第21話 番外編 クラリスサイド

 ユマが旦那様の愛人の事をバーバラお母様と呼んでいた。

 唯一大切にしていた娘が、私に冷たい態度を取り始め、よりにもよって旦那様の愛人をお母様と呼ぶなんて。

 たった一つの大切なものまで奪われた私の心は壊れそうだった。


 私は助けてと書いた手紙を実家に出した。


 夫が婚姻前から愛人を囲い、今後は関係を結ばないと約束したのにもかかわらず子を儲けていた事。しかも娘のユマとも交流させ、ユマが愛人の事を母と呼び自分の言うことを聞かないどころか無視するようになったことを書き綴った。離縁にしてもなんにしても一度落ち着いて考えたいから実家に戻りたいと。 


 明日、娘が友人の家から帰ってきたら、娘を護衛に任せて領地に行かせて、実家に戻ろう。これ以上我慢していると大事な娘のユマの事まで憎んでしまいそうで怖かった。

 長期に家を出る事を想定して、服や化粧品、宝石をカバンに詰めていると、かちゃっとノックもなしに扉が開いた。

「あ……」

 荷物をまとめている私を見てメイドは驚いたようだった。


「お、奥様! あ、あのまだ起きてらっしゃったのですね?」

「ノックもせずに、しかも寝ていると思って入ってきたというの?」

 私はいぶかし気に入って来たメイドを見た。

 ここに来てから数年はたっているメイドだったが、これまで特段問題のないメイドだった。

「奥様、そのお荷物は?」

 メイドはカバンに目をとめ、そして明日身につけようと思い机に並べていたアクセサリーを見た。

「関係ないわ、出て行きなさい」

 メイドは謝りもせず、しばらくこちらを見ていたが体の向きを変え、ドアの方に向かった。

 後ろ姿を見送りながら、このようなメイドはユマのためにも暇を取らせなくてはとため息をついた時、扉の前でそのメイドは立ち止まった。

 そしてこちらを振り返ったメイドの手には部屋に飾ってあったブロンズの女神像が握られていた。


 ふと気がつくと頭が割れるように痛み、床に敷いてある絨毯の上に倒れていた。メイドに殴られたのかもしれない。

 なんとか目を開けて周囲を見ると、メイドが私のドレスを着て鏡の前でクルクル回っていた。そして机の上に並べてあった指輪やネックレスを身につけていた。

 身動きをした私に気がついたメイドは、一瞬怯えたような顔をしたがこのままでは身の破滅だと気がついたのだろう。私に止めを刺そうと襲ってきた。

 私は無我夢中でメイドを突き飛ばすと、彼女はドレスの裾に足を取られ、後ろ向けにひっくり返った。

 不幸なことにメイドが持ち込んでいたランプ事ひっくり返り、割れて飛び出た油が彼女の来ていたドレスにかかり、燃えやすいドレスは一気に炎に包まれた。

 彼女の叫び声がひどく恐ろしく、目の前で人が炎に包まれていく様子に腰がぬけた。しばし呆然としていたが、ズキズキ痛む頭の痛さに我に返り、目に前にあった荷物をひっつかんで、家の者が駆けつけてくる前に暗闇に乗じて外に逃げた。

 このままここにいれば殺されると思ったのだ。もう誰も信用できなかった。襲ってきたのはメイドだったが私を疎ましく思った夫に依頼されたのかもしれないのだから。

 何とか屋敷を逃げ出したものの殴られた頭はズキズキ痛む。夜の外は危険がいっぱいで貴族夫人と明らかにわかるような格好でうろつくなど自殺行為だった。

 しかし身体はもう限界で、体を引きずりながらせめて身を隠せるところをと探していると、止まっている荷馬車が目についた。 

 私は何とかそれに乗り込むとそのまま意識を失った。


 そして体を揺さぶられ大きな声に目を覚ますと、荷馬車の持ち主が慌てた様子でこちらを見ていた。

 頭から血を流していた私に驚いた男は親切にも病院に連れて行ってくれた。

 私は偽名を名乗り、治療を受けると荷馬車の主にもお礼をして病院を出た。

 火だるまだったあのメイドが助かったとは思えない。私の生存が彼らに知られると確実に連れ戻される。正当防衛が認められたとしても今度こそ殺されるかもしれない。

 私は人を殺してしまった恐ろしさと夫から命を狙われている恐怖と絶望で打ちのめされていた。何とか両親に連絡を取り、付き添ってもらって自首をしようと決めた。

 しかし、ここはどうやら王都から随分遠い町だった。思ったより馬車の中で長い間気を失っていたようで、ここから実家に戻るのにもすぐには難しそうだった。


 病院を出て、宿をとろうと街に出て探していた時、男たちに声をかけられた。

「何かお探しですか?」

「え、ええ。」

 見るからに怪しい風体の男達に、頭を下げて通り抜けようとした。

「困ったときはお互い様だ。頭を怪我しているようだし助けになるぜ?まずはお近づきのしるしにお茶でもいこう」

 そう言って無理やり腕をとられる。

「大丈夫です! 放してください!」

「おうおう、親切に言ってやってるんだ。そんな言い方傷つくじゃねえか。なあ」

 三人の男達がゲラゲラ笑う。そのうちの一人に見覚えがあった。

 病院の待合室に座っていた男だ。

 訳アリの貴族女性だということはまるわかりだ、あとをつけてきたのだろう。

 恐くなった私は振り切って走り出した。

 しかし男たちにカバンを掴まれる。

 全財産が入った大切な荷物。だが、これに執着するともっと恐ろしい目に合うかもしれない。

 私はカバンを手放すと身一つで走り出した。


 これでもう追いかけてこないだろうと思ったのに、一人の男が追いかけてきた。

「逃げることないだろう、俺たちが親切にも世話してやろうって言ってるんだ」

 ニヤニヤ笑いながら追いかけてくる男を見て血の気が引いた。

 男の目的は金銭だけではなかった。

 私は痛む頭に涙を落としながら逃げたが、限界だった。

「こんな男たちに汚されるくらいなら……」

 下卑た男の手が自分に触れる前に私は横を流れる流れのはやい川に身を躍らせた。

「おいっ!」

 様々な絶望でもう死んでも構わないと思って私は川に飛び込んだ。




 クラリスは幸いにも冷たい水の温度に瞬間に意識を失い、水を飲むことがなくそのまま下流の辺境の地へ流れつき、救助された。

 そして記憶を失い、文字通り生まれ変わったクラリスはオフェリーとして新たな人生を歩み始めたのだった。





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これにて完結です

最後までお付き合いいただきありがとうございました(*´▽`*)

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私はあなたの母ではありませんよ れもんぴーる @white-eye

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