#4 ホントウノコト・2nd loop


 目を覚ますと、少女の部屋。

 すべすべつるつるの足。ふわふわのパジャマに包まれたぺたんこの胸。ミディアムボブのさらさらな髪はきれいな茶色。

 部屋の隅に置いてある大きな鏡に映った姿に、僕は理解する。

 僕はまた、なずなちゃんの中に入ったのだ。

 さあ、何をすればいい?

 辺りを見回す。日が昇りきってない早朝の空気。ベッドサイドの目覚まし時計は朝六時を指していた。

 思わず伸びをしつつ、状況を把握する。


 時間が飛んだ。

「どうしたの? なずなちゃん」

「セリカちゃんは大人びてていいなーって」

 そんな言い訳が自然に出た通学路。

 一瞬の違和感とともに、けれど朝にやるべきことは全部やったのだという実感が不思議と存在している。

 ――ゲーム内で描写されていないから飛ばされたんだと解釈した。

「なずなちゃんだってかわいいよ。ちっちゃくて女の子っぽくてっ」

「えへへ、ありがと!」

 あざとい仕草で返す僕は、彼女にはどう映っているのだろうか。

 そんな思考をするうちに、時間は次々飛んで行く。


「ね、ね。なーずなっ」

「わっ」

 お姉ちゃん、ことすずなさんに僕は。

「……本当にお姉ちゃん?」

 疑う。

 そんな僕に、彼女は「なずなってけっこうしつれいだね……」と苦笑いする。

「いまパソコンゲーム作ってたんだけど、遊んでみてよ!」

「えー」

 また、スペースインベーダーみたいなものがパソコンの画面に映し出されていて。

「これ飽きたー」

 と口にする僕に、すずなさんは「えー。これけっこーくふうしたのにー。あれがこーしてうんぬんかんぬん――」とオタク特有の早口でまくし立てる。

 やれやれ、と僕はため息。

「遊び行ってくる!」

 デスクの椅子をぴょこんと飛び出して、スマホで友達にラインを飛ばす。「あっ、ちょ……」と手を伸ばすお姉ちゃんを部屋に残したままで。

 午後四時半、そろそろ日が沈みだすころ。僕は家を飛び出した。


 ――あれ? 僕はなんでこんなことをしているのだろう。早く、「私」が死んだ理由を探らなければいけないのに――。


 公園の前。目をしばたかせる僕。道路越し、セリカが駆けてくる。

「待っ――」

 クラクションの音がした。

 大型のトラックが、高速で走ってきていた。

 ごうごうと音を立てるその金属塊。「セリカちゃん!!」叫ぶ僕。目の前の少女は驚いて立ち止まる。――道路の真ん中で。

 住宅街。響くクラクション。どうしよう。フリーズする思考。

 助けなきゃ。

 助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ―――――――。


「ね、ね。なーずな」


 背後からの声に、一瞬、動き出しが遅れた。

 衝撃音。悲鳴。悲鳴。悲鳴――。

「セリカちゃ――」

「だめだよぉ。――もっと、わたしをみてよ。なずな」

 耳鳴りがする。

 アスファルトとゴムが擦れて焦げた臭いとともに、鉄の――血の臭いが鼻腔を刺激する。

 僕は茫然と、目の前の「事実」を目の当たりにした。

 死んだ。僕のせいで、セリカちゃんが――死んだ。僕のせいで。僕の代わりに。死んだ。死んだ。死んじゃった。

「どうしたの、なずな」

 優し気に、しかしどこか冷酷さを秘めた声で告げる、後ろの声。

「どうしたの。わたしをみてよ。もっともっともっと」

「――っ」

 お望み通り見てやる。

 バっと振り返ると、そこにいたのは。


「やっと、みてくれた」

 手を後ろで組んだ、すずなさんだった。


 なんだ、お姉ちゃんか。

 ほっとしたのもつかの間。

「……なんでここにいるの?」

「そんなこと、どうだっていいじゃない。かえろうよ、なずな」

「なんで……目の前で人が死んでるんだよ?」

「それもどうでもいいよ」

「どうでもよくなんて――」

「かえろう? ね、ねっ」

 まるで幼い子供のように、彼女は貼り付けたような微笑みで僕の手を引く。


 翌日、夜。

 僕はすずなさんに呼ばれた。

 こんこん、と控えめなノックの音。僕が立てたそれに、「はいって」と呼応する声。

「なぁに、お姉ちゃん。言っとくけど、あのインベーダーゲームなら……」

「ちがう」

「……じゃあ」

 なに、と尋ねようとしたところで、彼女は僕を見つめ――いや、睨みつけて告げる。

「なんで、ほかのおんなとあそぼうとしたの」

「ほかの女って……友達だよ? セリカちゃんだよ? 何言って」

「なずなはあたしだけみてればいいのよ」

 はき捨てるように告げ、彼女は僕に迫る。

 ぞくりとする背筋。重々しい空気に息が詰まる。

 逃げようとする私。ドアノブに手をかけ――「どこへいくきなの!?」

 ヒステリックな叫び声。滑る手。必死にそして乱暴にドアノブをつかんで、ようやく回して、廊下に滑り込む。

 隠れよう。そうだ、キッチンに。いや、風呂場がいいか?

 ひどくおびえた僕に、優しげな声でお姉ちゃんは迫る。

「ねえ、なんでにげるの。ね、ね。ねってば……いたいようにはしないから――きれいなままで、わたしのために――」

 背後から聞こえた底冷えするような声。それが告げた四文字に、僕は戦慄した。


「――しんでよ」


「あグっ」

 声が出た。振り返ろうとすると、脇腹に刺されたなにかが傷口を抉る。

「い、ああアあ、だ、痛いッ、痛い痛い痛――」

「アハハ、あは、ハハハっ! ――シにゆくスガタも、奇麗だよ。なずな」

「いたい、よ。やめて、おね」

「やめない。――これでやっと、あなたはわたしのものになるんだから」

「――え」

 今際の際。彼女の言葉に、思わず零した疑問符。

 けど、その真意を確かめる術は、いまの「私」には存在しえなかった。恐怖に、心がこわばったから。

「すきだよ、なずな」

 ――最期に見た姉の顔は、ひどく歪んだ笑みを湛えていた。

 それが恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくて――――。


〈これが、『正史』なのだ〉


 目の前に、一瞬そんな文字列が浮かんで――――

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