5 祭りについて(1)




 大陸南東部に位置する、"ロカの町"――そこはこんなご時世にもかかわらず、いや、むしろこんなご時世ゆえなのか、多くの人々で賑わっていた。


 東の都"アナトリー"から続くスクエアレーンは運行していなかったが、南からのものや他の支線から来たのだろう、大陸鉄道の駅も人で溢れ、馬車や人力車の停留所も空きがないほどに混雑していた。

 乗客を降ろしたらすぐに出発しスペースを空ける必要がある程の状況で、ここまで"姫"と"黒衣"を乗せたクマっぽい半獣人のおじさんは、二人を下ろし料金を受け取ると、新しい客を拾うこともなくすぐに出立していった。


「なんか、こう……思ったより『町!』て感じがするっすねー」


「……?」


「人がいるからっすかねえ。お祭りだから?」


 人混みのない方を選びながら、"黒衣"は"姫"を乗せた車椅子を押して進んでいた。


「"お祭り!" ていうから、もっと村っぽいのを想像してたっす」


 "黒衣"の偏見イメージは知れないが、"姫"にとってその風景は変わらずモノクロで、雑然かつ整然とした線と図形で成り立っている。

 ただ、そこには確かに人がいて、暮らしがあって、人々が息づいていることを、あちらこちらから飛び交うその声で、風に乗って大通りを流れるその匂いで、そして集団という"かたまり"が持つ質量、それがもたらす存在感とその振動で感じ取っていた。

 目を閉じると、よりいっそうその気配が伝わり、"姫"の脳裏にその光景をつくりだす。


 そうして"姫"が思い描く光景と、"黒衣"の目に映る、実在する景色との差異はお互いに知れないが――


 三方向に鉄路を伸ばすトレーンの停車駅を中心に、馬車や人力車、"四輪駆動"など、その他さまざまな移動手段が集っている停留所が一帯を占め、それらを囲うように旅行者向けの露店や宿などの建物が軒を連ねている。

 その向こうには居住区や地元住民のための商店街が広がっており、そうした人工物の合間を縫うようにしていくつかの路地が形成されている。

 鉄路を挟むように家屋が建っていたり、鉄路を中央に据えた大通りがあったりと、駅を中心にしたエリアは概ねどの町も似たような様相だ。


 建築物はほとんどが石造り、新しいものでコンクリート造のものがあるが、駅から離れた郊外――いや、駅に由来しない、この町本来の居住区画の建物は、古くは木造や木組み、煉瓦造りと多種多様の家屋が並び、より"黒衣"がイメージしていた「田舎」に近い風景となっている。

 田畑が広がり、水源と、"世界樹"ほどでないにしろ周囲の建造物から頭一つ飛びぬけた大樹が見える。地面の様子も整備され舗装された駅近郊と違い、雑草がそのままに、より自然の原風景に近い状態のようだ。


 そして、今回の旅の目的である"お祭り"の舞台もまた、その駅郊外の地域なのである。


 駅からそちらまでを貫く、大きな通り――人でごった返し、個人向けの人力車も往来するそのメインストリートの端の方に移動して、"黒衣"は目的地に目を凝らす。


「まあまあの小都市っぶりっす。……うん? というか、さっきのって――」


「……何」


 人の流れに流されるまま進んできてしまい、引き返して確認するのも困難になったのだが、


「なんか、見覚えのある"四輪駆動"が。まさか『収蔵室』の連中も来てるんすかね」


「…………」


 まあ、わざわざ戻って確かめようとも思わないのだが、いちおう頭の隅に留めておこう。二人は暗黙のうちにそう納得した。


「連中のことはさておき、まずは――」


 宿の確保、と"姫"は思ったものの、


「商隊の子に聞いた、料理の美味いお店でお昼といきましょうっす」


「…………」


 まだ食べるのか、とも思ったが、"姫"は口には出さない。


「そこでいい感じの宿を探すっす。地元の人に聞けば、何かいい感じに情報も集まると思うっす」


「……うん」


 目的は、ただの観光ではない。このご時世に、十二年に一度行われる祭りの催し。賢い大人が聞けば「藁にも縋るような話だ」と一笑に付すかもしれない、古い時代の伝承。その真偽を確かめ、調査するためにやってきたのだ。


「じゃあ、そうと決まれば……」


 "黒衣"は背負っていたリュックを前に持ってくると、車椅子の前に回って、"姫"に背中を向けて身を屈めた。


「…………」


「ちょっとこの人混みを突っ切るのは難しいっすから、背負ってダッシュするっす」


 そういう話なら、仕方ない。

 "姫"は大人しく"黒衣"の背に負ぶさり、"黒衣"は車椅子を折り畳んで小脇に抱えた。完全に両手が塞がっているため、商人からもらった手書きの地図は"姫"が持って、"黒衣"を案内して町を進んだ。風景がシンプルに見えるぶん、"姫"が道に迷うということはほとんどない。


