赤い地下の少女

黄金かむい

赤い地下の少女

 瀬戸内海に浮かぶ小豆島(しょうどしま)の東南に位置する坂手(さかて)港は、小豆島と神戸を結ぶジャンボフェリーの発着港であった。


 母・のぞみは、帰りたくないとぐずる二人の息子・将大(まさひろ)と弟の暁(あきら)の世話に手一杯だった。


 彼らは夏休みを利用して里帰りをしていた。今回の滞在は三週間とかなり長いものになっていた。


 その間に二人の息子たちはすっかり島の暮らしになじみ、東京へは帰りたくないと言い出す始末だった。


 実家に別れをつげ、港へと向かう車内でまず兄の将大(まさひろ)がぐずりはじめ、次いで弟の暁(あきら)が鼻水を垂らしながら泣き始めた。


 のぞみは二人を必死にあやしたが、二人はいっこうに泣き止まず、しまいにはのぞみも泣きたくなるほど疲れ果ててしまった。


 港に着くと、のぞみはまわりの迷惑にならないようにいま一度奮起して二人を泣き止ませようとした。


 しかし、二人はいったん泣き止んでも数分後にはまた泣き出し、のぞみを疲れさせた。


 やがて港にジャンボフェリー・りつりん2がドッグに侵入してきた。


 りつりん2は定員283名の五階建て大型フェリーで、チェアタイプの席に座敷タイプの席に分かれており、さらに個室やシャワーブースを完備していた。


 その迫力は相当のもので、現に二人の息子はフェリーを見るなりぴたっと泣き止み、涙できらきら光る目をさらに輝かせていた。


 お盆明けの繁忙期であったので、フェリーにはたくさんの乗客が乗り込んでいた。


 のぞみは二人を座敷タイプの席に連れて行ったが、ほとんどのスペースは人で埋まっていて、人が隙間なく並んで寝転がっていた。


 のぞみはなんとか三人分のスペースを確保し、ほっと一息つこうとしたが、今度は息子たちが船内を探検したいと言い出した。


 のぞみは疲れていたので「無理」ときっぱり言い渡し、横になるなりすぐに寝てしまった。


 しばらくしてのぞみが目を覚ますと二人の息子の姿がなかった。


 のぞみの背筋に冷たいものが走った。


 のぞみは荷物から財布やスマートフォンなどの貴重品を取り出し、靴を履いて座敷をあとにした。


 幸い、二人はすぐに見つかった。


二人は四階のゲームコーナーで待機状態のスロットの演出を眺めていた。


 のぞみが二人に近づくと、二人はのぞみに駆け寄ってきた。


「あたたたたたぁ」


「ほくとのけん」


 二人が見ていたのは北斗の拳の筐体(きょうたい)だった。


 のぞみが二人を連れて座敷に帰ろうとした時、


 「まもなく明石海峡大橋です。お手すきの方は五階展望デッキにお集まりください」


というアナウンスが流れた。


 まもなく明石海峡大橋ということは、フェリーが坂手港を出発してからおおよそ三時間経っていることになる。


 のぞみはずいぶん長く寝てしまったな、と自分を反省した。


 のぞみはせっかくなので息子たちを連れて展望デッキに向かった。


 展望デッキには人工芝が敷かれていて、たくさんの乗客が集まっていた。


 フェリーの進行方向には、神戸と淡路島をむすぶ雄大な明石海峡大橋が広がっていた。


 フェリーはやや速い速度で、橋を渡る自動車がはっきりと見えるまで近づいた。


 やがてフェリーは明石海峡大橋の真下に到達した。


 この大きさの橋を下から眺めるのはなかなかの迫力だった。


 乗客は次々にスマホのカメラを構えて写真を撮っていた。


 まもなくフェリーは明石海峡大橋を通過し、橋は後方へと離れていった。


 のぞみは息子たちの後ろに橋が位置するように二人を立たせ、記念の写真を撮った。


 明石海峡大橋を通過すると、神戸港まではおよそ三十分だった。


 この間は特にトラブルもなく、のぞみは二人に先ほど撮った写真を見せたりして時間を過ごした。


 小豆島の坂手港を13:30に出発しておよそ三時間半後の16:50にフェリーは無事神戸港に到着した。


 神戸から東京までは節約のため夜行バスを利用することにしていた。


 バスは22:30に神戸駅周辺のバス停から出発する予定になっていた。


 のぞみはそれまでの時間をカラオケでつぶすことに決めていた。カラオケはのぞみも息子たちも好きだった。


 神戸周辺では『ジャンカラ』というカラオケチェーンが展開していた。のぞみは二人をジャンカラJR神戸駅店に連れていった。


 予約していたフリータイムの部屋に入りドリンクバーで飲み物を取ったあと、さっそくデンモクでSuperflyの『Beautiful』を入れた。


 カラオケの一発目はこれと決めているのだ。


 息子たちはアニメ『イナズマイレブン』のオープニングテーマ『立ち上がリーヨ』などを歌った。


 お腹が空いてくると、フロントにポテトフライやフライドチキンを注文した。


 今回は息子たちをねぎらってチョコレートケーキも注文した。


 息子たちはあっという間にポテトフライを平らげ、二皿目を注文することになった。



 22:00までおよそ四時間半カラオケを楽しんだのち、のぞみと息子たちは高速バスの発着所に向かうため、神戸市内の地下道を歩いていた。


 地下道は明かりが控えめで、夏場なのでかなり湿気がこもっていた。


 地下道を進み、まもなく出口の階段に差しかかるころ、唐突に弟の暁(あきら)が前方の行き止まりを指さした。


 行き止まりには水色の扉があった。暁は扉をずっと指さしていた。


 のぞみは不安がったが、バスの時間が近いこともあり、暁の手を引っぱって階段を上ろうとした。


 しかし暁はその場から動こうとしなかった。


 しばらく二人の格闘が続いた後、唐突に暁は扉に興味をなくし、のぞみに手を引かれるまま階段に移動し始めた。


 のぞみは何だったのかと首をかしげた。


 階段を上っているうち、兄の将大(まさひろ)が暁に話を聞くことに成功した。曰く、


 「とびらの前に赤いふくをきた女の子がいた。


 女の子はそこでくるくると回っていた。


 ぼくからは女の子のかおは見えなかった。


 そしたらとびらがあいて、だれかの手が出てきた。


 女の子はその手をとって、とびらの中に入っていった」


という話だった。


 のぞみはいっそう不安になった。


 のぞみにはそのような女の子は見えなかったからだ。


 幽霊の類だったらどうしよう。のぞみは怖い話が苦手だった。


 階段を上ると、そこは緑に囲まれた公園の端っこだった。


 外はすっかり暗く、公園のまわりの街灯は一部が壊れてつかなくなっており、辺りは物がよく見えないほど暗かった。


 そのとき暁が再び何かを指さした。それは公園の端に立っていた石碑だった。


しかもその方角は、地下の扉があった方向と一致していた。


 のぞみは石碑に近づいた。スマホのライトをつけて石碑にかざし、そこにかかれた文字を読み取った。


 瞬間、のぞみに衝撃が走った。


 石碑にはこう書かれていた。




 『阪神・淡路大震災 慰霊碑』



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