【最終話】勇者、防衛本能が働いた時のみ最強格の魔法属性を扱えることが判明。

 あの後、どこかから通報を受けたらしい自警団がやってきて、ちょっとした事情聴取を受けた。王族のラミアが負傷しているということで話が大きくなったが、本人が大丈夫だと必死に主張したこともあって、俺たちは彼女の屋敷に戻ることとなり──いや待って、実質的に俺も負傷しているのでは? 頬ぶん殴られたし。普通に痛いんだけどここ。それは無視?


 ひとまずスラムの男たちは自警団に拘束された。リーダー格のやつも、ナイフで負傷、重症だとはいえ、死んではいないらしい。他はみんな意識を失っているに留まっていたとか。


 ……あんなことがあっても、なんだかんだラミアを見ていると癒やされる。端正で可愛らしい顔つき、あの豊満な胸の感触を思い出しながら見る素晴らしきライン、それを彩るクラシカルなゴシックドレス……からは着替えているが、代えの服もなかなかに似合っている。


 しかし、それにしても──



「あのナイフがラミアのじゃないって……どういうことだ」


「だから文字通りの意味で……あぁもう、察しが悪いっ」



 この世界に来てから充てがわれた客人用の部屋。ソファとテーブル、ベッド、ほか備え付けのランプや絵画が壁に掛かっているくらいだが、雰囲気があってなかなかに新鮮だ。俺たちは窓際のチェアに腰掛けて、しかしラミアは気に食わなそうな顔で立ち上がる。



「あんた、何も分かってないの?」


「なんだよ……。いくら可愛くても怒ってばかりじゃ怖いんだけど」


「──っ、そんなことはどうでもいいしっ!」



 拳を振り下ろして地団駄を踏んでいる。可愛い。


 ラミアが言うに、俺のピンチを救った例のナイフも槍も、彼女のやったことじゃないらしい。魔法で物質は作れないし、公的に救援が来たという記録も残っていないんだとか。


 腰に手を当てながら、普段よりも慎ましやかな口調で言う。



「……あのね、真面目に聞いてほしいんだけど、ね」


「今の声のトーンがめちゃくちゃ可愛くて無理です」


「ふざけないで」


「……はい」



 ガチで睨まれた。大人しく従う。



「魔法だと、物質は生み出せないの。あくまでも五属性だけ」


「うん」


「私もまだ半信半疑なんだけど……あれ、覚えてる? 伝承上の属性」


「オムニア? 世界にあるすべてを顕現できる──って、あれ……いや、まさか……?」


「……まさか、なんだけどさ。あんた、オムニア使える可能性、あるのよね。話の上によれば、あれってノンモーションで発動できるし、あの時の状況とも一致するの」



 至って真剣な顔で。冗談めかした雰囲気もないまま、ラミアは言った。


 ……俺が? なんで? そもそも存在しないものなんじゃないの?


 いや、でも──あのナイフが出てくる前、確か俺、『滅多刺しにされて』とか言ってたよな……。そう考えると辻褄が合うし、発動に手をかざしたわけでもないし……えぇ……?


 そんな考えを見透かすかのように、彼女は続ける。



「これだけ才能のないあんたがわざわざ召喚されたのには、絶対に理由があるの。五属性のスキルが皆無でも、オムニアが使えればそれ以上の価値がある。つまり──」


「……頑張ればガチで世界の救世主になれる、ってこと!?」



 立ち上がった俺に、ラミアは満足そうに頷いた。それが何よりも嬉しくて、思わずガッツポーズする。その言葉だけで認められた気がした。この世界でもなんとか生きていける。自分の存在価値を見出すことができる。彼女の隣に立つことも、きっとできるはずだ。



「えっ、じゃあ……いま使おうと思えば使える、のか?」


「だと思うけど……。えっ、どんなの? 逆にあたしが見せてほしい」


「分かった、えっと──ナイフ、ナイフでやってみる」



 目を輝かせているラミアを前に、俺はやや緊張しながら目蓋を閉じた。ぶっちゃけ無意識でやったことだから、今更どう発動するかなんて分からない。ただ感覚的にナイフをイメージして、そのディテールを描いていく。真鍮製で、装飾なんて付けちゃったり、なんかめちゃくちゃカッコいいやつ。バタフライナイフみたいな……うん、こんな感じだろうか。



「よし……」



 ざっとイメージが固まったところで、軽く息を吐く。手のひらを向けて、念じた──!



「…………」


「…………」


「……ねぇ」


「……いや、その」



 無。圧倒的、無。手のひらには何もない。妙な気まずさと焦りはあるのにな!



