わたしの可愛い騎士さま
『ごめん! 急にじいちゃんが倒れて、私しか付き添い出来ないから、今日行けなくなった! ほんとごめん!』
目的地に向かう電車の中で届いた、末吉からのメッセ。
内心「マジか……」って思ったけど、自分の買い物より正直おじいちゃんのほうが大事だから『気にしないで。おじいちゃんお大事に』と返した。
そしてそのままサラちゃん宛てのメッセ画面を開くと、スタ爆して起こした。まだ午前十時過ぎだからギリ寝てるかも知れないと思ったんだけど、慌てて誤字だらけの返信がきて、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
『姫ちゃん、どうしたの?』
『末吉が来れなくなったの。サラちゃん、いまから出てこれる?』
『うん、いいよ。すぐ向かうね』
一先ずサラちゃんが来てくれることに安心して、スマホから顔を上げる。
今日のわたしの格好は、いかにも行き先は原宿ですって感じの全身ロリータだ。
ロベリアっていうブランドの一式で固めていて、薄水色のジャンスカに白のフリルブラウスと、ジャンスカと同じデザインのボンネットを合わせている。白のニーハイソックスには透かし模様で脚の外側に蔦が描かれていて、9cmチャンキーヒールの水色の靴には、三連リボンストラップがついている。
バッグは肩掛けストラップがついたハンドバッグで、花冠みたいに水色の花が縁を華やかに彩っていて、見ている分には可愛い。
人並みに可愛いものは好きだけど、此処まで来ると供給過多だなぁと思う。
待ち合わせ場所は、竹下口改札前。
改札を出る人の邪魔にならないように、柱の横辺りで待つ。
この出口はわたしと似たような格好をした人は勿論、ハロウィンパーティを途中で抜け出してきたみたいな人や、一見すると地味だけど英国のロックブランドを着てる人なんかが山ほどいて、眺めているだけでも飽きない。
ロリータと一口に言っても、その種類は色々ある。わたしが良く買ってもらってるブランドのロベリアは『愛らしさに秘められたひとしずくの毒』で、もう一つ特別な日とかに買ってもらえる一段階お高いブランドのカンタレラは『甘美なる毒の花』がコンセプト。初めて見たときどっちも毒じゃんって思ったし、末吉にそれを話したら「薊は毒ってか対戦車兵器だよね」って言われて絢子に泣きついたことがある。
前者は甘ロリで、後者はクラロリ。わたしも以前は全くわからなかったし知らない人からしたら大した違いはないと思う。
「あ、あの服いいな……何処のだろ」
竹下通り入口を抜けていった背が高い女の人が着ていた、スポーツブランドっぽい服が格好良かった。本当はああいう動きやすい格好が好きなんだよね、わたし。すぐ足が出るし、敵とみるや飛びかかるし。
いま喧嘩売られたら、さすがに本調子は出せないなぁ。
「ねえ、キミさっきからそこにいるよね? 暇なの? 俺とお茶しない?」
とか言ってる矢先に、クソどうでもいい男に声をかけられた。
「約束あるし、普通に嫌ですけど」
「またまた~暇なんでしょ? ずっとそこいたじゃん? てか見てたから嘘ついても無駄だよ?」
この猿には待ち合わせって概念がないのか、やたら決めつけてくる。
見た目もチャラいし、口調もチャラい。しかも、香水と整髪料の臭いが混ざってて滅茶苦茶臭い。汗とか風呂入ってない悪臭も最悪だけど、これもヤバい。こんなのが電車乗ってきたとか最悪過ぎる。香水一瓶頭から被ったのかってくらい臭い。
思わず顔を背けたら、手首を掴まれた。
「シャイなんだ? 可愛いね? もしかして東京初めてとか? 俺がいいところ案内してあげよっか? あ、ヤリモク警戒してる? 普通にデートだよ? ただお茶するだけだし、変なことはしないよ? ほら、早く行こ?」
いちいち語尾が上がった喋り方もウザいし、矢継ぎ早に言いたいことだけ言うのもウザい。駅前だしデート服だからって大人しくしていればつけあがりやがって。
ああもう、臭いしキモいし、いい加減手首も痛いから警察が飛んでくるのを覚悟でぶっ飛ばしちゃおうか。
――――そう、思ったときだった。
「俺の姫ちゃんに何の用ですか」
男の手を引き剥がして、抱き寄せる大きな手があった。
そろっと見上げたら、サラちゃんがわたしを片手で抱きしめてナンパ野郎を睨んでいた。
心臓の音がうるさい。どっちの音だろう。サラちゃんかな。知らない人にこういうこと言うの、慣れてないもんね。うん、きっとサラちゃんだ。そうだ。
「は……? いやいや、俺が先に声かけたからね? 横からとかなくない?」
このナンパ野郎、もしかしてサラちゃんを横取りナンパ野郎だと思ってる? え、そんなことある? 空気読めないどころか言葉が理解出来てないとかそんな奇跡的なバカなの、ヤバい通り越して気持ち悪い。
臭くてキモくてバカで不細工っていいところ何もないの最悪過ぎて笑える。
まだ諦めずに手を伸ばそうとしてきたから、わたしは体を捻って蹴り上げた。頭の上からサラちゃんの「あっ」って小さな声がしたのは聞かなかったことにして。
「しつっこい!!」
「ぐぅっ!?」
昼間っからソレを使うことしか考えてない男の、粗末なブツを。潰すつもりで。と言いたいところだけど、さすがにこんなクソカスキモ野郎のために人殺しになりたくないから、一応僅かながら手心は加えてやった。感謝しろボケが。
