花子さんのお弁当

脳幹 まこと

花子さんのお弁当


 お昼休みはトイレに向かう。


 便所飯のためじゃない。そもそもお昼ご飯なんてものは僕にはない。

 親が作ってくれないから。

 まあ、作ってくれたところで、クラスの奴らに床にぶち撒けられるだけなんだけどね。

 一番疲れないところがトイレってことさ。

 三日に一度は放水攻撃受けるけど、まあ他の場所じゃ身の危険もあるからしょうがない。


 いつものように個室に入ってぼんやりしていると、ドアの向こうから声が聞こえた。 


「私、花子さん」


 間違えて女子トイレに入ってしまったかと思ったが、嗅ぎなれた臭いが「ここは男子トイレ」と叫んでいる。

 とすると、間違えているのは向こうか。

 声をかけてやりたいけど、あいつらにバレるのもやだしな。


 黙っていると、下の隙間から布に包まれた箱が入ってきた。


「あなたの分も作ってきたの。一緒に食べましょう」


 ぽかんとした。

 見ず知らずの人にトイレの個室越しに弁当渡すかね。

 あー、これはあいつらのタチの悪い遊びだな。声はボイスチェンジャーか何かで誤魔化してて。

 中身はきっとホウ酸団子とかだな。


「私をあの花子さんだって信じてないの?」


 僕の心を読むかのように、声は少し怒ったようになった。

 あの花子さんって、まさかあの花子さん?

 名前だけは有名だけど、会うとどうなるかはぶっちゃけよく分かんない、あの?


「あなたのことは入学から毎日見守ってきました。私は謂わば、あなたの第二のお母さんです」


 ふうん。

 包みを手に持ってみると、ほのかに生温かい。

 人の握ったおにぎりが食べられない人の気持ちが分かった気がした。


「今、個室にいるわ。一緒に食べましょう」


 ……まあいいか、便所飯だけど。


 随分久しぶりのお昼ご飯の気がするな。

 包みを開けてみると、割り箸とタッパーがあった。

 タッパーにはおばあちゃんが作ったみたいな、地味な色合いのやつが色々入っている。

 花子さんも歴史あるし、そんなもんか。


 早速開けようとすると、彼女は「ケンジ」と呼んだ。

 

「いただきます、は?」


 うわあ、そこらへんもおばあちゃんだ。

 僕んちおばあちゃんいないけど、きっといたらこんな感じなんだろうなあ。

 でも、トイレで「いただきます」なんて流石に気が狂って……


「い・た・だ・き・ま・す・は?」


 こわ。

 ちかよらんとこ。


(いただきます……)


 そう呟いて、合掌。

 ためしにひとつ、口に運んでみる。


 ……


 ……


 意外と、いける。

 ちょっと塩気が強いけど。


「おいしい?」


 頷く。


 悔しい。

 明らかに不審者なのに。


 きっと、したり顔を浮かべているのだろう。


 おかっぱ頭で眉が太くて、白いシャツに赤いスカートを着た……


 自分より一回り小さい女の子が。



「お゛お゛ぅ゛っ゛!?」


「いや、個室にいるって言ったじゃん」 


 どういうこと?


 いつの間に?


 つか、なんで同じ個室にいんの?


 不審者か何か?

 

 あ、いいのか。


 あの花子さんだから。


「さあ、食べて食べて」


 笑っている。


 涙が流れる。

 僕は人の笑顔を見るとこうなる性質なのだ。

 こうなった後、無性に死にたくなるのだ。


 むしゃむしゃと食べていく。


 誰かに見られるのにはなれてなくて、味も分からず食べてしまった。


「ごちそうさまでした」


「おそまつさまでした」


 彼女はタッパーを受け取ったまま、じっとこちらを見つめる。


 よく考えてみると、この構図、ヤバくない?


 狭い空間に男と女がいるんだけど。


 流石にズボンは下げてないけど。


 そもそも、この後の数十分、どうすればいいんだ。


 気まずすぎる。


 いつもだったら、いいのだ。


 ぼんやりするなり、両手をサムズアップしたまま「いっせーのでイチ」と永遠に言い続けるゲームをすればいいのだから。


 だが、流石に人前でそんなことは出来ない。


 雑談?


 流石に出来ない。


「いいのよ、ケンジ。あなたの好きにすればいいの」


 お母さんのつもりだ。


 この人、本当にお母さんになろうとしている……!


 はあ。


 本当に。



「花子さんがお母さんなら良かったのに」



 本音を口に出してしまった。


 その様子をじっと見つめた後、彼女は言った。


「ダメよ、ケンジ。そんなこと言っちゃ。お母さんはあなたのことを思って……」


「そんなわけないだろォ!!?」


 あんな人、お母さんだと思いたくない。


 僕がこんな目に遭ってるのも、元を正せば、全部あの人のせいじゃないか!!


 それから、僕は思いの丈を吐き続けた。


 聞かれてもないのに。


 恥知らずにも。



 昼休み終了五分前のベルが鳴って、ようやく僕は止まった。


 前を見てみると、一枚のハンカチがあった。


「涙と鼻水を拭きなさい、ケンジ」


 そう語る彼女の顔は、僕が思い描くお母さんのように優しかった。


「私は花子さんだから、トイレから出ることは出来ないの。だから、あなたを守ってあげることは出来ない……」


 彼女の声が小さくなっていく。


「でもね」


 彼女が遠のいていく。


「ここに来てくれたら」


 消えていく。


「精一杯、受け止めてあげるから」



 個室のドアがガチャリと開いた。


 行け、ということなのだろう。


 きっとひどい目に遭うんだろうな。


 でも、これからは。


 今までより、ほんの少しくらいは。


 頑張れるかもしれない。


 ……


 ……それじゃ、



 とトイレから出る前に、ふと思った。


 お弁当の材料はどこから出てきたんだ?


「それはもちろん」


 突拍子もなく出てきた彼女は言った。  


「トイレにあるもので、よ」


 うーん。こんちくしょー。


 いや、食べたことある味だとは思ってたけど。


「いってらっしゃい、ケンジ」


 彼女は僕の背中をポンと叩く。

 

 何かムカつくな。


 女の子なのか、おばあちゃんなのか、不審者なのか、お母さんなのか、はっきりして欲しい。


 こうなったら。


 ほんの少しだけ、やり返してやる。



 ……



 ……



 僕の名前はユウタ。


 はじめてのキスは、舐めなれた便器の味がした。

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