最期に見た夜空は、まるで子守歌のように

間川 レイ

第1話

「ねえ、唯香」


私は掠れそうな声を叱咤しつつ、声を上げる。この静寂だけが支配する暗闇の中、この戦場のどこかにわが友もいると信じて。


「まだ、生きてる?」


「何とかね」


果たして。さほど離れていない個人用塹壕から唯香の返事が聞こえる。良かった。私は自分の個人用塹壕の内壁に体を預けながら胸をなでおろす。どくどくと湧き出る血潮で真っ赤に染まった胸を。


「でも、ごめんね。しくじっちゃった。私、駄目みたい」


そういう唯香の声は、血に湿っていて。こんな時だというのに、お仲間だなという考えがふと頭をよぎったことに苦笑する。そのはずみに胸の傷がずきりと痛んで、キリキリと眉をしかめる。


「みんな、死んじゃったのかな」


そういう唯香の声に、「かもね」と短く返す。徴兵された私のクラスメイト達。先生生徒含め顔見知りや友達が皆死んだというのに、不思議と私の心は凪いでいた。それは、私もまた致命傷を負い死にゆくものの一人に過ぎなかったからかもしれないし、あるいはまた、この大戦がはじまって人の死というものが当たり前になりすぎたからかもしれない。本土に対する大空襲で死んだ私の家族のように。我ながらびっくりするぐらい、私の心は凪いでいた。


当たり前のようにみんなで高校に言って、つまらない授業を受けていたある日。大陸方面の紛争をきっかけとして、第三次世界大戦が勃発した。私たちの国も、大戦とは無縁でいられなかった。雲霞の如く押し寄せる上陸用舟艇の群れ。自衛隊は奮戦に奮戦を重ねたけれど、多勢に無勢、敵の圧力を支えきれずずるずると後退を重ねた。


国主導の「祖国を守ろうキャンペーン」だとかいう安直な名前の事実上の徴兵が始まったのも、開戦後わりかしすぐのことだった。そして徴兵年齢の下限は16歳。私たちのような高校生も徴兵の対象となった。クラスに一人、訓練教官兼指揮官という名目で送られてきた片腕を三角巾で釣った自衛官。安野だったか安井だったか、その何とかいう教官のもとで4週間の訓練を受け、初めて投入されたのがこの戦場。その初戦にして私たちの部隊は壊滅。生き残りは私たち二人だけというわけだ。そして、その生き残りも間もなくいなくなるわけだけど。


だというのに、やっぱり私の心はとても静かに凪わたっていて。胸の傷口の痛みすら、だいぶ感じなくなってきた。感じるのは圧倒的な眠さとだるさ。ここ最近、訓練の連続だったからかな、なんて。そう独り言ち、再度苦笑する。単純に、私の命の灯が消えようとしているだけだ。なのに不思議とそれほど怖く無くて。何でだろう。そう考える。


「こんなことになるんだったらさあ」


血に湿った咳をしつつ、唯香の声が聞こえる。


「もっと真面目に勉強しとくんだったよね」


「そうだね」


私は頷く。こんなことになるのなら、もっと真面目に勉強しておくのだった。だってもう勉強したくてもできないのだから。私も唯香も、宿題忘れの常習犯で、よく先生に怒られていたものだったけれど。それが無性に今になって悔やまれる。


「もっと真面目に、合唱コンの練習しておけばよかった」


「そうかもね」


私は頷く。合唱コンなんてだるいし、適当にふけようぜ。そう言いあって唯香と一緒に抜け出した合唱コンの練習。真面目に取り組んでいる一部の子からは滅茶苦茶睨まれたし、HRでの議題になるぐらい問題視された。けれど、練習をさぼった日の帰り道、唯香と一緒にコンビニで買ったあんまんは、とても美味しかった。


「もっと真面目に、生きてくるんだったよね」


「言えてる」


そう、もっと真面目に生きてくるんだった。勉強も、部活も、イベントも。今が楽しければそれでいいじゃなくて、もっと真剣に将来のこととか考えて行動すべきだった。


「でもさ」


唯香は続ける。


「楽しかったよね」


「うん」


そう、楽しかったのだ。唯香と一緒にいるのは楽しかった。宿題の件でこっぴどく叱られた帰り道、担任の悪口で盛り上がった。合唱コンも一緒にさぼった。部活の先輩の卒業式で、一緒にサプライズを仕掛けた。一緒に遊びに行ったりもした。一緒に水族館に行った。静かなBGMが流れる館内を、手をつないで散策した。その手の温かかったこと。一緒にカラオケに行った。予想以上に唯香の歌が下手で、お腹を抱えて笑い転げた。一緒に喫茶店に行った。推しの話で2時間ぐらい話した。そう、楽しかった。


ああ、そうか。私は独りごちる。唯香が一緒だから、寂しくないんだ。私は戦闘服の胸ポケットをまさぐる。そして出てきた。唯香とともに撮ったプリクラが。血に濡れてはいたけれど、私たち二人は心底楽しそうに笑っていて。まるでこの先の未来に、何の心配も無いと言うように。


私は天を見上げる。個人用塹壕の縁で丸く切り取られた夜空を。あいにくの曇り空で月なんてどこにも見えなかったけれど。


私は掠れ行く意識の中で小さく口ずさむ。


「つーきがーきーれいでー……」


私の推しの曲。私たちの推しの曲。どこか遠くから聞き覚えのある旋律が聞こえてくるのが、子守歌みたいで懐かしかった。






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最期に見た夜空は、まるで子守歌のように 間川 レイ @tsuyomasu0418

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