西奈りゆ様よりお薦めレビューを頂きました。2件目です!!
↓【ある旅にて。琴の音は真実を恵み。】
https://kakuyomu.jp/works/2912051606008726615/reviews/2912051607065590915
以下レビュー本文から抜粋。
『登場人物、景観、事物が綺麗に配置されています』
『緩急、そして調和が行きとどいた、厳しくも、奏でるような物語でした』
10000字制約のために推敲に推敲を重ねた結果を評価して頂いたようで、やってよかったなーって思えて嬉しかったです。やっぱり普段からこれくらい推敲しないと公開しちゃいけないな、って反省しきりなのでした。💦
そしてお薦めレビューを頂くと、自分が書いた作品が自己満足的な作品じゃなかったんだって実感できてほっとします。西奈りゆ様、ありがとー!<(_ _)>
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西奈様はコメントで、福岡大ワンダーフォーゲル部事件、苫前事件(三毛別事件)についても触れられていて、獣害事件を調べられてた時期があるとか、その興味の広さにちょっとびっくりしました。さすがです……(-_-;)
福岡大ワンダーフォーゲル部事件については西奈様に指摘されてネットで調べて改めて認識したのですが、事件の舞台が拙作と同じ日高山脈であることに驚きました。
私が意識していたのは苫前事件(三毛別事件)でして、事件自体は吉村昭さんの「熊嵐」と言う小説で知ったのですが、「熊嵐」に登場する猟師と巨大な羆との1対1の対決の描写が拙作を書く際の下敷きになっていたことは確かです。当時の猟師は旧式で単発式の猟銃1本で羆と対峙しますから、もし外したら次の弾を込める前にやられるかもしれないという究極の危機に直面しているのです。今は連射式だからそれほどでもないのかもしれませんが、ここまで危険な仕事だったら誰もやりませんよね。
作中にも登場しますが「イオマンテ」と言う儀式からも分かるように、アイヌの人達は羆を神と考えておられます。それはアイヌの人たちが羆や他の動物たちと同様に自然の一部として対等の生活(狩る側と狩られる側ではなく)をしていたからこその認識なのだと思いますし、現代の私たちが便利さの追求の中で失ってしまったものだと思います。拙作のように羆を悪者として扱うのは私たち和人の傲慢なのだと分かってはいるのです… 羆さん、スマン!
「ムックリ」に反応して頂いた読者様も結構おられ、「持ってる」って言う方までおられてちょっと驚きました。私はムックリを持っていないし奏でることも出来ませんが、あの不思議な音程、音色から私はいつも「自由」「悠久」と言う言葉を連想してしまいます。その象徴として、そんな雰囲気を醸し出したくて、このお話でも随所で登場しています。
ちょっとネタバレになってしまいますが、リム、レラの生きた時代は金田一京助さんを始めとするアイヌ文化研究で多大な貢献をされた多くの研究者の活躍した時代に重なるように設定しています。そのような時代に生きたからこそ、リム、レラもアイヌ文化史上に一石を投じるような本を世に出すことが出来たという裏設定なんです。
さて「ランドナー」本編も書かねば! 厳しい道のりになりそう… いつ公開できることやら…(-_-;)