第9話 再訪 その参

「泊まれますか?」

「本日は他にお客様のご予定もありませんので、大丈夫でございますよ」

 少し遅れて到着した慎吾も半信半疑といった表情をしている。

「いらっしゃいませ。5名様でございますね?」

「こちらがお値段表です」

 そう言って襟元から値段表を取り出した。

「13年前のお値段に、お子様3名分のお食事代が追加になります」

「私たちのことを憶えているんですか?」

 その私の質問には直接答えないでにっこり微笑むと、

「さあ、千鶴ちゃん、千歳ちゃん、お部屋においしいお菓子とお茶がありますよ。お入りなさい。ああ、千尋ちゃんはよく眠っていますね。弐ノ女よ、千尋ちゃんを抱っこしてお部屋で寝かせてあげなさい」

 いつの間にか青い着物の女の子が横にいる。『弐ノ女』と呼ばれたその少女は慎吾から千尋を受け取ると、抱きかかえて中へと入って行った。

「どうして子供たちの名前を知っているんですか?」

「13年前、あなた方お2人がこの宿に泊まられたときから、あなた方が3人の娘に恵まれることは決まっていたのです。名前が上の娘から千鶴、千歳、千尋になることも」

 聞きたいことはいっぱいあるのに、私も慎吾も何も言えないでいた。

「もうお気づきかと思いますが、ここは人の宿ではありません」

「と言うと……」妖怪の宿?って言葉が出そうになった。

「神様がお泊りになる宿です」

「前回は道神様からのご依頼で、あななたちの祈願を叶えるためにお泊めしたのです」

「今回は……まあ、道神様の気まぐれですかね、また来たから泊めてやってくれって申されまして。急な依頼だったので準備に苦労しましたが」

「あなたたちは人間ではないんですか?」

「人かどうかと言えば、人ではありません」

「では……何なのですか?」

「私たちは道神様のお世話をするために、山の気が凝ったものとでも申しましょうか、『式童子』という呼び方をされることもありますが」

「この姿は、昔ちょっと知り合いだった人間の娘の姿に似せてみただけで、本来、私たちには決まった形はありません」

「では、では……この建物は立派に見えますが実は廃屋で、食べ物も全部木の実や葉っぱだとか言うんですか?」

「いえいえ、それでは古狸や狐の類と同じではありませんか。ここは神様のお宿で、食べ物も神様が召し上がるのと同じ最高級品です。ただ、結界の内にあって、人は見ることも出入りすることもできないというだけです」

「なぜ、私たちには見えるし、出入り出来たんですか?」

「道神様が結界を開かれたからです」

「13年前もそうだった?」

「あなた方が道神様に祈願されるのをお聞きになったのです」

「ただ私たちも人をもてなしたことがないので、色々分からないことが多くて。お手洗いなど私たちには必要ないものなので、作っていなくて慌てたりしましたが」

 だから急に廊下が出来たり、なくなったり、家の構造が変わったりしたのか。

「ちなみに、あなた方のお名前は何とおっしゃるのですか?」

「本来私たちは人と交わることはないので、人の言う『名前』はありません。が、昔、一時だけある人から呼ばれていた名前らしきものならあります。それを名前と言っていいかどうかは微妙ですが」

「何と?」

「黄色い着物を着ている私が『壱ノ女』(いちのめ)、青い着物を着ているものが『弐ノ女』(にのめ)と呼ばれておりました」

「なるほど、それは確かに微妙ですね。番号を付けただけだ」

 そう言う慎吾に、壱ノ女さんはにっこり微笑んで、

「では、お部屋にご案内いたしましょう。お子たちはもう上がっておられますゆえ」

 前回と同じように、廊下を進んだ先にある離れのような8畳間。廊下から庭が見えるのも同じ。途中、洗面の井戸と、お手洗いの建物が庭の一角にあるのが見えた。今回は忘れずに作ってくれたらしい。

 部屋に入ると、子供たちを相手に、弐ノ女さんがお手玉遊びをしていた。

「これくらい造作もないことよ。ほれ4つ、ほれ5つ、ほれ6つ……」

 弐ノ女さんはお手玉をどんどん増やしながら、ひょいひょいと投げ回している。目の錯覚か、残像現象か、弐ノ女さんの手が左右2本づつあるように見える。

「ひーふーみー、巫女様は、よーいつむー、村人に、ななやーここー、殺された、神の怒りで村びとは、とおーでとうとう消え失せり」

 ぎょっとするような数え歌を弐ノ女さんは口ずさんでいた。

「お姉さん、すごーい!」

 娘たちは目を輝かせて弐ノ女さんの妙技に見入っている。千尋もすっかり目を覚ましたようだ。

「おお、父御と母御がおいでか」

 そう言って止めた弐ノ女さんの手の上には、ぱたぱたとお手玉が8つ乗っていた。

「夕食は何頃お持ちしましょうか?」

「お腹すいたー、ぺこぺこー」

 弐ノ女さんは、目を細めて微笑み、

「では、すぐにお持ちいたしましょう」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 慌てて私と慎吾が頭を下げた。この人たちは、ただの中居さんではなくて、それどころか人でもなくて、神様にお使えしている式童子と聞いては、そんなに気軽に話しかけてはいけないと思ってしまう。でも、子供たちはそんなことは知らない。

「お姉さん、このお手玉貸してもらっていい?」

「はい、もちろん」

「わーい、ありがとう」

 そう言うと、さっそく3人でお手玉の練習を始めた。

 いつの間にか部屋の2つの行灯には火が灯っていた。

 弐ノ女さんの言葉通り、夕食がほどなく運ばれてきた。

 今夜のメニューは、鮎の焼き物、ナスの田楽、きゅうりの酢の物、山菜の天ぷら、銀杏の茶碗蒸し、三つ葉の浮いたお味噌汁、キノコの炙り物にはお味噌が添えられている。

 13年前のメニューとまったく同じだ。

「これ、すごくおいしー」

 子供たちが歓声を上げながら、次々と料理に箸を伸ばす。

 13年前と違うのは、部屋に入ったところに壱ノ女さんが正座して、子供たちのそんな様子を嬉しそうに見つめていることだった。

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