第11話 昔話

 儂らを『壱ノ女』、『弐ノ女』と呼んだのは、この村の巫女だった娘だ。もう、何百年も前のこと、このあたりには村があった。お遍路道の中間にあり、温泉が湧き、『子宝の湯』として名が知れていた。お遍路を当て込んだ宿も、温泉客を当て込んだ宿もあって結構賑わっていた。しかし村の主な生業は炭焼きだった。優良な炭を焼くことでもこの村は名が知れており、作物のほとんど採れない山間の村でありながら、村人は近隣の百姓よりも裕福な生活をしていた。

 村には神社があって、そこには齢13になる巫女がいた。儂らは神社でその巫女と一緒によく遊んだ。

 元々が姿形のない山の気の儂らは、その時、その巫女と同じ歳格好の少女の姿をしていた。

 その巫女が儂らに名前がないと呼びづらいと言って、そのときたまたま黄色の着物を着ていた儂に『壱ノ女』、青の着物のこいつに『弐ノ女』と言う名前を付けた。

 名前と言ってもただ壱、弐と番号を付けただけだったが、それが初めてもらった名前だったので、儂らは結構その『名前』が気に入っていて、お互いを呼び合うときに必要もないのに、わざと使ったりしていた。

 ある年、この近隣の村を飢饉が襲った。元々この村は炭を食料と交換して生活していたのだが、飢饉で自分たちの食べるものすらないこの時には、近隣の村々へ行っても食べ物と交換してくれる者はいなかった。

 この村では作物がほとんど育たなかったから、飢饉の影響はどの村よりも顕著だった。

 そうなると、働きもせず供え物で生きている巫女が村人の反感を買った。人間は勝手なもので、普段はあんなに崇めていたくせに、食べ物がなくなったとたん怒りの矛先を何の責任もない巫女に向けた。

 飢饉が治まるように神にお願いしろと巫女に迫った。巫女は一生懸命祈りの儀式を行ったが飢饉は治まらなかった。

 とうとう村人は巫女の命を差し出して、神に願いを届けろと詰め寄った。巫女は儀式を行って、自らの命を断った。

 神は巫女の死を悲しみ、村人の勝手を怒り、山津波を起こして村を壊滅させた。それ以来、ここには人が住まなくなった。

「千鶴を見て、久方ぶりに巫女のことを思い出したわい」

「あの巫女の名前は何と言うたか」

「日ノ御子(ひのみこ)じゃ」

「そうそう、あの巫女が生まれた村の名前をそのまま名乗っておったのだったな」

「おう、村で生まれた双子の姉の方を巫女としてこの村へ差し出したのよ」

「双子は忌むものと考えていたからな。普通なら先に生まれた方を殺してしまうのだが」

「殺さず、巫女として生きる道を与えたのも、親御の苦心の索であったのだろう」

「結局はむごい最後になってしまったが」

「千鶴はあの巫女に似ているとは思わんか?」

「そうさな、日ノ御子の分まで幸せになってくれるといいが」

「大丈夫じゃろう、あの父御と母御がついておるからな」

「そうさな」

「うむ」


 山の端から現れた月が鬼頭の村跡を白々と照らし出す。その中を蛍のような淡い光が2つ、会話を交わすようにゆらゆらと飛び交い、やがて森の中へ消えていった。

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