3 (スケッチ)

「卿は踊らないのですか」

 男が言った。舞踏会の場で、いつの間にか傍らに立っていた、美しい男だ。レンゲは頭の中で、重要人物の写真と参加者のリストを照合する。はっと思い出したのは、とある王子の名前だった。エルダー王子。継承順位は低いが、この国の社交界では名の通った人物だ。

「いえ、ダンスは苦手で」

 エルダーは微笑む。苦手というのは、半分嘘で半分本当だ。この国に来るまで、レンゲは必死でダンスの練習をした。基礎的なステップは習得しているが、講師が言うには、及第点には及んでいないらしい。

「卿は、外交のためにここへ来た。それなら、踊っておいた方が得ですよ」

 確かにそうだ。現に先程から、上司のクチナシはダンスに精を出している。本当は、祖国のためになりふり構わず顔を売るべきだ、ということはレンゲもわかっていた。

「……私と踊ってくれる方がいるでしょうか」

 エルダーが、レンゲに手を差し出す。

「良ければ、この私が」

 レンゲははっとした。少しの逡巡を経て、エルダーの手に、自分の手を重ねる。

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短文実験室 西田素兎子 (にしだ もとこ) @nishidamotoko

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