#5 糾弾・Realistic Side


「――――ッはぁ、はぁ……」

 溺れた水面から顔を出したような気分だった。

 胸を上下させる僕に、「だいじょうぶっ!?」と少女の声。

「だいじょうぶ、じゃない……お前こそ」

「私は大丈夫、だから……まずは落ち着いて、お兄ちゃん」

 すー、はー。深呼吸を数回。

「……ありがとう、なずな」

「ううん。こっちこそ」

 そんな薄い言葉をかけあって、僕は息を吐く。

「……お姉さん、が」

 震えた声で口にした「真実」に。

「うん。いままで忘れてたけど」

 彼女は平然と告げる。

「冷静、だな。自分のことなのに」

「ホントはぐっちゃぐちゃだよ。ココロの中」

 その声は冷静なように聞かせようとしているけれど、しかしかすかに震えていて。

「……そっか」

 優しい声でなだめることしかできなかったのがひどくもどかしくて、僕は唇を噛んだ。


    *


 その日、僕は大学を早退した。

 セリカはいなかった。当然のようにそこにいない彼女。

 もともといなかったはずだから問題はない。そう思った――思おうとしたけれど。

 彼女という存在がいたことが、どこか心の支えになっていた節があったようだった。

 もう、彼女がいなかった頃には戻れない。そう悟るほかなかった。


 昼、蒲田。立ち食い蕎麦で腹ごしらえをして横浜へ向かう。

 西口からバス。乗り場も行き先も間違っていないことを確認して乗り込んだそれは、僕の故郷へと向かう。

 果たして、降りたバス停から早歩き、いや小走りと言って差し支えないほどに急いで向かう先。

 ピンポン、と呼び鈴を鳴らすと。

 うめき声がした。

 ピンポン、ピンポンと何度も鳴らすと、やがて「う、ぁ……」といううめき声と共に鍵が開く。

「……だれ?」

 緩慢に僕を睨みつけてくる長い黒髪の女。もはや妖怪のような手入れもしてない長い髪と、年齢の割に老けた顔。異臭。年寄りにも幼女にも見えてしまうその姿は――。

「お姉さん、ですよね」

「……きみのおねえさんになったつもりはないのだけれど」

 東御 すずな。なずなの姉、そしてそのなずなを――。

 吐き気を催すのを我慢して、僕は彼女を睨み返す。

「なんで殺したんですか」

「なにをころしたっていうんですか」

「あなたの妹を」

「そんなのしらないです。いもうとなんていません」

 睨み合いつつ、口論はヒートアップする。

「いたでしょう。なずな。東御なずなという名前の少女をあなたは」

「コロしてない。なずなはいまでもいきてる」

「じゃあどこに」

「かえってください」

「答えろ!」

「カエれッ!」

 互いに歯を剥き出しにして吠える。

 頭が熱くなっていた。

 なんとかして罪を認めさせなければ。そう僕は躍起になっていたのかもしれない。

 過呼吸、肩で息をする二人。一旦止まった口論。されど、僕らは睨み合っていた。

「あたしは……なずなをころしてなんていないの……えいえんに、あたしのものにしただけ……あたしはわるくない……あたしは……なにも……」

 うわごとのように口にした彼女。その様子はもはや見るに堪えなかった。

 遠い自宅のパソコンの中にいるはずの彼女を脳裏に思い浮かべながら、僕は自己保身の言葉を並べたてる彼女に対して何も言わずに、踵を返した。

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