第36話 詰将棋

 またもやクソTから電話が掛かって来た。

「例の仕事が中途半端のようですが?」

 いつものコイツの手段。クレームをつけてタダ働きを続けさせたいようだ。

「中途半端になったのは、あなたが余分な仕事を押し込んで来たからですよ」

「そんなことはないでしょう」

 クソTのいつものセリフだ。

「そんなことはあります」

 電話を切った。

 余分な命令は全部記録しておけば良かったかな?

 いや、証拠をつきつけても認めるような人間ではない。


 さて、現実が君の妄想を裏切った場合はどうするね? 間抜け君。


 彼の次の動きを予測する。

 簡単だ。先月の作業代の支払い期日は今月末に来る。それを凍結してくる。

 もちろん違法だ。しかもそれにはタダ働きの工賃は入っていない。

 普通の人間ならこんなことは絶対にやってこない。大騒ぎになるからだ。

 アホな言葉に大人しく頷くのはお金のためだ。金を払わないならお客さまではない。ただの敵だ。

 法律を再チェックしておく。こちらの会社と向こうの会社の資本金を見れば下請け保護法の適応対象内であることが分かる。

 ついでにソフトウェア業種は二年前まではこの法律の適応外であることを知り驚愕する。どこまでプログラマに辛く当たるんだこの国は。物作り強国が聞いて呆れる。

 さて、この法によると本来工賃が振り込まれる日付に振り込まないのも違法となる。


 その日を待ち、銀行に確かめる。

 やはり振り込まれていない。本当に分かりやすい馬鹿だね。こいつは。

 簡単に違法の罠を踏みやがる。

 なるほど片っ端からプロジェクトを潰すわけだ。


 クソTに電話をかけるのも揉めそうなので、直接会社の社長に『何か間違えていませんか』メールを出す。

 これでもし振り込まれなければ、下請け保護法の機関に訴えることになる。

 ここで悪質な虐めと判断されれば、会社の名前が公表されることになる。この会社のように周りから技術者を集める会社では致命傷になりかねない措置だ。

 また訴えるとなれば二週間のタダ働きも同時に訴える。そうすればこの期間の工賃も請求できるだろう。


 さて、どうするね? 間抜け君。


 三日後、最後の工賃が振り込まれた。さすがに社長は常識人だったようだ。下手すれば会社が潰れるのだからたかが一カ月分の工賃をケチる必要はない。

 これでクソTとの因縁は完全に切れた。

 やれやれ、胃に穴が開かずにすんだ。


 彼は今までもそして今後も数多のプロジェクトと会社を潰し続けるだろう。彼は特大の地雷だがそれを見抜けぬ会社の人事にこそ問題がある。



 技術者残酷物語 野良犬絶叫編 はここで決着する。

 そして次は野良犬どん底編が始まる。それは誰もが知るある大事件から始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

技術屋残酷物語6(野良犬絶叫編) のいげる @noigel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