第11話 ディレクターズカット
-------廃棄済みVTR (始)------
『わたしは結局、世界を救うための力で君を殺すだろう。君とわたしは、結局、ただ生きているだけで何かを滅ぼしてしまう害悪なのだ。だが、大和君のように、人間を信じたいという気持ちがわたしにもある。だから、わたしに次があるならば、今度こそ君のような存在を救いたいと思う。わたしがそうするから、もしも君にも次があったなら、そうして欲しい。壊すことしかできない、居場所のない誰かのために、手を差し伸べてやってくれないか』
-------廃棄済みVTR(終)------
「ゴドー! どこだ! 返事をしてくれ!」
エアは絶叫した。光化学レーザーを凌ぐために革の外套もほとんどが焼け千切れ、その下の黒くぴったりとした服も所々が裂けている。長かった爪も全て半ばから折れ、何よりも、あれだけ大きかった角が半分以上消失していた。魔力リソースとして消費した結果だった。
だだっ広い、枯れ木だらけの森を走り、なんとかラジュードの、否、三十メートルほどの高さに積もった土塊の麓にたどり着く。
ラジュードの結末は、予定通りだった。〈オムニエンザイムディスラプター〉の映写は成功し、怪獣の全身が汚染される前の状態を思い出し、注がれた超高濃度圧縮ドデカドミームをエネルギーにして逆行したのだ。全身の五分の一が記憶を取り戻せば、あとは連鎖的に変化する。そして、また汚染状態に戻らないように春の精霊も多数封印してあった。それらが一斉に原初的な命を呼び込んだ。その結果が、この土の丘だ。
それを前にして、エアは思わず足を止めた。苔生したその表面を割るように、まだ背の低い植物が次々とその芽を開き、懸命に光を求めて背を伸ばしていた。加えて、その周囲を温かな風が吹き回っている。その様を、美しいと思ってしまった。だが、続いて、ある光景が思い浮かぶ。
――埋葬だ。
ゴドーは恩人を埋葬した場所に、大きな石で目印をつけていた。この『丘』はそれに似ていた。
「ゴドー!」
エアはもう一度叫んだ。しかし、当然返事はなく、味わったことのない恐怖が全身をめぐる。恩人達の死を見届けた時でもこうはならなかった。
エアは固く握った手を解いて、やや変形した指輪を見つめた。ゴドーの恩師の指輪と同じものだ。遺体を見つけ、埋葬した後も、なんとなく返すタイミングを逃し、ずっと持っていたものだ。一方、ゴドーも恩師の指輪をずっと持っていたはず。今は、これだけが二人を繋いでいた。でも。
「駄目だ、精霊どもが五月蠅すぎる! どこかへ行ってくれ、今だけでいいから……」
物珍しい怪獣の遺骸と、何より魔族と人間の知恵の結晶が炸裂した爆心地である。彼らの興味を引いても仕方ないし、春の精霊はそもそも、ほかの精霊を強烈に呼び込む作用がある。魔族の目を持つエアには、怪獣の丘に加え、精霊の渦が重なって見え、ひどく気持ち悪かった。そのなかで、同じ指輪の持つ魔力の流れを感じることは困難だった。
そんな環境だからか、ワルワルは近づきたらず、呼んでも全く返事をしない。多分遠くに行ってしまったのだろう。空から探せればまだ可能性はあっただろうに。
手を振り回して当たり散らす力もない。エアは独り、這うように丘に登る。怪獣の首元で炸裂したなら、その付近にいるはずだ。だが、その中途、見慣れぬ精霊を一匹見つけた。〈金蝕虫〉だ。珍しい金品や宝石にまとわりつき、腐食を呼び込む。春の精霊が大手を振っているこの丘では、あり得ない精霊のはず。
エアが手を伸ばすと、丸い甲殻の羽をぱかりと開き、飛んで行ってしまった。エアは夢中で、〈金蝕虫〉がいた場所へその白い手を突っ込み、掘り返した。
「ゴドー!」
掘り下げるごとに、指輪と同じ魔力の味が濃くなるのを感じる。そうして、エアは手の中に、小さな感触を認めた。手を引っこ抜き、握ったものを見る。
「これは……」
エアの手の中に、二つ目の指輪が現れた。
「そんな、まさか……」
『博士は人間への疑念を最後まで払拭できず、親友すら疑い、そんな自分自身すら恐ろしくなって、最後に自死を選んだんだ』
エアには結局、いまいちわからなかった特撮映画『科学怪獣ラジュード』に登場するという、五行博士の最期。人間も何も信じられなかった五行博士は、怪獣と一緒に死を選んだという。
「嘘だ! ゴドー! 約束したじゃないか! 一緒に映画を撮るって! 魔族と、人間が楽しめる、そういう映画を撮ろうって……」
エアは両膝を柔らかな地面に着き、深く項垂れた。この彼女のぼろぼろの衣服すら、この丘で踊る精霊たちにとっては餌になるようで、苔が徐々に彼女の掌を登ってきた。
「やめろ! ゴドーを返せ!」
エアは慌てて立ち上がり、手を振り回した。そして、掘った穴をじっと見つめる。まさか、もうゴドーは分解されてしまったのか。
「そんな……強くしすぎたのか? こんなことになるなんて思ってなかった……」
膝をついたわずかな間ですら苔が全身を覆うのだ。一分でも気絶すれば、あっという間に土の精霊や死の精霊に食われてもおかしくはない。
