おじいちゃんの写真館(思い出・SS)

源公子

第1話 おじいちゃんの写真館(思い出・SS)

 おじいちゃんが死んだ。おじいちゃんは、お母さんのお父さんだ。


 一年前におばあちゃんが死んだ時は、病院でみんなで見てる時死んだけど、

 たった一人で、おじいちゃんは住んでた写真館で死んでいた。

 血圧が高かったんだって。


 この古い写真館は、おばあちゃんのお父さんのものだった。

 おじいちゃんは、婿養子だ。

    

 今は、みんな携帯で写真を撮るから、人生の節目の記念に写真を撮りに来る人はいなくなって、だいぶ前から写真館は開店休業だった。

 だから、おじいちゃんは庭の花と一緒におばあちゃんばかり撮っていた。


 おばあちゃんが死んだ時、お母さんが、

「一緒に住みましょう」って言ったけど、


「一年だけ待ってくれ。思い出の庭を片付けてから行きたい」

 とおじいちゃんは言った。


 だから僕たちは一年待って、きのう迎えに行った。

 でも遅かった。

 僕、おじいちゃんと暮らすの楽しみだったのにな。


 お父さんは「おじいちゃんは、ここを出て行きたくなかったんだな」と言った。

 庭は、綺麗に片付いて何もなくなっていた。


 写真館のウインドウには古いおかあさんの赤ちゃんの時の写真、七五三、成人式、結婚写真、赤ちゃんの僕を抱いたお母さんの写真が飾ってあった。

 僕のランドセルを背負った写真と、おばあちゃんの遺影だけが新しくて悲しかった。


 お母さんはおじいちゃんのアルバムから、柩に入れて一緒に燃やす写真を選んでいる。おばあちゃんの時もやっぱりおじいちゃんが柩のそばで選んでた。


「おばあちゃんの写真と、親戚と撮った集合写真しか出てこないの。

 お父さんったらいつも撮る方ばかりだったから」

 そう言ってお母さんは泣いていた。



「おじいちゃんのメガネも入れちゃうの?」

「うん。鼈甲のいい物だけど、古いし、もう誰も欲しがらないから」


 ドキドキした。

 僕はおじいちゃんのメガネを、おじいちゃんが顔を洗ってる隙に一度だけ触ったことがある。 

   

 おばあちゃんの編み物の時のメガネは、老眼レンズで、物が大きく見える。

 お父さんのメガネは近眼レンズで、物が小さく見える。


 でもおじいちゃんのメガネは、うんと昔の遠近両用レンズで、砂時計みたいな形に世界がグニョンって曲がるんだ。


 どんなふうに見えるのかと思って、かけてみようとしたら

「こら、これはおじいちゃんのダイジだ。おばあちゃんのお父さんから、もらったんだぞ」と言って取りあげられた。


 明日燃やされたら、もう掛けられない。

 僕は柩の中のおじいちゃんを覗くふりをして、おじいちゃんのメガネをとると、

 廊下に出て皮のケースから出した。


 やっぱり砂時計みたいに世界が歪む、僕は思い切ってかけてみた。

 途端に世界が激しく揺れて、僕は尻餅をついた。


 ◇


「だめだよ、たっくん。笑って笑って、イチ、ニーッ」

 ハサミのチョキを出して、僕を笑わせようとおじいちゃんは一生懸命だったけど、

 僕は初めての写真撮影に緊張して、全然笑えない。

 後ろでおばあちゃんが笑ってた。


 おじいちゃんの撮る写真の中で、おばあちゃんはいつも笑っている。

 庭の花の前で、僕が生まれた病院で、お母さんの結婚式で、成人式で、お母さんの背丈を測る廊下の柱の前で、 ランドセルの入学式で、お母さんが生まれた産院で、おばあちゃんは笑う。


 おじいちゃんは写真館に弟子入りして、おばあちゃんと結婚した。

 その前はおじいちゃんは高校野球のエースで、おばあちゃんは野球部のマネージャー。マドンナって奴だ。

 おじいちゃんが肩を壊して止めるまでは。


 高校、中学、おばあちゃんはいつもおじいちゃんを笑顔で応援してた。

 手を繋いで学校に通った小学校の時から。


 入学式の前の日、ランドセルのおじいちゃんが、おばあちゃんのお父さん(僕のひいおじいちゃん)に写真を撮ってもらってる。

 僕と同じでガチガチだ。後ろでおばあちゃんが笑ってる。

「ほら、笑って。イチ、ニーッ」



 ◇



「たっくん、こんなとこで寝ちゃダメでしょ。

あら、おじいちゃんのメガネ勝手に掛けて。おまけに逆さまじゃない」


 逆さま? だから時間が逆回しだったのか。

 お母さんが背丈を測った柱に寄りかかって僕は夢を見ていたのだ。


「アレ、それ僕?」

「違うの、おじいちゃんの子供の頃のよ。そっくりなんだもの、血って凄いわね」


 お母さんの手に持つセピア色の写真の中、

 ランドセルを背負った、僕とそっくりの緊張した顔のおじいちゃんがいた。 



   

 おじいちゃんは火葬場で燃やされて、煙になって天に昇っていった。


 天国は花がいっぱい咲いてるらしい。

 きっと花畑の中で笑うおばあちゃんを写真に撮ってると思う。



      公募ガイド/小説どうでしょう7回2022年2月投稿(お題・写真)




    





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おじいちゃんの写真館(思い出・SS) 源公子 @kim-heki13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