#3 激動の一日・Reality Side
うん。完全に遅刻した。
講堂。授業終わり。大きなため息をついた僕に「ねえ、ハコベくん」と話しかける誰か。
「なんだ? ――いや誰だ!?」
僕を名前で呼ぶ人物はいなかったはずである。
「私です。上田です」
「いやマジで――」
「小学校の頃からずっと一緒だったじゃないですか。腐れ縁の幼馴染、まいぶらざーハコベくん」
幼馴染なんて縁が切れて久しかったと思うのだが。
ぴーすぴーす、とあまり感情のこもってない声で話す彼女。僕は思案して――やがて一つの可能性に思い至る。
「もしかして――セリカちゃん?」
尋ねると、彼女はふざけた態度から一転、無表情のまま。
「キモイ呼び方しないでください」
冷たく言い放つ。
「そう呼んでいいのはあの子だけ。――いまはもういない、あの子だけ」
あの子――なずなか。つまり、なずなはやはり……。
「……そうか、ごめん。上田さん」
「下の名前を呼んじゃダメとは言ってないです。呼び捨てなら許可します」
それはいいんだ……。呆れつつ。
「わかったよ、セリカ」
「わかったならよろしい」
そんな会話を交わして。
「……でもまあ、感謝してますよ。あの日、助けてくれて」
僕は冷や汗を流した。
「なんのことっすか?」
「とぼけないで。あの日、事故にあいそうになったわたしを助けてくれたのは、あなたでしょう?」
「あの日って……」
――おそらく、「事故」が起こった日。セリカが命を落とすはずだった、あの日。
「なんでわかった!?」
「わかりますよ。あの日のあの子が少し変だったことくらい。それが何故かはずっとわかりませんでしたけど」
彼女は驚愕する僕に目を細めて、告げた。
「どうやら、あのゲームは『本物』だったようですね」
「えっ」
「ついてきてください。会わせたい人がいますので」
大学のある蒲田から、電車に揺られて三十分。横浜からさらにバスで三十分くらい。
市内の団地。たどり着いたそこは奇しくも。
「昔住んでたとこだ……」
「いえす。もっと言うなら、小学生の頃に私達がよく遊んだ公園です」
二車線の道路が目の前を走る、団地の隅の公園。小学生がかけっこをして遊んでいる光景。僕らの昔の姿が重なる。
「あの頃は楽しかったです。なずなちゃんと、ハコベくんやその他愉快な仲間たちとであんなことやこんなこと」
「鬼ごっこやかくれんぼな」
「ケイドロもしましたよね。懐かしい」
ずっと変わらない平坦な口調でしゃべる彼女に僕は若干の不信感を抱きつつ問いかける。
「で、会わせたい人って誰なんだ」
「『お姉さん』ですよ。――いました、あそこです」
セリカが指さしたほうには、ベンチ。そこに座る人影。
ニット帽からはみ出すボサボサの長い黒髪。茶色いロングコートにカーキ色のロングスカート。かろうじて女性だとわかるその姿はまるで。
「浮浪者?」
「にしかみえませんが、違います」
「……ぁ……ふへへ」
控えめな声。その浮浪者じみた容貌の女性が顔を上げて――目が合う。
瞬間、僕は目を見開いた。
「――お姉ちゃん」
例のゲームの主人公、すなわち、なずな目線での「お姉ちゃん」。それが、彼女だった。
「……きみのお姉ちゃんになったつもりはないんだけどなぁ~」
そう言って目を細めてはぐらかす彼女に僕は近寄る。
「……なに、を」
ぼさぼさの髪をかきわけて、もう一度目を合わせる。
「やっぱり、すずなお姉ちゃんだ。――なずなの」
僕が告げると、彼女は突然僕を突き飛ばした。
「っ……う、ぉえ……んで」
その場で何かを吐くような仕草をする彼女。――吐きたくても吐くものがないのだろうか。
彼女は長い髪の隙間から、戸惑う僕を睨みつけて告げる。
「な……んで、なずな、の――な、ずな、なずな……ぁ、なず」
「薬を飲んでください、お姉さん。話はそれからです」
十五分後。
「んはー……ごめんね。妹の、友達だった子相手に……」
気の抜けた声で微笑みながら謝るお姉さん。ことすずなさん。
ため息をついた彼女は、僕を見て告げる。
