第6話 地球から来た少女
「あらためてお尋ねしますが、この異世界の名前は何でしょうか?」
轍はその質問を無視した。
「君の名前は?」
「セツナと申します」
「名前の意味は?」
「こちらの異世界の文化は尊重していますが、あなたのお名前は――」
「
「そう、
「どうも」
「ですが、私が生まれた
「つまり、
「マルドックとはどこでしょう?」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてはおりません」
「君の出身は? 国籍は?」
「地球、日本、
「
「失礼しました。宮沢賢治が好きなもので少しジョークを。ふつうに岩手県です。民話で有名な
「いい加減にしろ!!」
轍は拳でテーブルを叩いた。その物音に近くの座席の大学生グループがふりむく。先ほどから、ちらちら見ていたが。
〈
いまは無人のバーカウンターは、
扉は開けっ放しで、敷居には桜の花びらが吹き溜まり、寄木細工の床にまで散らばっている。春風が吹きこむたびに、コルクの掲示板に貼られた依頼状がはためく。これらの依頼状は騎行師の
だから例えば、「
南側のステンドグラスは
だが、取り調べには向かない。
轍はうめいた。できれば、地下の防音室を使いたかったが、いまは使用中だ。
ほかの騎行師は出払っており、部屋の角の四人がけのテーブルには常連客の大学生グループがたむろしている。まるめろ大学・人類学部の連中だ。くすくす笑って、肩を小突き合っている。
「大きな音をたてて申し訳ないが」轍は彼らに言った。「なんでもない。
彼の醜い左の半面にも利点があった。表情が怖く、声もひしがれて、年齢不相応な畏怖を相手に与えるのである。大学生たちは、とつぜん
轍は“地球から来た少女”に向き直り、言った。
「話を整理しよう」
「その前に喉が渇いたので、できれば、なにかお飲み物をいただけますか?」
「いいだろう……」轍は歯を食いしばり、騎行師らしく丁重に応えたが、それは飢えた獣のうなり声とほとんど変わりなかった。「……紅茶か、緑茶か、
「では
「……豆は?」
「選べるんですか?」
「選べない。
轍はバーカウンターの裏から豆を引き出し、手動のコーヒーミルにつめこみ、座席にもどった。
「もう一度、確認しよう。
「
「クトゥルフ」と、少女は軽い驚きの声をあげる。「こちらの異世界には邪神が実在するんですか? H・P・ラヴクラフトもさぞ驚くかと――」
「神なんていない。人の頭の中を除けば」
「では
「いない」
「
「いない」
「
「いない」
いない《・・・》、と言うたびに、轍はコーヒーミルのハンドルを回し、豆を粉砕した。
「となると、魔族や神族、その他の一般的な異世界にみられる
「いない。人の言葉を喋る生き物は、人間以外にいない。ヒト科ヒト属のホモ・サピエンスだけだ。これで満足か?」
「なるほど。多様性に乏しい異世界なんですね。承知しました。お話を続けてください」
「あそこで何をしていた?」
「異世界から転移してまいりました」
「
「こちらの異世界では実用化しているようですね。ですが、よりランダムで、より壮大なものです。私は次元を越えて、この異世界にやってきました」
「へえ、すごいな。特許を取ったらどうだ?」
「特許。
と言うと、少女は支部内をかるく見回す。
少女は室内装飾にひとつずつ目を留め、ラフな青いローブ姿の大学生グループをちらりと見て――(そのうちのひとりと目が合うと、古代
「こちらの異世界は、和洋中どのジャンルにあたるのでしょう?」少女は不思議そうに言った。
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訳註
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*
*
*
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*恋なすび《マンドラゴラ》……媚薬の一種。男性の性的魅力を補うソフトな媚薬、
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*
*蒼穹……〈鐵の王国〉第50代唯一王・
*古代
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