「おっかしいな、イメージしたんだけどな……」


「……もしかして、魔力の扱いが下手なパターンとかないわよね」


「んなわけないっ! だって実際に──」


「……だもんねぇ」



 不思議そうに首を傾げている。可愛い。

 しばし格闘する俺を横目に、何やらラミアは考えていた。それから顔を上げる。

 腕を組むたびに強調される胸はいつ見てもいいものだ。



「たぶん……あくまでも仮説なんだけど、真剣に聞いてほしい」


「うん」


「ピンチになった時に、強く発動するんじゃないかって思った。生存本能というか」


「なにそれめっちゃカッコいいじゃん!」



 呆れたような顔で頭を軽く叩かれる。



「普段でも発動しないと意味がないでしょ」


「あ、そうか……」


「ぶっちゃけ前例がないだけに分からないの。あんた、もう国家レベルの研究対象よ」


「……なんか恥ずかしいな」


「恥ずかしがる要素がどこにあるのよ。これからすっごく大変になるから」



 それは嫌だな……でもいよいよ自分の可能性が周りに認められると思うと、めちゃくちゃ嬉しい。なによりあの危機を、無意識だったとはいえ、自分で乗り切ることができた。



「ラミアのおかげで気付けたようなものじゃん、ありがとうな」


「……あたしもこれで大成功?」


「めっちゃ大成功! うっわモチベ上がる……!」



 自分が世界を救う救世主になれる。それを自覚しただけで、今までとは比にならないほどのモチベーションと自信が湧いてくる。自信過剰とか言われても構わない。俺にはそれだけの才能がある! 現にラミアも俺をおちょくったりしてこないし。最高すぎる……!


 彼女は──少しだけ恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、はにかむ。それがやはりめちゃくちゃ可愛くて、衝動的に抱きしめそうになった──のを、指一本で止められた。



「……調子に乗っちゃダメだし」


「いいでしょ別にっ! あれだけ俺、頑張って……死にかけて……ご褒美も何もないのは、ちょっと、残酷だと思わない? せめてラミアからご褒美がもらいたいなー、なんて……」


「うっ……」



 死にかけ、という単語で彼女がやや苦い顔をする。まだ気にしているのだろう。なんだか最高の切り札を見つけた気分だ。事あるごとにこれで擦り倒すか……いやでも可哀想だな。


 ラミアは胸元で手を組むと、やや思案げに顔を伏せる。



「まぁ、その……あたしも悪かったし……。……一回だけ、だからね」



 伏し目がちで。上目遣いで。胸の前で手を組んでいて。

 吐息のような声と、いじらしい態度。

 心臓の鼓動を早めるには充分すぎた。

 その尊さが直視できなくて、目を逸らしてしまう。



「……ん。やるなら早くして」



 ラミアも俺から目を逸らしながら腕を広げた。

 ……言ってることとやってることが合ってない。



「えっ、あの……本当にいいのか? 後からぶん殴るとかなしで──」


「あーもう、うるさいっ! あたしだって恥ずかしいんだから! 早くしてっ」


「わっ、分かった……いやちょっと待って心の準備……!」


「うぅーっ……じれったい……! もういいあたしがやる!」



 動揺する俺をよそに、半ばキレたようにラミアは突っ込んできた。



「ちょっ……」



 ──やっぱり、甘い匂いがする。よく分からないけど、甘ったるい。日射しに照らされた金髪が俺の頬をくすぐって、それでギリギリ理性を保っていた。咄嗟に抱きしめた彼女の身体はとても小さくて、細くて、こんな華奢でよく戦えてるなと、ちょっと不安になった。首元に回された腕の感触は柔らかくて、温かい。……必死に抱きつかれてる感がある。



「……んっ」


「あの、変な声とか出さないで……反応しちゃうから」


「……抱き返されたら、仕方ないし」



 今になって、俺とラミアの身長差がそれほどないことに気が付いた。首筋にかかる彼女の吐息が生ぬるくて、こっちのほうが変な声が出そうになる。それに、その──いちばん期待していた、というか想像通りだった、というか……胸が大きいだけあって、密着感、ヤバい。


 それに気付いているのかいないのか、知らぬふりをしてわざとやってくれてるのか、なんて、どうでもいいことが脳裏をよぎる。でもそれを言ったらきっと怒られるから言えない。



「普通だったら、こういうことしないから」


「……ありがとう、ございます」


「謝罪と、ご褒美だから。それ以上の意味はないから」



 すぐ近くで聞こえるのに、彼女の顔は見えない。でも、それでいいと思った。こんなだらしない顔を見せたら見せたで、きっと怒られるんだろうし。うん。高望みはしない。


 そのまま、心臓の鼓動がだんだんと穏やかになるくらいまで、俺たちは密着していた。どっちが先に離れたとかじゃなくて、ほとんど同時、のような、そんなタイミング。



「……満足した?」



 顔を上げたラミアの表情に、俺は一瞬、息を呑む。恥じらいを隠すはにかみでもなくて、つっけんどんな、突き放す表情でもない。ただ純粋に、窓から射し込む日射しに照らされて──その金髪も、空のように澄んだ瞳も、ただひたすらに穏やかで優しい、そんな表情。今まで見たどれよりも違う、純粋な問いかけで、今まででいちばん可愛い、純粋な笑顔だった。



「──頑張ろうね。これから」 

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【短編完結】妄想力には自信がある名前負け勇者、防衛本能が働いた時のみ最強格の魔法属性を扱えることが判明。 水無月彩椰@BWW書籍販売中 @aya20031112

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