「わたしが……殺したのか?」
エアの手から指輪が落ち、地面に刺さる。震える手でエアは自分の首を押さえた。
「そんな、ゴドー、わたしは……そういう、つもりじゃなかったんだ……」
何が、自分で決めればいい、だ。エアの全身ががくがくと震えだし、心拍数が上がって呼吸が浅く繰り返される。
わたしは、魔界から逃げてから数十年、何もせずにふらふらとし続けた、愚かで、怖がりな、魔族でも人間でもない半端者です。
その上、せっかく見つけた大切な人を殺してしまいました。
所詮は、魔王を殺すために作られた半人半魔の道具に過ぎず、結果、人間を殺すことも訳ない怪物なのだ。どうやったって、自分には何かを殺すことしかできないのだ。
自分の決意なんて、運命の前には軽く吹き飛ばされる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……わたしが、関わったばっかりに……壊すことしかできないのに、役に立とうとしたから……夢を見たから……死ぬべきは、わたしだったんだ」
ただ、存在するだけで、人に関わろうとしただけで、何でも壊してしまう。存在するだけで不幸を振りまくのだ。兵器としての定めから逃れられない。
「……怪獣は、わたしだ」
愕然とし、エア再び地面の上に小さく蹲る。瞳からぼろぼろと涙が零れ落ち、土を泥に変えていく。そのときだった。
丘全体が、一瞬だけ震えたのだ。それが、エアにはなぜか、叫び声に聞こえた。精霊たちが慌てふためき、丘から転がり落ちていく。
その様子を眺めていると、ふと、口の中に覚えのある味を感じた。ちょうど、目の前の斜面に、大きな裂け目ができていた。さっきの揺れで開いたものに違いない。
エアは柔らかな土に足を取られながら、必死で斜面を駆け、一点に指を突き刺し突き刺し掘り返した。
「ゴドー!」
その中に、人間の肌を見た。慌てて引っこ抜くと、それはまさしく、ゴドー・トジオだった。
「起きろ、ゴドー!」
エアはゴドーの肩を揺すった。まだ、生きているのはわかる。だが、死にそうな人間を前に、どうすればいいか見当もつかなかった。自分の髪を千切って栄養に変えてゴドーに与えることはできても、それで今、薄く引きつくような彼の小さな鼓動が蘇るとは思えない。
「わたしの夢を、同じ夢を見てくれるといったじゃないか! 映画を撮ろうって、約束しただろう! 頼む、起きてくれ! わたし一人で、映画なんて作れるわけがない。一緒じゃないとできないんだ……」
エアの瞳から、ぼたぼたと涙がゴドーに注ぐ。
「謝ったらいいのか? わたしが悪かった。こんなことにゴドーを巻き込んで、恩人の夢を叶えることもできない言い訳に、見たこともない魔族の口車に乗せられて、怪獣退治なんて意気込んだのが悪かったのか? お願いします、なんでもするから、ゴドーは悪くないから……助けてください」
エアはゴドーの胸の上に額を乗せ、もう祈ることしかできなかった。
「……こういうとき、映画だったら、人工呼吸とか、すると思うよ」
「ゴドー?」
ふいに聞sこえた声に、エアは顔を上げた。血色は悪いが、ゴドーが目を開けていた。
「ゴドー!」
エアはゴドーに抱き着いた。角が短くなり、爪も折れて、魔族としては格好のつかない姿だったが、そのおかげで今、こうして彼に密着し、その鼓動や吐息を感じられることが何よりも嬉しかった。
「待って、痛い、死ぬ……」
そうして、小さく捻りだすような声に、エアは慌てて手を離した。
「すまない! つい嬉しくて……」
顔を真っ赤にしてエアはそっぽを向いた。
「いや、いいんだけど……とにかく、ここを離れたい。人がいつ来るかもわからないし」
軍の施設は近い。怪獣が倒されたとなれば、すぐにやってくるだろう。ゴドーはともかく、半人半魔のエアが捕まるのはまずい。
「そうだな。えっと、どうしようか」
エアはとりあえず、ゴドーに肩を貸して立ち上がらせる。しかし、これから人目につかないところに移動するのは骨が折れる。辺りはラジュードの公害のおかげで枯れ木しかなく、紛れ込めそうなまともな森までは数十キロメートルを歩かなくてはならない。
ぎいいっ。
と、上空から聞きなれた鳴き声がした。魔力の放出が少ない特殊な鱗を持つ、ワイバーン。
「ワルワル! お前、今までどこに行ってたんだ!」
エアが叱る。だが、その声には喜びが混じっていた。丘が揺れ、精霊が逃げたおかげで近づいてきたのだろう。
「ゴドー、逃げよう」
「当たり前だ」
ワルワルに、ぐったりとしたゴドーを積み込み、その後ろから抱き着くようにエアが乗る。
「行こう! アクション!」
エアの声に、ワルワルが返事をし、ワイバーンは天高く舞い上がった。
――そうして、枯れた大地と高層ビル群の目の前に、巨大な緑あふれる土くれだけが残った。
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