第5話 空から女の子が
空砲めいた破裂音とともに、轍は動甲冑の足元へ〈転移〉する。泥に滑り、バランスを崩し、ぶっ倒れる。動甲冑が信じがたい速度で反応し、上体をひねり、ワインボトルの太さの5指を伸ばし――引きちぎる。カジュアルな群青色の
轍は新月刀を腰だめに構え、その非鉄金属のブレードに〈叫喚の
〈叫喚〉する即席の超音波メスが火花の
動甲冑は停止した。
ただし……そう、自分の人生はいつも『ただし』の連続だったなと山道・轍=燕雀は思いなし、なんとか立ち上がろうともがく。
動甲冑は停止した。
鉄の巨人の上半身はけたたましい金切り声をあげながらも駆動をつづけ、きらめく豪雨を飛び散らせ、鉄の
機関部がふたつあるタイプだったらしい。だとしたら操縦室を狙うべきだったな、と轍は思った。つくづく僕には戦士の才能というやつがない、とも思った。
鉄拳が振り降ろされる。転がって避ける。泥飛沫があがる。〈転移〉を――と思った瞬間、術具を落としたと気づく。どこだ? 鉄拳がえぐったクレーターの真ん中に平べったい金色の残骸がちらついた。30万
これが運命だからかもしれない。
鉄拳が降るさまがスローモーションで彼の瞳に映る。走馬灯にしては茶色く黄ばんだ思い出が、0.8秒後に砕け散る予定の頭蓋骨のうらによぎる。
いつかラピュタを見つけるんだ、と。
あの伝説のラピュタを探しに旅立とうとしない男の子はこの世に存在しないし、もしいたとしたら、そいつは男ではないのだが、もちろん本当に旅立つ者はいない。ほとんどの男は地に足をつけて、天上ではなく地上の国を愛して、いつかその土に眠る。
だが、轍はちがった。〈ひと夏の大戦〉で
おおかたの善人が涙ぐむ経歴ではあるが、おおむね本人は幸福であった。白鴉教徒は古本と古着を商っており、この学識の国の
だが、
貧しい白鴉教徒として生きることを拒み、少年は旅立った。15歳のころだ。家出とも言う。
そして1年で世界を一周した。あの伝説の
轍は無意識のうちに首飾りの
とどのつまりは因果がひとめぐりしたのだろう。つつましい中庭の霊園に、いつか遺灰となって眠りにつき、白い花を咲かせる。ただそれだけの人生を拒み、天上の国を求めて旅立った少年は、まさにその中庭で、泥と白い花びらと犬の挽き肉にまみれて、0.5秒後に人生を終える。
よくできた寓話だ。そして……お話はこれでおしまいだ、と少年は思った。
その刹那、泥から空を見上げる少年の瞳に青いきらめきが映った。
先行したのはイメージだった。
イメージが認識に追いついたときは現実になっていた。
雨があがった。
ひとりの少女がいた。
少女が濡れた髪をかきあげると、水滴が引きちぎられた真珠の首飾りのように飛び散った。
その髪の色は植木にした大太刀と同じ
春の
囚人の首輪のように無骨な高い
タクティカルなデザインの
山道・轍=燕雀は
どうにか視線をあげ、
少女は少年と目が合うと、やはり梟のように小首を
「すみません。この異世界は何と言う名前ですか?」
その言葉の意味も意図もまったく理解できなかったが、轍はようやく事態を把握した。
女の子が空から降ってきたのだ。
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訳註
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