第12話 ポストクレジット
怪獣の死は、人間社会を大いに揺るがした。
「どうやら魔族が怪獣を倒したらしいぞ」
「噂だろ、ワイバーンみたいなやつが二匹飛んでたって」
「でも、魔王は否定してるぞ」
「じゃあ、親切な魔族でもいたってか?」
「魔王に把握できない魔族なんていないだろ」
「じゃあ、人間がやったっていうのか? どうやって?」
あれから一か月が経っても、怪獣の死には謎が多く、噂ばかりが後を絶たない。王国は対怪獣用高層ビルに敷設された新型魔導兵器の成果として発表しているが、それを信じている者はごく僅かだった。
怪獣の動向を把握できるほど近いビル群がすべて破壊されており、いかにして倒されたかはわかっていない。生き残った兵士たちの証言も、空飛ぶ魔物を見た、だとか、何かに向かって怪獣が光線を吐いていたようだ、程度の内容しかなかった。
事実上の迷宮入りである。
そんな、酒場の噂話に混ざって、こんな会話が隅のほうで行われていた。外套のフードを深く被った男女。男のほうがテーブルに新聞を広げていた。
「ケイヘンの廃墟で、ゴドー・トジオが死んだことになっている。魔族に殺されたってさ」
「ややや。冤罪だ」同じテーブルを囲む女はそう答えた。
「状況からして、そう思われても仕方ない。あれから組合に顔を出していないし」
「だが、これでは埋葬されてしまう」
「別にいいよ。生まれ変わったってことで」
「すると、ゴド……ゴギョーは二度も転生したことになる」
「なんだそれ」
彼は苦笑した。それにつられ、女もふふ、と笑んだ。
「ゴドーが死んだことになった以上、やっぱり怪獣を倒した存在については人間も把握できていない。お前が偽名を使って、こそこそする必要はないと思う」
「そうだな。もうこの辺りの町に残って軍の通信を傍受する必要はない。今晩ワルワルと一緒に工房まで帰ろう」
「わかった。そうしたら、今度こそちゃんとしたカメラを作ろう」
「ああ。そのつもりだ。とりあえず、今は宿に戻ろう。夜になったら出発だ」
そういって、二人が立ち上がろうとした、その時だった。
「大変だ! 大変なことになったぞ!」
酒場に転がり込むように、一人の男が現れた。酒場の皆が皆談笑を止め、彼を見た。彼は一度呼吸を整え、言葉を発す。
「怪獣だ! 怪獣が出たぞ!」
その言葉に、誰もがどよめいた。
「まさか、一匹だけじゃなかったのか?」
「蘇ったとか?」
「死んでなかったのか?」
「あんなもん、二匹も出てきてたまるか」
「嘘だろ?」「そんな、わたし達が倒したはず……」
その言葉を切り裂くように、男は続ける。
「南の海のほうで、新しい怪獣が出たらしい。今度の怪獣は、背中にでっかい甲羅があるらしいぞ!」
「甲羅?」
「亀か?」
「グレイフォートレスの奴じゃないってこと?」
「二匹目の怪獣が、現れたのか?」
皆が口々に動揺を吐き出す中、たった一人、事態を正確に認識し、青褪めているものがいた。他ならぬ、酒場の隅にいる、フードを被った男である。
「知っているのか?」
その様子を察し、女が慎重に声をかける。
「まさか、ガ■■?」
この事件が切欠で、後にこの二人こそが、異世界初の怪獣対策と研究の専門集団、通称『異世界怪獣対策研究所』の所長と主席研究員になるのは、また別の物語である。
ゴドー・トジオとエアの、怪獣対策研究の道は、まだ始まったばかりだったのである。
***
『化学怪獣ラジュード』完。
こちら異世界怪獣対策研究所! 杉林重工 @tomato_fiber
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