得がたいものたち
「
教室に入ると、わたしは真っ先に友達のところへ駆け寄った。後ろをサラちゃんがついてきても変に身構えたり逃げたりしない、数少ない友人たちだ。
「はよ。また朝の運動してきたの? ウケんね」
そう言ってわたしの前髪を梳いて直すのは、
176センチの長身と王子様フェイスで、男子より女子にモテる。本性はやんちゃボーイだし全然王子様じゃないんだけど、外面を作るのが上手いからバレンタインのときには大量のチョコレートをもらうし、放課後の呼び出しは九分九厘告白だ。あ、残りの一厘は「俺の彼女を取りやがって!」っていう負け犬の遠吠えね。
末吉と知り合ったのは高校入ってからで、最初はわたしのこときゅるるんぷりちーアイドル様系女子だと思ってたらしい。そしてかく言うわたしも、末吉のことを所謂女子校の王子様とか宝塚のプリンス系女子だとばかり思ってたからお互い様だ。
お互いがお互いの認識を改めて仲良くなったきっかけは、間違いなくあの日だって瞬間があって。それはわたしが、しつこいナンパに見せかけた水商売のキャッチを、路地裏にあるいかにもなお店の駐車場でボコボコにしてるのを見られた日。
そのとき末吉が言った言葉を、わたしはいまでも一言一句逃さず覚えている。
『ソイツ、気絶したフリで下からパンツ見てっけどいいの?』
わたしが秒速で狸寝入り野郎をぶっ潰したのを見て拍手したことといい、わたしが路地裏に連れ込まれたのを見て面白そうだと思って追ってきたところといい、末吉は見た目通りのキラキラプリンス系女子ではないな、と、このとき思った。
因みに末吉ってあだ名は、苗字と名前のあいだを取ったもの。
「もう、嫁入り前の体に傷がついたらどうするのよ」
そして母親みたいなことを言うこの子は、
一言で言うなら、おっぱいがデカい。高校生にしてHカップというもの凄い巨乳の持ち主だ。前にぱふぱふさせてもらったんだけど、ヤバかった。あれから癖になっていまでは貴重な癒しタイムになっている。
絢子は男子にモテるんだけど、その殆どが「一発ヤらせてほしい」っていうクソな目的ばかりだから、本当にモテてるとは言えなさそう。絢子は慣れたって言うけど、オナホを見る目で見られて気分がいいわけないじゃない。
変なのに絡まれたら代わりにすり潰してあげるから言ってねって伝えてあるのに、絢子はあんまりわたしを頼ってくれない。なんでだろう。
因みに絢子と仲良くなったきっかけは、件の末吉とお互いの第一印象が翻ったあの日と同日、ほぼ同時刻だ。裏路地から出たら警察と話している絢子がいて、出てきたわたしを示して『あの子です』と言った。何でも路地裏に連れ込まれてるのを同じく目撃してしまって、此方は常識的に警察を呼んだらしい。
路地裏の駐車場へ様子を見に行った警官が戻ってきて、訝りながらわたしに事情を聞いたんだけど、わたしは『なんか内輪揉め始めたんで隠れてました』そして末吉は『私は女の子が連れ込まれたのを見て追っかけたんですけど、その子が隠れてたから余計な手出ししないほうがいいかと思って同じく隠れてました』と証言した。
警察は彼らが付近で度々問題を起こしている人たちだということと、わたしたちが高校生だということを加味して、たぶんまるっと騙されたわけじゃないだろうけど、でも『今回は無事だったからいいけど気をつけなさい』と注意して帰っていった。
あのあと特にお咎めもなかったから、あいつらたぶん女子高生に返り討ちにされた事実よりは内輪揉めで自爆したほうがマシだと思ってそういうことにしたんだろう。
あのときの絢子も、結構面白かったんだよね。
警察が帰ったあとわたしを見て、本当にこう言った。
『大丈夫? おっぱい揉む?』
びっくりした。