 そうして通りに沿って進み、辿り着いたのは駅からだいぶ離れたところにある商店街の一角。地元住民向けの食事処だ。

 石造りの二階建てで、上は住居なのかベランダに洗濯物が干され、一階は扉や壁もなくオープンになっていて、そのまま接客スペースになっているのかテーブルや客席が並んでいる。テーブルはほとんど埋まっていたものの、


「あなたは、"漆黒の踊り子ダンサーインザダーク"! 相席でよければどうぞこちらに! ぜひいろいろとお話を聞かせていただきたく!」


「あ、役人のにーちゃん」


 奇遇にも、この店を紹介してくれた行商人の親子がそこにいて、席を空けてもらうことが出来た。椅子を一つどけて、車椅子を準備して"姫"を下ろすと、そこで"黒衣"はようやく一息。


「ご注文、何にしますか?」


 接客にやってきたのは、まだ年端も行かない女の子だ。商人の子どもと同い年くらいだろうか、背丈は近い。"黒衣"の見た目にも驚かず、おそれることなく注文をとる。


「じゃあ、この……いちばん高い――方ではなく、そこそこの値段のやつで。『スーパー魚定食』」


「そこそこでもおいしいですよ!」


 いちばん高いメニューも名前からしてそそられたのだが、生憎とそのような贅沢は許されていない。しかし店員の少女の笑顔に癒されたのでこれでも良しとする。


「お姉さんはどうしますか?」


「……わたしは、いい」


「あ、はい! じゃあ『スーパー魚定食』一名様! お母さーん!」


 てってって、と少女は店の奥に小走りに駆けていった。


「平和っすねえ……、」


 と、ほんわかする"黒衣"だったが、去っていく少女の背を追いかける、少年の視線とその表情が目に留まる。大人びた少年なのは知っていたが、そこには子どもらしからぬ気難しい顔があったのだ。


「お二人は、やっぱり"祭り"に?」


 少年の父に声をかけられ、"黒衣"は少年に話しかけるタイミングを失った。


「そうっすねー。そういえばさっき聞きそびれたんすけど、ここでの"お祭り"ってどんな感じのやつなんすか? 由来とか……」


「そうですね……順に説明すると、大昔、ここの町の名前の由来にもなってる"ロカ湖"が干上がったそうです。……まあ、そこはさすがに誇張だと思いますけどね、しかし昨今の情勢を思うとあながちそうとも言い切れないところですが――」


 さすが、各地を旅する行商人。ともすれば地元民からよりも詳しく"祭り"の詳細が聞き出せるかもしれない。


「ともあれ、その湖の水が復活することを願って、村……あ、昔は村だったんですよ。その村の人たち、今のこの町の住人の祖先ですね、彼らは、自分たちの"いちばん大事なもの"を捧げて、神に祈ったのだそうです」


「……それで、奇跡が起こった感じっすか?」


「そうなんですよ。湖に宝ものを投げ入れると、たちまち湖が元通りに――それがきっかけで、年に一度、この町では湖に宝物ほうもつを捧げる祭りが行われるようになったんです。……まあね、さすがにそうすぐに水位が回復するとは思えませんけどね、でもこういう伝承が今に伝わるからには、何かしら理由があったのだと思いますよ。たとえば、水位の低下が収まるような……」


 年に一度この時期を訪れるためか町の事情に詳しく、また、各地を転々としているため客観的にものを見ることが出来る現実的な目線も持ち合わせつつ、伝承やその由来にも一定の理解を示して独自の解釈も有している。まさに話を聞くのにちょうど良い相手に巡り合えたといえるだろう。


 "黒衣"は訊ねる。


「じゃあ、十二年に一度の催しというのは?」


「祭り自体は年に一度行われているんですが、それをもっと大きく、大々的にしたものですね。"年一"の方は、そのためにつくられた工芸品なんかを捧げる小規模なものなんですが、今年のはもっと壮大で、『宝ものを捧げると願いごとが叶う』なんて噂も広がってましてね、各地からいろいろな美術品なんかが集まってるんです」


「ほう。それでこうも賑わってるんすねえ。……美術品。道理で『収蔵室』が……」


「そうそう、"催し"っていうのは、そういう噂や、噂につられてきた人たちにはちょっと物足りなく見えるかもしれませんけど――」


 商人があまりに話し上手で、このままお金がとられるのではないかという間があったかと思えば、


「わたしが主役なんですよ! ご注文、お待たせしましたー!」


 料理を運んできた少女が、可憐な笑みを浮かべてみせた。



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Train to rain ~雨、蒸気、重力、グラン・トレーンの車窓より~ 人生 @hitoiki

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