どんなご馳走よりも美味しかった。

 そんな透明な空気を吸いながら朋子は考える。何かおかしいのだが、何がおかしいのかが分からない。漠然とした疑問と不安感。もう『家族』への思いをもってしても拭えなくなっていた。


 集落を散歩する朋子の視界に、昨日渡ってきた財留橋ざいりゅうばしが入る。あの谷の絶景を眺めようと、橋に近づいていく朋子。


「あれ?」


 橋に何かがふたつ吊り下がっている。

 さらに近づいていく朋子。


「えっ、人間!?」


 吊り下がっていたのは、昨日神社で会った女性と、光宏の家から出てきた妊婦だった。縄で首を吊っている。

 橋から深い谷に向かって首を吊っているのも異常だが、もうひとつ異常な点があった。ふたりは赤ちゃんのよだれかけのような白い布を首からかけていた。神社で会った女性の布には大きく『石』と、妊婦の布には大きく『腹』と筆で書かれている。まるで晒し者にするかのように。


 さらに異常なのは、ふたりの女性が首を吊っている橋のたもとで、駐在の警察官があくびをしていたことである。


「駐在さん!」


 駆け寄る朋子に、笑顔で敬礼する警察官。


「朋子さん……でしたよね。おはようございます!」

「それどころじゃないです! 橋に……橋に……!」

「財留橋がどうされました?」

「女性がふたり、首を吊っています!」


 朋子の訴えに、きょとんとする警察官。

 警察官の口の端がふと上がった。


「あー、そういうことですね。それは大変です! すぐに本官が対応しますので、大丈夫ですよ!」


 なぜこの警察官は笑顔を浮かべてられるのか。

 パニックを起こす寸前の朋子。


「朋子!」


 後ろから光宏の声がした。振り向いた朋子の瞳に駆け寄ってくる光宏が映る。

 安心した朋子は、緊張感から解放されてその場に倒れた。

 薄らいでいく意識の中で、光宏と警察官の会話が聞こえる。


「光宏さん、急ごう」

「わかってる。今夜頼む」

「芸を持っていればいいが……」

「ふたり潰したんだ。何としても――」



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