「で、『セリカたんが』連れてきたってことは……もしかしなくても、そういうことだね」
「ええ。彼は、あのゲームの中で――私を、救いました」
「……そっか」
目を細めたすずなさん。「あっ、ハコベくんだっけ……? なんにもわかんないよね~……」察しがいいお姉さんである。
こくりとうなづいた僕に、すずなさんは告げる。
「きみにはね~……わたしの妹を救ってほしいんだよ」
「はぁ、かなり単刀直入っすね」
「あはは、ごめんね~。ま、要するに簡単な現実改編だよ」
「意味が全く分からないのですが」
「そっか~」
にへらと笑いながら、彼女は話し出す。
「要するにね。ゲームのなかで現実を再現しているんだ。再現した現実のなかで、基本は現実通りに進行する。淡々と、現実のその通りに。けれど、登場人物と意識を入れ替えることによって」
「早い早い! 余計にわかんない!!」
オタクの早口で説明される言葉に、僕は根を上げて。
ため息をついたセリカが、そのあとを引き継いだ。
「……要するに、ゲームの中であなたが現実と違う行動をとれば、この現実も同じように書き換えられる。そういうことですよね」
その説明にすずなさんは「うん」と頷く。いろいろとよくわからないが、とにかくそういうことらしい。
僕はその言葉をかみ砕き――「……タイムパラドックスを意図的に起こすってことですか?」
問うと、すずなさんは平然と「うん」と言う。
「できた矛盾とかってどうなるんですか?」
「平べったく言うと上書き保存だね。私たちは観測できるわけじゃないから推測に近い推測だけど――」
すずなさんはセリカに目配せする。僕もつられて目を彼女のほうに向けると。
「わたしは、『改変される前の世界』では生きていなかったみたいです」
「……そういうことか」
僕の幼馴染であるセリカは、小学生の頃に事故で死んだ、はずだった。それが、僕の言葉でなずなを傷つける原因となって――僕のトラウマになった、はずだった。
「わたしが生きていてここにいる。それそのものが、タイムパラドックスに対する答えなのですよ。ハコベくん」
その言葉に、背筋がぞっとする。僕の一挙手一投足に人間の命がかかっているなんて、とても重たくて。
「ま、ここまで説明すればもうおわかりでしょう」
にこやかに口にするセリカ。僕は頭を抱えた。
「妹が殺された原因を突き止めて……なずなを、救い出してください。お願いします」
すずなさんの丁寧なその言葉に、僕はただうつむくほかなかったのであった。
「ただいまー」
「遅かったじゃん。なにしてたの? お兄ちゃんっ」
自室に帰ると、パソコンの中から少女の声。
「なんでもないよ。野暮用さ」
「だったらいいけど」
青白いモニター越しにじとーっと僕を睨みつけるなずな。そもそもお前には関係ないだろ、と内心で毒づく。
ふーっと息をついて、僕はつぶやく。
「……僕ならお前を救えるんだとよ」
「うん、知ってたよ」
「知ってたんかい」
「そりゃそうだよ。『ゲーム』の中の人だからね、わたし」
ふふん、とない胸を張る仕草をする彼女に、うつむいた僕。
「ね、ね。はーくん」
――幼い時の呼び名。ささやきかけられた僕は、びくりとして。
「もし、私が生き返ったら。はーくんはなにしたい?」
「なんだ、急に」
「だーかーらーっ! 何したいって聞いてるのっ」
そんな、急に言われても。
たじろぐ僕に、彼女は夢見心地な声で告げる。
「私はねー……旅、したいかな」
「旅?」
「日本中、世界中の色んな所を見て回るの。不自由な檻から抜け出して、いろんなところへ――」
「……そっか」
目を細める僕は、そのままパソコンの前に座り、深呼吸した。
「――お兄ちゃんもいっしょだと、もっと嬉しいな」
ぼそりと告げられたそんな祈りに、僕は息を詰まらせる。
彼女は僕が解き放ってあげなきゃいけない。そう強く思った。
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