リアルで言う人を初めて見たし、本当に揉ませてくれたし。
あ、勿論、路上でじゃないよ。あのあと何となく三人でカラオケ入ったんだけど、其処で失礼させてもらっちゃって、あまりの癒しにうっかり寝落ちしかけた。
あれからわたしは、嫌なことがあると絢子に癒してもらっている。
「絢子、おっぱい貸してぇ」
「はいはい、どうぞ」
絢子のむちむちの太ももに跨がり、正面から抱きついて谷間に顔を埋める。絢子は女の子らしい甘い匂いがするから、おっぱいのふわふわ感と合わさってすぐ寝られるくらい癒される。
「絢子のおっぱいは誰にもやらない……」
「あらぁ。薊ちゃんったら甘えん坊さんねえ」
くすくす笑って頭を撫でる絢子の手つきは絶妙で、本当に寝そう。
「マイナスイオンヤバい……絢子と付き合いたいヤツはまずわたしを倒せ」
「あんたそれじゃ絢子が一生誰とも付き合えないだろ。ヒグマに嫁がせる気か?」
「吝かではない」
「やめたれよ」
そういう末吉だって、絢子が乳しか見てないような下半身野郎に声かけられたときプリンスフェイスとイケボを駆使して撃退してたじゃない。知ってるんだからね。
「ていうかあんたら、見た目だけならおねロリだよな」
「友達に対して凄いこと言うじゃん?」
末吉マジでその顔面と音声あってないから。字幕間違ってるから。
絢子とわたしは同い年なんだけど、って言い返す代わりにおっぱいに埋もれたまま横目で見ると、スマホで写真を撮られた。
「ちょっと、盗撮禁止ー」
「別にどこにも上げないって」
「当たり前でしょ、もー!」
「あの騒ぎは少し大変だったものねぇ」
前に絢子と末吉と一緒にTDL言ったとき、軽い気持ちでインスタに三人で撮った写真を上げたら大変なことになったから、あれ以来、ネットに顔写真を上げることは絶対にしなくなった。元々加工した顔写真のアイコンだったのをお兄ちゃんの私物のギターピックに変えたし、ナンパしてきたアカウントは全部無言ブロックした。
「あっ、そうだ。今度の土曜、買い物付き合ってくれない? お母さんがロベリアの新作買ってきてほしいって」
「いいよ。特に予定ないし」
「ごめんねぇ、あたしは無理。お姉ちゃんが子供連れて帰ってくるの」
「そうなんだ、残念」
絢子とお姉ちゃんは五歳離れていて、二歳と0歳の子供がいる。絢子は女子高生にしておばさんの立場になったんだけど、さすがにおばちゃん呼びは可哀想だからってお姉ちゃんは娘の二歳ちゃんには「あやちゃん」って教えてるみたい。
「ところで薊、その新作ってどんなん?」
「んー? これ」
スマホで公式サイトの画像を見せると、末吉は「わあ」と棒読みで声を上げた。
画像のお洋服はフリルとレースとリボンがたっぷり使われたロリータ服で、背中に天使の羽がついたリュックや造花がお花畑みたいについたヘッドドレスもある。
「相変わらず凄いね、お母さんの趣味」
「まあ、自立するまではね……仕方ないかなって……」
養ってもらっている身だし、決して安くない服をわたしのために買ってくれるのはありがたいといえばありがたい。ほしくてもお小遣いじゃ買えないって子もいるし。ただ、嫌ってほどじゃないけど大好きってわけでもなくて、なんていうか、わたしの趣味とは違うんだよね。お母さんには言えないけど。
わたしが可愛いの大好きな女の子らしい趣味の女の子だったら、もっとお母さんと話が弾んだりしたのかなと思うと、ちょっと勿体ない気もする。
「私がいるから大丈夫だとは思うけどさ、その格好でリアルスマブラすんなよ?」
「それは絡んでくるヤツに言ってほしいかなぁ」
――――なんて、言ってたのに。
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