「行こう、サラちゃん」
股間を押さえて蹲った男を無視して、わたしはサラちゃんの手を引いて竹下通りの無限湧きみたいな人混みに紛れた。
「サラちゃん、さっきはありがと」
ラフォーレ前まで来て、やっと一息吐くと、わたしはサラちゃんを見上げてお礼を言った。
「ううん。遅くなってごめんね」
「そんなことないよ。最速だったでしょ」
此処までは電車で約二十分。起きて支度して飛んできたとしたら、充分早かった。
お買い物を済ませて、サラちゃんと一緒にスタバの新作を飲んで、帰りにアイツがしつこく待ち伏せしてたら嫌だからわざわざ別の駅から帰って……とやったら、家に着いたのはすっかり日が暮れたときだった。
買ったお洋服と一緒にサラちゃんもわたしの部屋にお持ち帰りして、クッションに腰掛けたサラちゃんのお膝に腰を下ろした。サラちゃん座椅子は相変わらず座り心地満点だ。
「お疲れ様、サラちゃん。今日は急だったのにありがとう」
「ううん。俺、姫ちゃんとお出かけ出来てうれしい」
背後を振り返りながら言うと、へにゃりと笑うサラちゃんの可愛い顔があった。
眦がやわらかく下がって、ほっぺたがほんのり染まるこの顔がわたしは大好きだ。一生見ていられる。ていうか他で見せないでほしい。
「そうだ。サラちゃん、昼間のとき、なんて言って助けてくれたの?」
「えっ…………えっ……?? な、なにも……」
一瞬何のことかわかってない顔で見下ろしてきて、すぐに気付いた様子で真っ赤に頬を染めて、それからオロオロしながら目を逸らした。
一連の百面相が可愛くてつい吹き出すと、サラちゃんが「姫ちゃん」と呼んだ。
「なぁに、サラちゃん」
「姫ちゃんは、その……嫌じゃなかったの?」
「ナンパ? めっちゃ嫌だったよ。あれだけで済ませたの褒めてほしいくらい」
「そ、そうじゃ、なくて、えっと……」
しどろもどろになりながらも、サラちゃんはがんばって伝えようとしている。
昼間、ナンパ野郎から助けてくれたとき、わたしは苛々しててサラちゃんの言葉をちゃんと聞けていなかった。まさかあのタイミングでサラちゃんが助けに来てくれるなんて思ってなかったってのもあるんだけど。とにかくずっと気になってた。
「……お、俺、の、姫ちゃん……って……言った…………」
「っ……!」
蚊の鳴くような声でやっと言えたその一言は、わたしの心臓をぶち抜いた。
なにこの可愛いの。可愛いくせに格好いい。だって、サラちゃんからそんな言葉が出てくるなんて聞いてない。あのとき聞いてなかったなんて、信じらんない。
だって、だってそんなの、格好良すぎじゃない。
「サラちゃん……わたしを置いて一人で格好良くなんないでよ……ただでさえ可愛さ部門でも勝てないのに」
「? 姫ちゃんは可愛いよ?」
「そういうことじゃ……ああもう、ずるい……そんなの」
勝てるわけない。
俯いたわたしの頬に、サラちゃんの大きな手が触れる。
熱くて、骨張ってて、わたしの顔を片手で隠せちゃいそうなくらいに大きい。
つられて後ろを振り向くと、すぐ目の前にサラちゃんの顔があって。片目だけ覗く黒い瞳にわたしが映っていて。ああ、きっといまわたしの目にもサラちゃんが映っているんだろうな、って思ったら何だか照れくさくなって目を閉じた。そしたら、
「……んっ……」
ちゅって音を立てて、やわらかいものが唇に触れた。
「サラちゃん……?」
「えへへ、姫ちゃん、好き」
目を開けると、ふにゃふにゃな笑顔のサラちゃんがいて。もう一度キスされて。
「姫ちゃんが知らないひとに捕まってて、凄く怖かった。だから……」
「んぅっ……」
またキスが降ってきた。
平日の登校中と今日の昼間と、今週だけで二回捕まったもんね。ごめんね。
「だから、なぁに?」
「だから……俺、もう、我慢しない。姫ちゃんのこと、好きって言う」
「言うより先に手が出てんだよねぇ」
「姫ちゃんだっていつも手が先に出るもん」
「え、ヤバ。華麗に論破するじゃん」
開き直ったサラちゃんは強かった。
泣きそうな顔のくせに、目の奥には雄の光が宿っていて、力強い。ふわふわ可愛いわんこだと思ってたら狼でしたって感じ。でも、そんなところも可愛い。大好き。
「いいよ、何度でもしよう。わたしもサラちゃん大好きだよ」
「えへへ、うれしい。姫ちゃん、大好き。大好きだよ」
思い切り抱きしめられて、何度も何度もキスの雨が降る。
「俺、姫ちゃん大好きだから、がんばって守るよ」
「わたしも。サラちゃんのこと守ってあげる」
「う……うれしいけど、姫ちゃんは手加減を覚えてよ」
「……考えておく」
じっと見つめてくる、サラちゃんの視線が痛い。
「わかった、わかったから。無茶苦茶しないし、サラちゃんが止めたらやめるから。これでいいでしょ?」
「うん。うん、うれしい。大好き」
なんかもう、サラちゃんには強さでも格好良さでも可愛さでも、一生勝てないって思った。
わたしの大事な幼馴染。
わたしの大好きな恋人。
一生守るから、一生守ってね。
Rosebud Beast♡姫が野獣で野獣は姫 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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