第7話 こちらはどんな異世界ですか?
「私はさまざまな異世界を旅してまいりましたが、このような異世界には来たことがありません。勾玉と神々の和風ファンタジーでもなければ、皇帝と後宮の中華風でも、砂漠と魔法のランプの
おおむね西洋風にみえなくもありませんが、例えば東京の街角でシャツにジーンズを着た人がスマホをいじりながらハンバーガーをほおばっているのをみて『この街はヨーロッパ風だ』と言うような違和感があります。数少ない共通点は
それでいて、あなたや他の方――天降石さんとおっしゃいましたか、あの親切な
ええ、もちろん、親切な神様が私の
少女が話している間に、轍は豆を挽き終えた。彼は断りなく席を立ち、年代物のドリッパーに粉を入れ、お湯で蒸らす。安い
轍はふたたび席にもどり、用心深く言った。
「君の質問には後で答えよう。話を戻していいか?」
「喜んで。どこまで話しましたか?」
「君が……あー、
「いえ、地球から直接来たわけではございません。先ほども申し上げたとおり、いろんな異世界を巡ってまいりましたので。
和洋中のファンタジーだけではなく、第三次世界大戦で荒廃した平行世界や、壮大な銀河帝国、サイバーパンクな未来都市、歴史が改変されたスチームパンク風の
そういえば、こちらの異世界はちょっぴりスチームパンクの香りがしますね、
「それで《・・・》、だ」轍は決意を込めて言った。「それで君は何をした? 昨日の話をしてほしい」
少女は「ええ」と心地よく応じた。「気がつけば、空におりまして。少々驚きましたが、異世界転移も初めてではありませんから落ち着いて対処できました。パッと見た眺めから東京タワーの展望台より低い場所、高度100メートルくらいの位置に投げ出されたことがわかりました」
「つづけて」
「そこで文字通り
少女は
「あなたを助けました。ご迷惑でしたか?」
そこが問題なんだ、と轍は思った。彼は「失礼」と一言ことわって、ふたたび席を立った。粉はじゅうぶんに蒸れていた。円を描くようにお湯をそそぎ、丹念にドリップする。黒い
馬車の行き交う音や、飛行艇の遠い風切り音、はしゃぎまわる小学生の声が春風に乗って聞こえる。大学生連中は論文を書くふりをすることに決めたらしい。ノートを閉じたり広げたり、付箋だらけの辞書や専門書をぱらぱらめくったり、鉛筆を鼻の下に挟んで「やっぱり〈竜尾の
墨色のしずくがポットにしたたり終えると、轍は棚から安いマグカップを……取ろうとした手を横にずらし、
轍は淡雪焼きの茶碗とポットを手にして、席にもどった。
「君が叩き切った
「ロボットではなく、そう言うのですね。動く甲冑、動力つきの甲冑、
「……中に人がいるとは思わなかったのか?」
「有人だったのですか?
ですが、人を斬った感触はありませんでしたし、中にどなたもいませんでしたよ」
「搭乗員は君に斬られる直前に〈転移〉したんだ。
おそらく〈探知の
本来は
自機を破壊可能なエネルギーをもつ高速飛翔物体の接近を〈探知〉したら、すぐどこかへ〈転移〉するよう、あらかめじめ設定していたんだ」
「それはよかった。ひと1人を救うために、またべつの命を奪うのは、あまり倫理的とは言えません」
一瞬、少女の瞳に
「だから待て!」轍は叫び、控えめに声を落とす。「……その前に、君に言わなければいけないことがある」
「わかりました。お聞きします」
少女は素直に従った。命じられた猟犬を思わせる素直さ。
轍はため息をつく。彼はひとつの結論を出していた。昨日の出会いと、これまでの取り調べの内容、春の陽気にもかかわらず彼女からほのかに漂う
彼女は本物の――狂人だ。
なぜか〈地球〉という架空の世界の存在を心の底から信じている。とんでもなく膨大な妄想体系を持っている。むろん、それだけなら
轍は拳を握る。それから平静をよそおいつつ、
少女は興味深そうに一度まばたきをした。
「君は命の恩人だ。ありがとう」
認めがたい事実だが、事実は事実だ。相手が狂人であろうと何であろうと。
礼を言われ、少女は古代龍国の聖人像のように微笑んだ。生前の彼らは善良な
「どういたしまして」
彼女は茶碗を手に取り、半分まわした。
「ミルクとお砂糖、いただけます? できれば、お茶
どうやら“地球人”は注文と質問が多い種族らしい、と轍は思った。
もちろん、彼女の妄想の中での話だが……。
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訳註
*竜尾の女……〈失われた千年紀〉(前1000年頃‐前0年頃)における女戦士。軍団の最後尾に予備戦力として控えていたため、こう呼ばれる。後方から〈
*
*こちらの異世界の“魔法”はどんなシステムで動いているのですか?……“美”の破壊を通じてエントロピー(混沌性)を生み出すことによって、虚空から汲み出した原初的エネルギーを、人間の意思と思惟によって制御し、創造し、解放する。“美”となる触媒は、宝石、香水、貴金属、人間その他の生物など。
*
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異世界翻訳小説『ラピュタ解放』 @LaputaLiberation
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