#8 未来へ・Route "True"


「……なんで、あたしをよんだの?」

 その日、僕の部屋には来客があった。

「あなたの妹を蘇らせるためです」

「なに、いってるの。なずなは」

「生きてるとは言わせません。――いまでも、無限の悪夢に囚われている」

 そう言って僕は、パソコンの画面を開き――。

「……あたしのゲームだ。セラピーのためにつくった……」

 そのゲームの製作者――東御 すずなに見せつけるように、アイコンをクリックした。


「――久しぶり、お姉ちゃん」


 その声に、彼女は目を見開いた。

「な、ずな……っ……う、ぉえ……んで」

 即座に吐き気を催すすずなさんに、僕は「なんでもいいですから」と冷たく吐き捨て。

「見ていてください。――これから書き換えられる、現実を」

 そう告げると、僕は目を閉じた。


 目を覚ますと、少女の部屋だった。

 すべすべつるつるの足。ふわふわのパジャマに包まれたぺたんこの胸。ミディアムボブのさらさらな髪はきれいな茶色。

 部屋の隅に置いてある大きな鏡に映った姿。僕はまた、なずなちゃんになったことを確認した。


 いつの間にか学校の準備をして、通学路に出ていた。

「どうしたの? なずなちゃん」

「セリカちゃんは大人びてていいなーって」

 そんな言い訳が自然に出た通学路。

 一瞬の違和感とともに、けれど朝にやるべきことは全部やったのだという実感。

「なずなちゃんだってかわいいよ。ちっちゃくて女の子っぽくてっ」

 その返答に、僕は自動的に台詞を読もうとする自分を押さえて、無理やり答える。

「えー、そうかなぁ」

「そうだよー」

「そっかー」

 微笑みあう。――画面越しに見える、驚愕に目を見開いた創造主の顔に、脳内でしたり顔をしながら。


 時間が飛ぶ。――一瞬、ノイズが走った。

「ね、ね。なーずなっ」

「わっ」

 後ろから抱きついてくる「お姉ちゃん」に、僕は「はいはい、いつものね」と馴れた風に答える。

「え、なんでわかったの?」

「何度も経験してるもん」

 きっと目の前のお姉ちゃんも、画面の前のお姉ちゃんすずなさんも、その真意を理解してはいないだろう。

 ただ、後ろから胸を押し当ててくる彼女は、無邪気に笑って。

「一緒に遊ぼ、インベーダーゲーム!」

 そう言った。


 時間が飛ぶ。ノイズも飛ぶ。

 ――なにをしたかったか、画面の前の彼女も理解したようだった。

「ほんとうに、げんじつをかきかえテ……っ!?」

 現実世界のすずなさんはきっと、リアルタイムで書き替えられていく記憶や思考で頭痛でも起こしているのだろう。

 このゲーム内で、現実世界と違う会話や行動をすることで、現実を書き換える。別の世界線上の彼女が望んだこと。

 僕は、それを実行していた。


 耳を澄ますと、現実世界の声が聞こえる。

「お姉さん。数日ぶりです。――いや、あなた基準だと何年ぶりですかね」

「だれっ!?」

「わたしです。上田です。それともこう名乗ったほうがいいでしょうか」

 彼女は、底冷えするような声で、その名前を告げる。


「あなたのだ~いすきな、セリカたんです。ぶいっ」


 僕――なずなと会う予定がなくなったから、必然的に事故がなかったことになった。だから、彼女は死なずに、蘇った。

 最初のループの時は直接救い出したけれど、そもそも別の選択肢を「作り出して」「選べば」よかったのだ。

「どうして!? 過去は一方通行、選択の余地なんてシナリオになかったはずなのに!」

 混乱する創造主。――その声が、答えを告げた。

「強い意志の力だよ、お姉ちゃん」

「どう、い、う」

 女は言葉を失った。

「私だよ、すずなお姉ちゃん。――なずな、だよ」

 僕の体が、亡くなった妹の名を名乗って動き出したのだから。

「どうして! どうしてどうして! なずなはこんなんじゃ――」

 駄々をこねるような女を、僕の身体は――ぱし、と軽く叩いた。

「……いい加減、現実に気づいて。わたしは、ここにいるよ」


 いつの間にか、僕――私は、お姉ちゃん――幼いすずなさんと対面していた。

 真っ黒い空間。破綻したシナリオ。異常をきたしたゲームの内部空間。僕はさながら入り込んだ羽虫バグか。

 そのなかで、僕は彼女に優しく問いかける。

「なんで――私を、殺したの?」

「……怒ってないの?」

「ん。……ただ、知りたいの。それだけ」

 不思議と、僕が出した少女の声に怒気は含まれてはいなかった。

 優しく、ただ問いかけていた。「どうして」と。

 彼女は跪いて、目を細めて。

「……あたしね、あなたをひとりじめしたかったんだ」

 涙を流して――懺悔した。


「いつも、あたしよりほかの人といっしょにいて」

「さみしかった。初めはただそれだけ」

「ただそれだけの、凶悪な独占欲だった」

「一緒にいられれば、それだけでよかった」

「ほかの人にとられなければ、それだけでよかった」

「悪魔がささやいたの」

「誰のものにもできないようにすればいいじゃないかって」

「出来心だった。でも、本当に死んじゃった」

「これで永遠にあたしのものにできた。そう思ってしまった」

「罪の記憶に鍵をして、なかったことにして」

「ただ甘美な幻覚に浸った。あたしだけを好きななずなという夢を見ていた」


「――もう、夢から醒めなきゃね」


 彼女は、手元に隠し持っていたナイフを逆さ手に持って――首元の柔らかい皮膚を切り裂く、その刹那。

「――っ」

 血がぽたぽたと床に滴り落ちた。


 ナイフが切ったのは、私――僕の手だった。


「さっき言ったよね。過去は一方通行、選択の余地なんてシナリオにないって」

「……うん」

「確かにそうだよ。過去はもうすでに確定していて、その先に現在がある。現在は過去の積み重ねでしかない。……もう、変えられやしない」

「そうだよ。そう、そのはず――」

「でも、未来はどうかな」

「……」

「未来は未確定。これからいくらでも変えていける」

 目の前の、そして画面の前の膝をついたすずなさんに、僕は手を差し伸べる。


「一緒に、進もうよ。未来へ」


 手を伸ばそうとして、しかし引っ込めようとする彼女の手を、私は掴んだ。

「心配しないで。――私が、一緒に歩いていくから」

「……うぅ……うわぁぁぁぁん……」

 そうして彼女は号泣しながら、私を抱きしめた。


 静かに、ゆっくりと、意識は朦朧としていき――。

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