第10話 再訪 その肆
「お酒をお持ちしましょうか?」
慎吾が私の顔を伺うように見た。その目が分かりやすく「いい?」って尋ねている。私が「いいよ」って目で頷く。慎吾は満面の笑顔で、
「よろしくお願いします!」
「では、とりあえず2本ほどお持ちしましょう」
食事が済んで、
「お風呂に行こうか」
「わーい、お風呂、お風呂」
「ママー、この浴衣着てもいいの?」
「いいよ」
お風呂の準備が出来た。
「じゃ、手を2回ぱんぱんって叩いてごらん。さっきのお姉ちゃんが来てくれるから」
3人揃ってぱんぱんと手を打つ。間もなくすっと障子が開いたかと思うと、壱ノ女さんが廊下に正座していた。
「お食事はお済みでございますか?」
すでに浴衣を抱えて準備万端の子供たちを見てにっこりと微笑む。
「では、お風呂にご案内いたしましょう」
「さあ、みんな。あのお姉さんに付いていくんだよ」
「はーい」
さっき部屋へ案内されたとき通った廊下を戻り、右に折れる。さっき通ったときにはなかった曲がり角。
廊下にはところどころに行灯が灯されていて、微妙にほの明るい。
「こっちが男湯で、その先が女湯です」
「今夜は他にお客さんはおられませんから、ご一緒に入られても大丈夫ですよ」
「パパも一緒に女湯入ろー」
「うん……じゃ先にママと一緒に入ってなさい」
「はーい、ママ行こー」
「壱ノ女さん、もしかしてあなたには私たちの娘の将来が分かるんですか?」
「まさか。神様でもそんなことはできませんよ」
「でも、私たちが3人の娘を授かることや、それぞれどんな名前を付けるかも分かっていたんでしょう?」
「お二人が子宝祈願のためにこの宿に来られて、子宝の湯にお入りになったときから、3人のお子が生まれることと、そのお子たちの名前は決まっていました。でも、ただそれだけです」
「もし将来、娘がこの宿を尋ねて来たら、また出迎えてもらえますか?」
「残念ながらそれを決めるのは私たちではありません。道神様次第です。普通、結界が人に対して開かれることはありません。あなた方になぜ結界を開かれたのか、正直、私たちには分かりません」
「そうですか……」
「パパー、早くおいでよー」
千尋が裸で呼びに来た。
「どうぞ、ごゆっくりなさって下さい」
壱ノ女さんはそう言って、薄暗い廊下を戻って行った。
翌朝、出発する際、弐ノ女さんは子供たちにお手玉を1つづつくれた。
「おい、弐ノ女よ。結界の内から外へ物を持ち出すことは禁止されておるぞ」
「これは昔、巫女からもらったものよ。元は人の手のもの。問題はなかろう」
「そうであったな……」
「これを」
壱ノ女さんは、13年前と同じように紙包みを慎吾に渡した。
「村の出口にある道神様のお社にお供えすればいいのですね」
「そうです。くれぐれもお忘れにならぬよう」
「この紙包みの中身は何なんですか?」
「別に知られて困るようなものではないのですが……」
「イモリの黒焼きです」
慎吾がぎょっとして、危うく紙包みを落としそうになった。
「道神様の大好物です」
「気を付けてお出かけなさいませ」
壱ノ女さんと弐ノ女さんが揃ってぴょこんと頭を下げた。二人はやっぱり今回も、私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
村のはずれの道神様の社に紙包みお供えし、ぱんぱんと手を打つ。
「どうか私たちの娘がいつまでも健やかでありますように、見守ってやってください」
千里は心の中でそう呟いた。隣で両手を合わせている夫の横顔をちらっと覗き見る。おそらく慎吾も同じようなことをお祈りしているのだろう。
娘たちは何をお祈りしているのか、小さな手を合わせて目を閉じ、神妙な顔をしている。
「さあ、行こうか」
この山を越えたら、私たちの不思議なお遍路旅の話は終わる。
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